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捨てたのはわたし。

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 花祭りの疲れからかしばらく体調を崩してベッドから起き上がることができなかった。

 以前のわたしはとても元気だったのに……やっぱり土をいじらない、日光を浴びない日々は体力が衰えてしまう。
 一人反省しながら退屈な日々を過ごした。

 だけどヴィーが離れにいた頃のように毎日部屋に顔を出してくれるようになった。

 今日も「花が綺麗でした」と言って庭に咲いている花を持って来てくれた。

 元気になったら一緒に公爵家の別荘に行こうと話している。
 二人っきりではなくもちろんお母様とも一緒で。

 お母様が年に数回その別荘で過ごされるらしい。そしてその別荘周辺にある葡萄畑やワイン工房の視察をしているそうで、今回はわたしもお手伝いをさせてもらえることになっている。

 その護衛としてヴィーやサム、他に数人が選ばれたのだった。

 少しずつ彼との距離が以前と同じようになってきた。
 一緒に笑い会話をする。

 お互いたくさん話をする訳ではなく、なんとなく同じ部屋で同じ時間を過ごしている。
 そんなゆっくりできる時間が今は楽しみでもある。騎士として鍛錬したり仕事についている時の姿をこっそり見る時も楽しい。

 わたしも公爵令嬢としての勉強もなんとか人並みに追いついた。

 今の社交界を生き抜く術をお母様が徹底して教えてくれた。
 もう他の令嬢達に侮られることはない。

 捨てられた元王女はもういない。

 少しだけ自信がついてお母様達の仕事の手伝いも始めた。

 そんな時お忍びでお母様(セリーヌ)が会いにきた。

「クリスティーナ、久しぶり」

「王妃殿下にご挨拶申し上げます」

 わたしはカーテシーをして挨拶をすると

「もうわたしはクリスティーナの母ではないのね」と寂しそうに言われた。

 わたしはお母様のことは、大好きだ。だけどもう王女ではないし、公爵令嬢。

 王妃に会う時に以前のように親子関係でいることは出来ない。

「本日こちらに来られたのは何か御用がお有りだったのでしょうか?」

 お母様がソファに座っている斜め前に立ち、話しかけた。

「クリスティーナ……もう一度だけわたしにチャンスをくれないかしら?貴女の母として生きて行きたいの」

「………わたしは王妃様に助けられたこの命、もし必要とあれば喜んで差し出します」

「そんなことではないの、あの人とわたしと貴女と親子三人で生きて行きたい」

「……ご命令とあればそう致します」

「命令ではないわ、ほんと陛下も貴女も同じ性格なのよね、今更お互い向き合うことは出来ないのかしら……」

 お母様の気持ちはわかっている。お母様はもう一度一緒に暮らしたいんだと。わたしだってお母様は大好き。だけどお母様が知らないこの十年間の記憶がどうしても陛下を許す気にはなれない。

 側妃達を愛し、息子二人を可愛がり、わたしを嫌い冷たい目で見てきた。
 あの人を許すことも心を開くこともできない。たとえ優しくされても嬉しいと思うことはない。


「今だけ娘としての発言をお許しください」

 お母様にそう言うとわたしは右手をギュッと握りしめた。

「陛下はわたしを殺そうとした人です。そしてそのあと離れから出そうとせずずっとあそこでまともな生活すら保証されませんでした。
 食事も与えてもらえず、側妃や義弟からの嫌がらせに耐えながら暮らしました。もし逃げればわたしに優しくしてくれた人たちに酷い罰を与えようとする人たちでした。
 そんな日々一度たりとも助けてもらったことはありません。
 わたしの前で側妃達を愛し、わたしの前で義弟を甘やかし優しくする姿を見せつけられて育ちました。
 あの人は父親ではなくわたしを軟禁していつか殺そうとずっと考えてきたこの国の王です。
 ただそれだけの人です」

 お母様は真っ青な顔をして泣き出した。

「貴女がそんな辛い思いをしている間わたしは何も助けることすらできなかった。それなのに陛下の元へ戻ることにした。
 ……クリスティーナへの裏切りでしかないとわかっていたのに」

「お母様は陛下を愛していたのでしょう?それに国民のためにもこの国の安定のためにもお母様は必要です。どうか新しい子を産みその子を愛してあげてください。わたしに与えてもらえなかった愛情をその子にあげてください」

「クリスティーナ、わたしは貴女のこともとても大切なの。陛下は不器用な人、貴女に許しを乞うことはしない、それに貴女に許されるべきではないと本人もわかっているの。だから今更会いに来ようとはしないの。だけどあの人は貴女を愛しているの」

「お母様、次お会いするときはわたしはトレント公爵令嬢です。陛下と関わることは一生ないでしょう。お母様ともここでお別れです。どうか幸せになってください。お母様……わたしはお母様のことが大好きです、貴女の娘に生まれてきて幸せでした」

「………わかったわ、クリスティーナどうか幸せになって。ずっと貴女の幸せを願っているわ」

 そう言うと部屋を出て行った。





 ーーーー

「捨てたのは陛下やわたしではなく、クリスティーナ貴女なのね。捨てられてやっと貴女の辛さがわかるなんて……わたしも陛下も馬鹿な親ね」

 ーーー聞こえない小さな声で呟いて去っていった。








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