【完結】お望み通り、悪妻になりましょう

おのまとぺ

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第四章 新しい未来

【番外編】七日目の洗礼

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 私はここ二十年、いや実際には二十五年生きた中で一番といって良いほど緊張していた。

 目の前には華奢な作りのティーカップが人数分並び、部屋の隅では甲斐甲斐しくメイドたちが控えている。本日何度目か分からないが、ハンカチを取り出して握りしめる私を見て、ユーリが声を掛けた。


「そんなに硬くならないでほしい。事前に説明した通り、かなり変わった人なんだ。きっと君の想像とははるかに違う」
「しかし…………」

 今日私たちは、バレンタイン公爵家に来ていた。
 公爵家が宝石店の建て直しのためにしてくれた援助は一生掛かっても返しきれない。だけど、私の人生をかけて少しずつでも誠意を見せていきたいと思う。

「こんなことならクリストフも連れて来れば良かった。アイツは父と波長が合うから」
「波長……?」

 聞き返す私の後ろで扉が開く音がした。

 目を遣れば、厳格な雰囲気の男が立っている。
 その顔立ちから私は瞬時に彼がバレンタイン公爵であると理解した。エメラルドの瞳はユーリと同じ。


「ジャンヌ・クレモルンか?」
「はい。あの、ご挨拶が遅くなって申し訳ありません。公爵様がしてくださった数々のご支援、本当に……」
「ちょっと失礼」

 男は片手を挙げて私の話を遮る。
 すぐにメイドの一人が駆けつけて来た。

「この飲み物はなんだ?」
「白葡萄の紅茶です。エルサンドラ王国から直輸入した茶葉を使用しています」
「オレンジジュースに変えてくれないか」
「かしこまりました」

 すっと腰を折って、メイドはカップを銀の盆の上に載せると部屋を出て行く。反応に困る私の隣でユーリのため息が聞こえた。

「父さん、客人の前です」
「あぁ、すまない。私としたことが気が利かなかったな。君たちもオレンジジュースを?」
「あ……あの、私はもう紅茶に口を付けてしまい……」
「なるほど。じゃあ二杯目はオレンジジュースにすると良い。うちは南部にいくつか農場を持っていてね、毎日新鮮な果物が届けられるんだ」

 帰りに是非持って帰ってくれ、と言い添えて笑顔を見せるので、私はその雰囲気と言動のギャップに頭がクラクラした。

 一言で言うと、ユーモアのあるユーリ。
 鬼の騎士団長に面白みがないという意味ではなく、公爵は底抜けに明るい。そして滲み出るマイペースな人格。本当に親子なのかと疑いたくなるけれど、顔は似ている。


「で、君たちは交際を?」
「んぶっ……!」

 紅茶を喉に流し込んだタイミングでそんな質問を受けたので、ビックリして目を白黒させる。答えられない私の代わりにユーリが口を開いた。

「はい。結婚を見据えているので、いずれは陛下にもご紹介したいと考えています」
「陛下といえば最近やけに鹿狩りに誘われて困る。少し病に伏しているときの方が大人しくて良かったと思わないか?」

 何故か私に同意を求めてくるので、私は複雑な表情でとりあえず首を少し傾けておいた。

「ところで君の父上はどんな方だ?ヘルゼン商会の関連でクレモルン男爵の名前は聞いたことがあるが、実際にお会いしたことがない」
「すみません、機会をいただければいつでもお連れします。父も公爵様に会いたがっていました」
「ほう、結構結構!どんな果物が好きなんだ?」

 身を乗り出して尋ねる公爵に、私は頭を捻って父の好みを考える。あまり料理に口を出さない父ダフマンは、冬になると熱心にいちごのジャムを買い求めていた。

「いちごです!冬の初めに出るいちごが特に」
「んん、素晴らしい。良いセンスだ。今度いちご狩りに誘ってみようじゃないか。自慢じゃないが、バレンタインのいちごは国王陛下もお気に入りの逸品なんだ。甘くて酸味が程よい。それで……なんの話だったかな?」

 ようやくユーリに向き直ってきょとんとした顔をする公爵を前に、私は鬼の騎士団長が未だかつてないほど疲れた顔をしているのを見た。クリストフの相手をするときも彼は時々こんな顔をしているけれど、今日はその倍以上だ。


「長い付き合いになるので、客室をいくつか空けておいてください。もともと部屋は余っていると思いますが、」
「おいおい、随分と急だな。それにいくら屋敷が広いと言えど、いきなり父親同士が同棲するというのはどうなんだ?また変な噂が立つぞ」
「……クレモルン男爵ではなく、ジャンヌの話です」

 痺れを切らしたように立ち上がるユーリに、私はオロオロと目を泳がせる。彼が事前に教えてくれたように、確かに公爵はかなり個性的だ。

 もう帰ろうと私の腕を引くユーリを見ながら、公爵は大きな声で豪快に笑った。メイドたちも驚いたようにこちらを見る。

「やっと人間らしくなったな!どうやら相当気に入っているらしい。良いじゃないか、ユーリ」
「はい。とても大切な人なので」

 目を丸くするバレンタイン公爵の前でユーリは深々と頭を下げた。私はつられてお辞儀をして、颯爽と去って行くユーリを追い掛ける。

 庭を横切りながら先を歩く背中に問う。


「とても大切な人なんですか?」

 ユーリが勢いよく振り返って、ばっちりと目が合った。普段あまり見られない戸惑いの表情に私は胸が高鳴る。こんな顔をすることもあるなんて。

「まだ、はっきりお気持ちを聞いていないので、少し不安だったんです。貴方の気紛れなんじゃないかって……」

 だって、選択肢はたくさんあるから。
 特に彼のような立場で、家柄のある男性の場合は相手に困ることはないはず。心の奥底ではいつまでも、アマンダとの会話が渦巻いていた。

 ユーリは目を離さずに、足を踏み出す。
 近くなった距離に私は顔を上げた。

「生涯をかけて愛すると誓うよ。君が悪妻でも良妻でも、俺の妻であればそれで良い」
「……結婚の約束みたいじゃないですか」
「そう受け取ってくれて構わない」

 言葉が出て来ない私の顔を覗き込んでユーリが口付けを落とす。しばらく放心したままで身を任せていたが、私は我に返って未来の夫を抱きしめた。

 End.








これにて完結です。
ありがとうございました。

アプリにもAI校正機能が実装されましたね。
AIに関してはハリポタの新作を書いて世界中から笑われていた10年前ぐらいの方が良かったな、と個人的には思います。






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