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プロローグ

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 雨が降り止まない。



 “王妃が死んだ”



 それからずっと雨が降る。




 土は乾き作物は実らない。
 飲み水も足りなくなる日々は人々の心をどんどん蝕んでいった。

 そんな中人柱に選ばれたのが王妃だった。



 国王には王妃の他に側妃が二人いた。側妃二人は国王の寵愛を受けていた。

 王妃は王女を産むと二人で離宮に移り住んだ。

 それに合わせるように側妃たちはそれぞれ王子を産み、二人の側妃は国王の愛を奪い合った。

 正妃である王妃を小馬鹿にし蔑んでいた側妃達は王妃が国王に会わないように何かと邪魔をした。

『王妃様は貴方を毛嫌いしているわ、だから会おうとしないのだと思いますわ』
『あの方はいつもそばに居る騎士とべったりしているけど一体何をなさっているのかしら?』
『わたしなら貴方にこんな辛い思いはさせないわ』
『愛しているわ陛下。貴方だけなのこんな気持ちになるの、ずっとわたしのそばにいてください』

 王宮の中は贅沢三昧。外で国民が飢えて苦しんでいるのにそんなこと知りもしない。

 国民達は国王達への不満でいつ爆発するかわからない状態に陥っていた。

「陛下、このままでは暴動が起きます。何か対策を考えなければなりません」

 宰相が言い出した話はとんでもないものだった。

「雨が降らない……それをどうすればいいと言うのだ?」

「………古文書には……この国の一番高いアルゼーネ山の源泉に人柱として差し出せば雨が降り続いたと書かれておりました」

「人柱?それは死刑になる罪人でもいいのか?」

「……それが……王の血を引くものに限ると書かれております」

「王の血を引く?」

「はい」

「王子達はこの国をいずれ統べる者達だ。絶対に人柱になど出来ぬ!」

「わかっております、もう一人いらっしゃるではありませんか?」

「…………クリスティーナか?」

「はい、離宮から出て来ない王女などこの国に必要だとは思えません」

 冷たい言葉に周囲にいた者達は固まった。

「……しかし……セリーヌが……」

「心優しいセリーヌ様なら納得してくださるでしょう。国民のためです」

「………考えさせてくれ」

「そんな悠長なことを言っていたら日に日に国民は不満を募らせます。このままではこの国は滅んでしまいます」

「だがすぐには決められぬ」

 俺から見れば陛下は王妃も王女も会おうともせず冷遇しているのに何を躊躇っているのだろうと不思議に思った。

 この国が衰退していく今それしかないのなら国の一番上の人間なのだから冷酷に判断すればいいのだ。

 陛下は数日部屋から出て来なかった。
 側妃達が訪ねて来るも、全て断った。

 あれだけ側妃二人に夢中になっていた陛下が……

 そして部屋から出てきた陛下が言った。

「クリスティーナをすぐに人柱としてアルゼーネ山の源泉に連れて行け。セリーヌには真実は告げるな。わかったな」

「「「はい」」」

 俺は陛下に頭を下げて王妃の離宮へと向かった。





「失礼致します」

「どうしたの?」

 セリーヌ様は6歳になられたクリスティーナ様と庭を散歩していた。

 クリスティーナ様は俺を見て

「ヴィー!」と言って走ってきた。

「クリスティーナ様、走られたら危ないですよ?」
 俺は走って飛びついてきたクリスティーナ様を優しく抱き上げた。

 俺に懐いてくれているクリスティーナ様。

 今からこの王女を人柱、いけにえとして生きたクリスティーナ様を水に沈めなければならない。

 セリーヌ様は俺たちの硬い表情と突然数人でやって来た騎士に対して警戒を示した。

「クリスティーナ、こちらへいらっしゃい」

「かあさま?ヴィーとあそびたい」

「駄目よ、彼らは今お仕事でここに来たの。クリスティーナは侍女達と屋敷に帰っていなさい」

「王妃殿下、陛下からの命令でクリスティーナ様をお迎えに参りました」

「どう言うこと?」

「説明は陛下から後であると思います。急ぎますのでクリスティーナ様をこのまま連れて行かせていただきます」

 俺はセリーヌ様の顔を見つめ、周りに気づかれないように口を動かした。

『何があってもクリスティーナ様はお守りいたします。俺を信じて』

 セリーヌ様は理解したはず。なのに彼女は

「わたくしもクリスティーナについて参ります」
 と言って両手を広げ騎士達を通そうとしなかった。

「申し訳ございませんが王妃殿下をご一緒にお連れすることはできません」
 他の騎士がセリーヌ様の肩を掴み振り払おうとした。

「かあさま!やめて!」
 6歳になったばかりのクリスティーナ様は必死でセリーヌ様を守ろうと俺の腕の中で暴れた。

「お願いです、大人しくしてください」

「いや、ヴィー、おろして!」

「クリスティーナ様静かにしていてください。王妃殿下申し訳ございませんが先を急ぎます」

 俺はセリーヌ様が他の騎士に押さえつけられるのを横目にクリスティーナ様を抱きしめ走った。

「ヴィル、お願い。クリスティーナを連れて行かないで!」

 セリーヌ様と俺は幼馴染だ。

 俺の五つ年上のセリーヌ様は姉上と同じ歳でよく遊んでもらった。
 今、俺は18歳、セリーヌ様は23歳。

 俺の初恋の人。

 ずっと二人を見守っていくことしか出来ない。それでも近くにいれば何かある時に力になってあげられる。そう思って近衛騎士として過ごして来た。

 それなのにまさかクリスティーナ様を殺す役目を承るなんて……

 宰相は俺の素行に目をつけていた。

『王妃には関わるな』

 この命令に逆らってセリーヌ様を守ってきた。
 それが今になって悪い方へと進んでしまった。

 セリーヌ様は元侯爵令嬢だった。

 俺も侯爵令息ではあるが次男で跡取りではなく自ら身を立てて暮らさなければならない。
 だから騎士となり働いている。

 クリスティーナ様を助ければ実家の侯爵家に迷惑をかけることになる。だがこの幼く可愛らしいクリスティーナ様を殺すことはできない。

 他の騎士の目を欺き、なんとか助けるつもりでいた。

 ついでにセリーヌ様も陛下とこれで離縁できるかもしれない。
 我が子を源泉に捨て殺させるなどあり得た話ではない。

 俺は信頼できる自分の部下に動物の遺体を用意するようにと伝えた。

 麻袋に詰めたその遺体を源泉に投げ捨てるつもりだ。

 クリスティーナ様はしばらく姉上の所にでも隠しておこう。

 そう思っていたのに……

 いつの間にか俺たちの後を追ってセリーヌ様はボロボロになりながら源泉へと来ていた。

「どうしてここに?」

「宰相のマーカスが……クリスティーナを人柱にすると……お願い、ヴィル。わたくしが人柱になります、だからクリスティーナを助けて」

 今この場にいるのは俺と信頼できる部下、そしてもう一人は宰相の息のかかった騎士。

 その騎士がセリーヌ様に見下しながら笑った。

「王妃殿下、いつも隠れて身を潜めて過ごすだけの貴女にここで死んでいくことなど出来ないでしょう?
 クリスティーナ様が死ぬ瞬間をその目でしっかりと見て、目に焼き付けて一生苦しめばいいんですよ。誰にも愛されない貴女にぴったりの人生です、くくくくっ」

「やめろ!なぜそんな残酷なことを言うんだ!」
 部下のサムが止めようとした。

「はあ?みんな言ってるだろう?陛下に捨てられた王妃。今更何カッコつけているんだ?お前達だってそう思っているんだろう?」

 俺はここで頷き油断させないといけないーーそう頭ではわかっているのにクリスティーナ様をそっと下ろすと騎士を殴りつけた。

「やっぱりお前は王妃を好きなんだろう?」

「違う!だが王妃様に対しての不敬、許せるはずがないだろう?」

「やめて!ヴィル!もういいの。クリスティーナを死なせるわけにはいかないわ。わたくしは陛下と親戚なのは知っているわよね?」

「前国王の弟の孫……」俺がボソッと呟いた。

「だからわたくしでも人柱になれるの。この国の飢饉を救うためには王族の血を持った生け贄が必要なのよね?だったらわたくしが人柱になりましょう」

 そう言うと源泉へ近づいて行った。

「やめてくれ!セリーヌ様!クリスティーナ様も貴女もお守りすると俺はずっと決めているのです」

「ヴィル、ずっとそばに居て守ってくれてありがとう。クリスティーナをお願い。お父様のところへ連れて行って欲しいの」

 そして宰相の息のかかった騎士を見てセリーヌ様はふわっと微笑んだ。

「宰相閣下にお伝えください。貴方の言いなりにはなりません。わたくしはこの国を守るために死にます」

 ーー宰相はセリーヌ様に何を言ったのだろう?

 俺はふと疑問が湧いたがそんなことよりセリーヌ様をなんとか止めようと手を伸ばした。

 なのに俺も他の騎士達も身体が動かない。

「クリスティーナ、幸せになってね。貴女を愛しているわ。そばに居てあげられなくてごめんなさい。貴女が大きくなる姿を見てみたかった……」

 そして…………セリーヌ様は源泉へと身を投げた。


 その瞬間乾いた空から雨が落ちてきた。

 その雨は止むことを忘れたかのように降り続いた。








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