遠くて近い世界で

司書Y

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FiLwT

触らないから 2

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「アホそうなガキにナンパされかけてたんだよ」

 言葉を探しているうちに、背後からシロが言ってしまった。本当のことではあるのだが、知られたくはなかった。
 シロの言葉に、アキの顔にわかりやすく怒りマークが張り付く。

「おい。白いの。スイさんみたいな人、こんな場所で待ちぼうけさせたらどうなるかぐらい、わかんねえのか?」

「うるせえ。犬っころは黙ってろ」

 犬っころ。と、言われたシロの額にもわかりやすく怒りマークが張り付く。

 何故、初対面からこんなに険悪なんだろう。もしかしたら、俺が知らないだけで、あったことがあるんだろうか。

 スイは思う。
 けれど、気付いてはいない。何も分かっていないのはスイだけだということ。
 アキも、シロも一瞬で理解したのだ。
 お互いがスイを奪い合う敵なのだということ。

「スイさん。今度から、外で待ち合わせはやめよう。一旦帰って、三人で出かけよう?」

 シロの殺気立った視線を(おそらくわざと)無視して、背中を向けたままアキが力説する。その背に鋭い視線を送ったままだが(こちらも敢えて)手出しも口出しもせずに、シロは二人を見ていた。

「え? でも、二度手間になるよ?」

 アキはともかく、ユキの用事は焼肉店の近くだ。合理的に考えて、帰って来る意味はない。と、スイは思う。

「わかってるけど。変なのに絡まれんのやだろ?」

 確かに、スイはああいう輩が嫌いだ。戦術的な話ではない。
 好意を寄せられるのは、男性だろうと女性だろうと、困ることはあっても不快とは思わないが、力で相手をねじ伏せようとするやり方には反吐が出る。
 と、言うよりも。

「ま、そりゃそうだけど」

 言葉を濁したけれど、本当はあんな連中には二度と関わりたくない。
 嫌い。
 ではなく、怖い。
 何か、少しでも間違って、思うままにされたらと想像すると、過剰に反応してしまう自分がいることを、スイは自分自身で承知していた。
 そしてそれを、スイは誰にも話したことはなかった。

「あ。それから。これ。着てて」

 その思いに気づいていないのか、気づいて気づかないふりをしているのか、わからないが、アキは自分が着ていたフードのついたアウターを脱いで、スイの肩にかけた。
 スイとしては話題が変わったことはありがたかったが、少し唐突な提案のような気がする。

「いいよ。アキ君寒いだろ」

 その上、フードまで被せられた。
 確かに今日はかなり冷え込むし、スイはいつもあまり厚着なほうではないから、心配なのかもしれないけれど、寒がりなアキが自分から上着を脱ぐのも珍しい。大体、寒いのはお互い様だし、長身のアキの上着はスイには大きすぎる。

「いいから。着てて」

 もちろん、アキがスイに上着を貸したことには、別の意味がある。けれど、それにもスイは気づいていなかった。

「スイさん。それは、俺も着てた方がいいと思う。風邪ひくから」

 あんなに仲が悪そうだったのにシロまでアキのいうことを補足するから、断りにくくなってしまって、スイは仕方なく好意を受けることにした。

「うん」

 頷いて袖を通すとやっぱりブカブカで、けれど、アキの温もりが残っていて温かい。袖を折ろうとすると、す。と、アキの手が延びてくる。

「それから」

 片手で袖を折ろうとしていたスイの代わりにそれを折りながら、アキは言う。上着からも、すごく近いアキ自身からも、ふわ。と、いつものアキの匂いがして、どきり。とした。
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