あなたの愛はもう要りません。

たろ

文字の大きさ
11 / 62

11話

しおりを挟む
 慌てた執事が「こちらへ」と言って正面玄関を案内された。

「…………あ、あの……」

「これからはこちらから出入りをされてください」

 ハンカチで汗を拭きながら丁寧に送り出されそうになるのを、必死で止めた。

「あの、私……」

「どうぞ行ってらっしゃいませ」

「いえ、私、まだ朝食を食べていないんです!」

 冗談じゃない!お腹が空いたまま学校へ行くなんて絶対嫌!

「あっ、ああ、申し訳ありません。すぐに用意いたします」

「用意?いつでも使用人達の食堂に行けば好きな時に食べられるわ、気にしないで」

 何をこの人は言ってるのかしら?
 知っているくせに!

 義母に呼ばれて時間が押しているとはいえ馬車で送ってもらえるならしっかり食事をする時間はあるもの。

「お待ちください!これからは使用人達のところではなく、きちんと食事の用意をしますので、ご主人様達とお食事をなさってください」

 今更?
 メイド長が執事の後ろであたふたとして困った顔をしていた。

 メイド長達が悪いわけではない。執事から命令をされれば従わざるを得ない。

 それに孤独なこの1年間、優しい使用人達に囲まれて幸せに過ごしてきた。

 それを今更変えるなんて………

 絶対嫌!

「この1年間、見て見ぬ振りをしてくださったのだから、このままでよろしいのでは?」

 にこりと執事に微笑んだ。

「奥様が知ってしまいましたからそれは出来かねます。ビアンカ様、私が勘違いしておりました。冷遇するようにと申しつけられたと勝手に思い込んでおりました。どうかお許しください」

 私を空気とみなして無視していたあの冷たい態度しか取らなかった執事が何度も情けないくらい頭を下げ続けた。


 ここで意地を張って拒み続けるのも、なんだかなぁと思い、仕方なく「わかったわ、用意をお願いね」と大人の対応をすることにした。

 彼も仕事なんだもの。私に対して悪意があったわけではないはず……あった気もするけど。


 初めて足を踏み入れた侯爵家の者にだけ許された食堂は、伯爵家の実家よりも豪華な家具が置かれていた。なのに上品で落ち着いた雰囲気で思わず見入ってしまった。

 座る場所に戸惑っていると義母が「ここに座りなさい」と指示した。

 そこはダイガットの目の前の席だった。

 ダイガットは私が部屋に入ってきた瞬間から驚いた顔をしていた。

「なぜ君がここに?」

 眉根をグッと寄せ私を睨むダイガットを無視して席に座り、黙々と食事を始めた。

 いつもの料理長が作ってくれる熱々の具沢山スープが恋しい。

 食べやすいように適温の上品な味のスープも色とりどりの料理もとても美味しいはずなのに、美味しく感じない。

 結局少しだけいただいてすぐに席をたった。

「ご馳走様でした。お先に失礼致します」

「ほとんど食べていないじゃないの」

 義母がまさかそんなことを言うと思わなかった。もちろん心配してくださったわけではないだろう。

「…………私の口には贅沢すぎるようです。出来ればいつもの食べなれた朝食をいつもの場所で食べた方が私にはあっていると思います」

 義母の目を見ることはできなかった。
 もちろん私の発言は失礼極まりないとわかっていた。

 でも、これが毎日続くと考えると気が重くて死にそうだった。

 せめて美味しいものをお腹いっぱい食べる権利くらい欲しいとわがままなことを考えてしまった。

「わかったわ、メイド長。ビアンカがいつも食べているものを彼女には出してあげてちょうだい」

 ち、違うの!私はここで食べるのが、とても辛くて……喉が通らないんです!




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。

恋愛
 男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。  実家を出てやっと手に入れた静かな日々。  そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。 ※このお話は極端なざまぁは無いです。 ※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。 ※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。 ※SSから短編になりました。

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。 ※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

番ではなくなった私たち

拝詩ルルー
恋愛
アンは薬屋の一人娘だ。ハスキー犬の獣人のラルフとは幼馴染で、彼がアンのことを番だと言って猛烈なアプローチをした結果、二人は晴れて恋人同士になった。 ラルフは恵まれた体躯と素晴らしい剣の腕前から、勇者パーティーにスカウトされ、魔王討伐の旅について行くことに。 ──それから二年後。魔王は倒されたが、番の絆を失ってしまったラルフが街に戻って来た。 アンとラルフの恋の行方は……? ※全5話の短編です。

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

二年間の花嫁

柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。 公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。 二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。 それでも構わなかった。 たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。 けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。 この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。 彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。 やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。 期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。 ――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。

処理中です...