【完結】お望み通り、悪妻になりましょう

おのまとぺ

文字の大きさ
78 / 83
第四章 新しい未来

77 それぞれの運命

しおりを挟む


 アマンダが収容されているという施設に向かう間、私の頭は真っ白だった。夢だと分かっている夢を見ているような気分で、奇妙な多幸感と恐怖が混在していた。

 誰かに興味を持ってもらえるのは嬉しい。
 自分のことを知りたいと思ってもらえるなら、喜んですべて伝えてしまいたい。相手が同性でも異性でも、それは同じこと。

 だけど、今回は少し事情が違う。


「降りないんですか?次は車庫行きなので、ここで降りないと乗り換えもできませんよ」
「あ……降ります、すみません」

 気付けばバスは停留所に着いていた。運賃を支払って灰色の建物を見上げる。この壁の向こうに、十年一緒に暮らした従姉妹が居るとは、なんとも不思議な気持ちだ。

 行きは抱えていたシチューのバスケットを宿舎で手放したおかげで身体は軽いが、新たな悩みの種が芽吹いたので心は重い。本来なら、喜ぶべきことなのに。

 以前クリストフから聞いていた通り、拘置所も騎士団の管轄のようで、宿舎と同様に制服の男たちが働いている。彼らもまた、ユーリのことを知っているのだろうか。

 私のことを知りたいと言ってくれたけれど、私はユーリのことを知らない。天使みたいな顔なのに鬼のように恐ろしくて、野菜を生で齧ってもへっちゃらで、死に戻りの日記を読んでも笑わない。かなり変な人だとは思う。


「久しぶり……元気そうね、ジャンヌ」

 鈴のような声に私は顔を上げた。
 そして、思考は一気に現実に引き戻された。

 アマンダは、私が最後に見た時よりも明らかに疲れた顔をしていた。健康的な桃色だった頬は薄汚れ、丁寧に巻かれていたブロンドの髪はところどころ絡まっている。

 心臓がぎゅっと縮み上がるのを感じた。


「ねぇ、私のことを許せないでしょう?」

 率直な言葉に身体が強張る。
 何も言わなくても答えは顔に出てしまったようで、アマンダは悲痛な表情で着席した。その背後では男の隊員が一人、時計を片手に待っている。面会は三十分というのは本当らしい。

「もう貴女の命を脅かすようなことはしないわ。この通りガラス板もあるから安心して。私はただ……謝りたくて」

 そう言ってアマンダは両手で顔を覆った。

 何も思わないわけではない。
 だけど、父から厳しく注意されたように情けを見せるわけにはいかないし、そのために来たのではない。ここに来た目的を果たさないと。

「いくつか質問があるの。良い?」
「なぁに……?」

 涙に濡れた双眼を見据える。

「どうして医療学校に進学したの?看護師になりたいという夢を私も父も応援していたわ。あれは嘘だったの?」

 アマンダの目にじわっと涙が浮かんだ。再び嗚咽が小さな口から漏れ始める。

「リンクス先生が……私を脅して来たの。ジャンヌを殺すつもりはなかったわ!だけど、貴女を弱らせる必要はあった。私は貴族としてイーサン様の元に嫁ぎたかったから、」
「私に薬を飲ませても、貴女はヘルゼンに入ることなんてできないわ。結婚していないんだから」
「だけど、子供ができないとなると話は別でしょう?私はイーサン様の子供を産んだことがあるから、きっと歓迎される……」
「なにを言ってるの……?」

 私は本気でアマンダの心情が心配になった。
 すべて空想上の話でしかないのに、それが真実であるかのように語る。現実味の欠片もない話に、思考がついていかなかった。

 畳み掛けるように、アマンダが顔を近付ける。
 ガラス板がわずかに揺れた。

「リンクス先生は薬を提供する代わりにもっとお金を出せって言ってきたの。だから私は自分で作ることにした。なんてことない簡単な作業だったわ。家庭菜園って楽しいのね。釈放されたらイーサン様と商会で野菜を売ろうかしら?」
「ヘルゼン商会は縮小するそうよ。それに貴女が釈放されるのはすごく遠い未来かもしれない」
「あら、どうしてそんなに強気なの?」

 小声で呟くと、アマンダは急に背中を丸めて机にしがみついた。悲鳴に近い声がコンクリートの壁に当たって反響する。

 すぐに、近くで待機していた隊員が駆け付けた。

「お腹が……!お腹が痛いの!!割れそうに痛いわ、早くお医者様を……!!」
「それならば面会は中止だ」
「ジャンヌが居れば安心できるわ。お願い、私はここで待っているからお医者様を呼んで!」

 疑いの目でアマンダを見下ろす隊員も、焦ったそうに「心配しなくても何もできないわよ」と言うアマンダを見て部屋を出て行った。

 私は呆然とその後ろ姿を見送る。
 二人きりの部屋でアマンダが小さく吹き出した。


「あぁ……やっと二人っきりになれた」
「これ以上どんな罪を重ねるつもり?貴女は私に手出しできない。それとも、死刑になりたいの?」
「………っ、イヤな女!」

 キッと顔を歪めて吐き捨てると、アマンダは思い出したように笑顔を浮かべた。

「ねぇ、ジャンヌって男を手名付けるのは下手くそだけど、運だけは良いのね。良縁ばかり見つけてくるから、嫉妬しちゃう」
「なに……?」
「あの騎士団長、やけに協力的だったでしょう。彼はきっと貴女に気があるのよ。地味な女を従えるのが趣味なのかも」

 クスクスと笑いながらそう言うので、私は我慢できずに机を両手で叩いた。ガラス越しにアマンダを睨み付ける。

 自分のことをなんと言われても、親身に協力してくれたユーリを馬鹿にされるのは嫌だった。憶測で彼の気持ちを語られるのも腹が立った。


「良い加減にして。もう帰るわ」
「まさか次はあの男なの?」

 きゃあ、と揶揄うような歓声が上がる。
 私は呆れて溜め息を吐いた。

「勝手にすれば良い。手紙も必要ないから、私とお父様の前に現れないで」
「だけど、本気じゃないわよねぇ?」
「何が言いたいの?」

 思わず聞き返して、しまったと思う。これがアマンダの手法なのだ。私を煽って気を引く。会話を長引かせるだけ無駄なのに。

 血の気のない顔が、女神のように微笑むのを見た。


「公爵家の息子と、自分が釣り合うと思う?」
「…………、」
「イーサン様は私に夢中だったわ。嘘じゃない。私たちは確かに愛し合ってたから!夫に捨てられた貴女が、他の男に愛されるとでも?」
「あの人はイーサンとは違うわ」

 床を見つめたままで答える。
 それだけは確信をもって言えること。

「ジャンヌ、運命は残酷なのよ。貴女は良い男を見つけるのが本当に上手。だけどね、男たちはいつも貴女のもとを離れていくの。もう一度捨てられないと分からないのかしら?」

 可哀想なジャンヌ、と憐れむような言葉を最後にアマンダは立ち上がる。医者が到着して、ケロリとした顔の従姉妹が連れて行かれるのを、私はただ黙って見ていた。

 ポケットの中に片手を入れる。
 家から持って来たものを指先で確かめた。


「アマンダ、これは貴女に返すわ」
「なによ……?」

 チャラと音を立てて机の上に美しいイヤリングが転がる。連なった赤いルビーを見てアマンダは息を呑んだ。

「イーサンと貴女が運命ならば、きっと今こんな場所にいない。答えはもう出てると思うけど」

 激しい罵倒の言葉を背中で受けながら、拘置所を後にする。冷たい風が頬を掠めた。

 運命なんてものがあるのなら、教えてほしい。
 幸せになりたい自分にまとわりつく恐怖を、どうやって断ち切れば良いのか。どうやって自身を奮い立たせれば良いのか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

【完結】婚約破棄に祝砲を。あら、殿下ったらもうご結婚なさるのね? では、祝辞代わりに花嫁ごと吹き飛ばしに伺いますわ。

猫屋敷むぎ
恋愛
王都最古の大聖堂。 ついに幸せいっぱいの結婚式を迎えた、公女リシェル・クレイモア。 しかし、一年前。同じ場所での結婚式では―― 見知らぬ女を連れて現れたセドリック王子が、高らかに宣言した。 「俺は――愛を選ぶ! お前との婚約は……破棄だ!」 確かに愛のない政略結婚だったけれど。 ――やがて、仮面の執事クラウスと共に踏み込む、想像もできなかった真実。 「お嬢様、祝砲は芝居の終幕でと、相場は決まっております――」 仮面が落ちるとき、空を裂いて祝砲が鳴り響く。 シリアスもラブも笑いもまとめて撃ち抜く、“婚約破棄から始まる、公女と執事の逆転ロマンス劇場”、ここに開幕! ――ミステリ仕立ての愛と逆転の物語です。スッキリ逆転、ハピエン保証。 ※「小説家になろう」にも掲載。 ※ アルファポリス完結恋愛13位。応援ありがとうございます。

釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません

しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。 曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。 ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。 対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。 そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。 おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。 「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」 時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。 ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。 ゆっくり更新予定です(*´ω`*) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。

この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜

氷雨そら
恋愛
 婚約相手のいない婚約式。  通常であれば、この上なく惨めであろうその場所に、辺境伯令嬢ルナシェは、美しいベールをなびかせて、毅然とした姿で立っていた。  ベールから、こぼれ落ちるような髪は白銀にも見える。プラチナブロンドが、日差しに輝いて神々しい。  さすがは、白薔薇姫との呼び名高い辺境伯令嬢だという周囲の感嘆。  けれど、ルナシェの内心は、実はそれどころではなかった。 (まさかのやり直し……?)  先ほど確かに、ルナシェは断頭台に露と消えたのだ。しかし、この場所は確かに、あの日経験した、たった一人の婚約式だった。  ルナシェは、人生を変えるため、婚約式に現れなかった婚約者に、婚約破棄を告げるため、激戦の地へと足を向けるのだった。 小説家になろう様にも投稿しています。

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。

しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」 その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。 「了承しました」 ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。 (わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの) そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。 (それに欲しいものは手に入れたわ) 壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。 (愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?) エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。 「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」 類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。 だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。 今後は自分の力で頑張ってもらおう。 ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。 ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。 カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*) 表紙絵は猫絵師さんより(⁠。⁠・⁠ω⁠・⁠。⁠)⁠ノ⁠♡

処理中です...