【完結】お望み通り、悪妻になりましょう

おのまとぺ

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第四章 新しい未来

78 救済と対話1

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 どこへ行けば良いか分からなかった。

 南部に帰らなければいけないのに、頭の中は相変わらず真っ白で何も考えたくない。しかしながら、王都をウロついてヘルゼンの関係者に出くわすとよろしくない。仕方がないので、私はとりあえず南部のアヴェイルへと向かうバスに乗った。

 早々と沈んでいく赤い夕日を眺めながら、今日一日のことを考える。クリストフたちとバスに乗って王都まで来たのが、随分と前みたいだ。

 マリーは今頃兄と二人で寝ているのだろうか。少しは体調が回復していれば良いけれど。ヘザーの仕事である調べ物は終わっているはず。だって彼女は自己評価通りの「できる」女性だから。

(あとは…………)

 ユーリは今どうしているだろう。
 私の態度に幻滅しているかもしれない。


「どんな言葉を返せばよかったの……?」

 ありがとう、という謝礼。
 ごめんなさい、という謝罪。

 どれも違う気がするし、しっくりこない。ユーリの発言を素直に受け取ると、何らかの好意は抱いてくれているようだ。ここ数ヶ月の協力関係で、少しは信用してくれたということ。

 だけど、アマンダの指摘はきっと正しい。
 その好意がどの程度のものであれ、私はユーリ・バレンタインという男性に相応しくない。良い妻でなければ、良い女でもない。そんなの、もう一度捨てられなくても十分分かってる。

 考え事を続けるうちにバスは南部に到着したので、見慣れた山々の景色を眺めつつ私は降車した。真っ直ぐに家へ帰る気にもなれず、ひとまず気が向くままに歩き出す。

(はやく夏になれば良いのに、)

 コートは重たい。
 冬の匂いは嫌いじゃないけれど、こんなに服が重いと身体が潰れてしまいそうだ。ただでさえ気分も暗く沈んでいるから、尚更。


「やっぱり、ここに来ると落ち着く……」

 私は小高い丘の上で伸びをした。
 前回来たときから花が新しくなっているから、きっとハンベルクの祖父母が取り替えてくれたのだろう。脚の調子は良くなったのだろうか。

 母の墓跡の前で私は身を屈める。
 両手を合わせて目を閉じた。

 父ダフマンと結婚したとき、母はまだ二十歳手前だったそうだ。すでに妹のマルジェラはハンベルク子爵家を出ていて、ほぼ疎遠状態だったと聞いている。

 何を考えて生きていたのだろう。
 父と出会って、どんな変化があったのか。

 時々、記憶の中の母に会いたくてたまらなくなる。想像しても答えの出ない質問を投げ掛けて、優しい声で教えてほしいと願う。太陽の匂いがする手のひらで包んで、抱き締めてほしいと。


「…………お母様、」

 会いたい。
 何も話してくれなくて良いから、黙ってそばに居てほしい。たった数ヶ月であまりにも色々なことが起こった。二十歳の私の身体の中で、二十五歳の私が怯えている。

 くしゅん、と小さなくしゃみが飛び出したので、私はショールを巻き直して立ち上がった。このままここで風に吹かれるのは良くないだろう。

 されど行く当てもなく、ふらふらと足を進めていたら古びた教会を発見した。中を覗いてみると、何人かの修道女が働いている。


「こんばんは……」

 控えめに挨拶をしてみると、女の一人が愛想の良い笑顔を見せた。

「こんばんは。旅の方ですか?」
「あ、いえ、」

 私は自分の格好を見下ろして首を振る。

「じゃあ、お祈りの方?生憎今は司教様が留守なんです。二日もすれば戻ると思いますが、またいらっしゃいますか?」
「二日……」
「部屋はたくさんあるので、宿泊も可能です。ちょうどお祭りの後なので、食べ物も豊富で」

 タイミングよくお腹が鳴ったので、私はこくりと頷いて、修道女に案内されるがまま歩き出した。外側は古く見えた教会だが、建物の中は綺麗に掃除されている。

 頭の隅で父やメルトンの顔が浮かぶ。
 メルトンからは「せっかくの王都なので羽を伸ばして楽しんで」と言われていたから、二日ぐらいは留守にしても大丈夫だろうか。もう良い大人だし、二人とも探し回ることはないかもしれない。

 そんなことに考えを巡らせているうちに、食事の時間を知らせるベルが鳴った。

 静かに移動する修道女たちに続いて私は食堂へと向かう。見渡せば、同じように外部から来た服装の客人が何人か混じっていた。しばらく南部に住んだけれど、こんな場所があったなんて。


「さぁ、皆さん目を閉じて感謝を捧げましょう。今日の素晴らしい食事に。そして、明日もまたこうして一緒に美味しいものを囲めるように」

 柔らかな呼び掛けを聞きながら瞼を下ろす。
 今だけは、考えなければいけないすべてから距離を置いても良いだろうか。少しの間、心と身体を自分のために休める必要があった。
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