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幕間 夜想曲『告白前夜』 3
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「知りたいか?」
翡翠の耳元で囁くように言って、泰斗は翡翠を乱暴にベッドに投げ出した。
「っっ!」
柔らかなベッドの上とはいえ傷のあたりをついてしまって、息が詰まる。泰斗の言葉に答える余裕はなかった。
「“どうして”と聞いただろう? 知りたいんだろう?」
その顔が頬笑みの形に歪む。
そう、笑いかけるのではなく、歪んだ思いが滲み出てきたようなそんな表情だった。
「……た……とさ」
痛む傷を押さえて、その顔を見上げる。
恐ろしくて、身体が震えた。
目の前の男は、確かに自分を育てた男だ。しかし、それは、全く知らない誰かのようだった。
「愛しているよ。翡翠。あの女はお前にふさわしくない」
顔は微笑んでいるのだ。
けれど、瞳が昏い。
どこまでも、落ちて行く昏い穴。そんな風にしか見えなかった。
「……泰斗さん。ちが……そんなの……おかし……」
言葉は最後まで続けられずに途切れた。突然のしかかってきたその男に唇を塞がれたからだ。
「……っ!」
一瞬なにが起こったのかわからずに、されるがままになってしまう。
しかし、翡翠の唇の隙間をぬって、その男の舌が差し入れられそうになって、はっとして、腕の力を込めた。
「んんっ……ん」
もともと、翡翠はどちらかというと華奢なタイプだった。身長でも、身体の厚みでも、泰斗には全く及ばない。だから、翡翠の抵抗など、泰斗の前では全く無意味だった。
「……っ」
しかし、突然。そのキスと言うには乱暴で、攻撃的な行為は終わった。
「相変わらず……気が強い」
泰斗の口の端から血が滴る。
それは、翡翠のささやかな抵抗だった。
「……なんで。こんなこと」
左手の甲で唇を強く拭う。鉄錆の味がして、気持ちが悪かった。
「お前こそ。なんで気付かない?」
泰斗の腕が伸びてくる。必死に避けようとするが、ベッドの上は狭くて、すぐに掴まってしまう。両腕を掴まれ、ベッドに押し倒されて、ようやく、自分の置かれている状況が分かり始めてくる。
この人は……自分を犯す気なのだと。
「……泰斗さん。離してよ」
そんなことは信じたくない。
翡翠にとって、泰斗は親も同然だった。
あの監獄のような施設から救ってくれて、何もなかった自分に沢山のものを与えてくれた、家族だった。
その彼が、突然に別人になってしまったことを信じたくなかった。
嘘だと、冗談だと、言ってくれたら、今ならなかったことにできる。そんな淡い期待があった。
「翡翠。俺はずっと、お前を抱きたかった」
しかし、彼の言葉は翡翠のそんな期待を砕くには充分だった。
「あんな女に渡すくらいなら殺してやろうと思ったが……よかったよ。翡翠。最初から、こうすればよかったんだ」
もう一度、唇を奪われそうになって、翡翠は身を捩って、抵抗した。
「……ふざけんな! 俺は……っ。俺は理佐が……っ」
“理佐”と、名前が出た瞬間。
息がとまった。
泰斗の指がまだ塞がっていない翡翠の脇腹の傷を抉ったからだ。
「……っっ!!」
痛みに目の前が真っ暗になりかける。呼吸ができなくて、声すら出せない。
「その名前を、二度と俺の前で言うな」
冷たい声だった。それから、翡翠の腕から点滴の管を引き抜いて、痛みに動くことすらできない、腕をベッドのパイプに縛りあげる。腕を上げられるだけでも、脇腹の傷が引き攣るように痛む。
「おとなしくしていろ。そうすれば、優しくしてやる。痛い思いをしたいわけじゃないだろう?」
呼吸が戻ってきても、声を上げることができなかった。
翡翠の耳元で囁くように言って、泰斗は翡翠を乱暴にベッドに投げ出した。
「っっ!」
柔らかなベッドの上とはいえ傷のあたりをついてしまって、息が詰まる。泰斗の言葉に答える余裕はなかった。
「“どうして”と聞いただろう? 知りたいんだろう?」
その顔が頬笑みの形に歪む。
そう、笑いかけるのではなく、歪んだ思いが滲み出てきたようなそんな表情だった。
「……た……とさ」
痛む傷を押さえて、その顔を見上げる。
恐ろしくて、身体が震えた。
目の前の男は、確かに自分を育てた男だ。しかし、それは、全く知らない誰かのようだった。
「愛しているよ。翡翠。あの女はお前にふさわしくない」
顔は微笑んでいるのだ。
けれど、瞳が昏い。
どこまでも、落ちて行く昏い穴。そんな風にしか見えなかった。
「……泰斗さん。ちが……そんなの……おかし……」
言葉は最後まで続けられずに途切れた。突然のしかかってきたその男に唇を塞がれたからだ。
「……っ!」
一瞬なにが起こったのかわからずに、されるがままになってしまう。
しかし、翡翠の唇の隙間をぬって、その男の舌が差し入れられそうになって、はっとして、腕の力を込めた。
「んんっ……ん」
もともと、翡翠はどちらかというと華奢なタイプだった。身長でも、身体の厚みでも、泰斗には全く及ばない。だから、翡翠の抵抗など、泰斗の前では全く無意味だった。
「……っ」
しかし、突然。そのキスと言うには乱暴で、攻撃的な行為は終わった。
「相変わらず……気が強い」
泰斗の口の端から血が滴る。
それは、翡翠のささやかな抵抗だった。
「……なんで。こんなこと」
左手の甲で唇を強く拭う。鉄錆の味がして、気持ちが悪かった。
「お前こそ。なんで気付かない?」
泰斗の腕が伸びてくる。必死に避けようとするが、ベッドの上は狭くて、すぐに掴まってしまう。両腕を掴まれ、ベッドに押し倒されて、ようやく、自分の置かれている状況が分かり始めてくる。
この人は……自分を犯す気なのだと。
「……泰斗さん。離してよ」
そんなことは信じたくない。
翡翠にとって、泰斗は親も同然だった。
あの監獄のような施設から救ってくれて、何もなかった自分に沢山のものを与えてくれた、家族だった。
その彼が、突然に別人になってしまったことを信じたくなかった。
嘘だと、冗談だと、言ってくれたら、今ならなかったことにできる。そんな淡い期待があった。
「翡翠。俺はずっと、お前を抱きたかった」
しかし、彼の言葉は翡翠のそんな期待を砕くには充分だった。
「あんな女に渡すくらいなら殺してやろうと思ったが……よかったよ。翡翠。最初から、こうすればよかったんだ」
もう一度、唇を奪われそうになって、翡翠は身を捩って、抵抗した。
「……ふざけんな! 俺は……っ。俺は理佐が……っ」
“理佐”と、名前が出た瞬間。
息がとまった。
泰斗の指がまだ塞がっていない翡翠の脇腹の傷を抉ったからだ。
「……っっ!!」
痛みに目の前が真っ暗になりかける。呼吸ができなくて、声すら出せない。
「その名前を、二度と俺の前で言うな」
冷たい声だった。それから、翡翠の腕から点滴の管を引き抜いて、痛みに動くことすらできない、腕をベッドのパイプに縛りあげる。腕を上げられるだけでも、脇腹の傷が引き攣るように痛む。
「おとなしくしていろ。そうすれば、優しくしてやる。痛い思いをしたいわけじゃないだろう?」
呼吸が戻ってきても、声を上げることができなかった。
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