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90話
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襲われた馬車は車輪が外れ動けなくなっていた。
カイさんが新たに用意してくれた馬車に乗り、侯爵邸へと戻った。
本当はすぐに隣町のホテルへ移動したかった。でもこんな事件が起きたまま、何事もなかったかのように旅立つことはできない。
それにまだ、私を狙っている人がいる。
カイさんが私の部屋に来て、「疲れただろう」と優しく声をかけた。
「犯人が捕まるまでは、屋敷からあまり出ないでほしい」
「………はい…でも記憶を失ったのに、また無理やり記憶を取り戻させることなんて出来るのですか?」
「君の体のことを心配しないでいいなら出来ると思う。強い記憶回復薬は存在するからな。だが普通は記憶を回復させるのに時間をかけて薬を少しずつ与えるんだ」
「忘れさせておいて今度は思い出させるなんて……」
「ビアンカ、実はその酷いことをお前にさせようかと思ってるんだ」
真剣な顔をして、少し怖く感じるカイさん。いつもは人を楽しませてくれる笑顔が絶えない優しいおじ様なのに。
「どうしてですか?」
「幼い頃のビアンカはこの国に留まらないはずだった。だから記憶をなくすことで、自国へ帰り幸せに暮らすはずだったんだ」
「私がこの国に住むことになったから?」
「ああ」
私の頭に手を置いて頭をくしゃっとカイさんはした。彼の手はゴツゴツしているのに暖かくて大きかった。
「お前がこの国に来てしばらくは特に動きはなく、このまま静かに過ぎていくかもしれないと思っていたんだ。あの継母の騒動が、お前の名を表舞台に立たせた。世間がビアンカ・ダッドの名を知ってしまったんだ」
あの事件はこの国で大きな話題になった。誰もが私の名を知っているのは仕方がない。
「その後、ミリルが留学した。ミリルはこの国に来てまずアッシュに会いに行った。しかしアッシュはミリルからの婚約も断ってるし、一応会って挨拶をするだけに留めて、それ以上の接触を避けていたんだ」
「屋敷に会いに来ていたんですね?」
知らなかった。ミリル殿下が来ていたこと。私がいない時だったんだろう。
「ミリルからすれば初恋の相手が自分と会おうとしないし、冷たい態度を取るのが不満だったのだろう。ガルガッタ王国の唯一の姫で、大切に育てられたミリルはわがまま放題だから、アッシュのような対応は新鮮だがプライドも傷つける」
アッシュのミリル殿下への対応は確かに少し冷たいと思ったけど、ミリル殿下は傷ついてしまったのかな。
「ミリルは別に傷ついてなどいないぞ。ガルガッタ王国でも異性との付き合いは派手だった。見た目は美しいし男心をくすぐるし、姫様だからかなりチヤホヤされてきた。だからアッシュの対応に頭に来てはいたが、次に惚れたのがフェリックスだった」」
「………」
フェリックス様がミリル殿下の初恋だと聞いていたのに、初恋はアッシュ?
ミリル殿下の学校でのお世話係として選ばれたフェリックス様は、いつも2人で一緒に過ごされていた。
私の目の前を2人で楽しそうに通り過ぎることもあった。
それを私は黙って見過ごした。
王命で結ばれた二人だと聞いていたのに、あの姿は恋人のようだった。
フェリックス様……彼は私を捨ててミリル殿下を選んだ。
王命とはいえ、フェリックス様ならそれを断ることはできたと思う。
だって国を捨てて、王子の地位を捨ててでも、私のところへ来てくれたのだもの。
もしできなくて、せめて最後のお別れくらい出来たはずだわ。
そんな考えが頭をよぎりながら、自分が惨めでおかしくなり、考えるのをやめて頭を横に振った。
「ミリルは、アッシュがお前を昔から可愛がっていることも、フェリックスがお前の恋人だったことも知っている。
自分よりもお前を、二人が大切にしていることが気に入らないんだ。お前からフェリックスを奪ったのも気に入らないからだ。
そして、アッシュがいまだにお前のそばにいるのも気に入らない。だから、排除するためにルワン国の奴にお前の情報を売ったんだ」
「情報?」
「ああ、忘却薬で記憶がないことを知っていたようだ。ミリルは幼いながら王女だから、どこからかお前が迷子になった後のことを聞き出していたんだ」
「俺はミリルがこの国に来てから怪しい動きをとっているのを知って色々調べていたんだ。ガルガッタ王国とルワン国の奴らもこの国で色々動いているし、なにかと物騒だからな」
オリエ様が、カイさんはこの国を裏で支える王兄だと話してくれたことがあった。
「ビアンカが見つけた花は絶滅したはずの花。麻薬の元となる花だったんだ……その花があれば、他国を戦乱に巻き込むこともできるし、たくさんの大金を生み出すこともできる。だからこそ、人知れずお前の記憶は消された。なのに、ミリルは自分の嫉妬でお前を売った。これは個人の感情だけで終わる話じゃない。この国、そして、他国をも巻き込むかもしれない。あの花はもうこの世から存在してはならない花なんだ」
「あの……私はその花の場所を知っているのですか?」
「幼かったお前の記憶は曖昧だ。山で迷子になって発見した時も『綺麗な花が咲いていたの』『場所?わからない』と言っていたらしい」
「そうですよね、知らない山で迷子になってたまたま綺麗な花を摘んだだけですよね?」
「ああ、だが、その花を見つけたこと自体が危険なんだ。だから人知れず記憶を消した。そしてお前はこの国を去った……この国に戻ってきた頃にはその話はもう遠い記憶の中に埋もれ、お前は幸せになれるはずだった」
「私、ずっと命を狙われるのでしょうか?」
「魔法使いを呼んだ。お前の記憶を取り戻し、花の咲いている場所を見つけだそうと思っている。そして、花は完全に絶滅させる」
「記憶を取り戻すのですか?」
「すまない、あの時はそれが最適な方法だと判断したのだろう。花のことはなかったことにして隠蔽してしまった」
「それは……」
その当時生きていたお祖父様の判断だったらしい。絶滅した花は、麻薬にもなるけど、人を助けるための薬にもなっていたらしい。
だからこそ生息しているなら、そのままそっと隠して咲かせていようと考えていた。
まさか他国がこの花をまだ諦めていなかったとは思わなかった。どこかでもしかしたら咲いているかもしれない、幻の花。
カイさんが新たに用意してくれた馬車に乗り、侯爵邸へと戻った。
本当はすぐに隣町のホテルへ移動したかった。でもこんな事件が起きたまま、何事もなかったかのように旅立つことはできない。
それにまだ、私を狙っている人がいる。
カイさんが私の部屋に来て、「疲れただろう」と優しく声をかけた。
「犯人が捕まるまでは、屋敷からあまり出ないでほしい」
「………はい…でも記憶を失ったのに、また無理やり記憶を取り戻させることなんて出来るのですか?」
「君の体のことを心配しないでいいなら出来ると思う。強い記憶回復薬は存在するからな。だが普通は記憶を回復させるのに時間をかけて薬を少しずつ与えるんだ」
「忘れさせておいて今度は思い出させるなんて……」
「ビアンカ、実はその酷いことをお前にさせようかと思ってるんだ」
真剣な顔をして、少し怖く感じるカイさん。いつもは人を楽しませてくれる笑顔が絶えない優しいおじ様なのに。
「どうしてですか?」
「幼い頃のビアンカはこの国に留まらないはずだった。だから記憶をなくすことで、自国へ帰り幸せに暮らすはずだったんだ」
「私がこの国に住むことになったから?」
「ああ」
私の頭に手を置いて頭をくしゃっとカイさんはした。彼の手はゴツゴツしているのに暖かくて大きかった。
「お前がこの国に来てしばらくは特に動きはなく、このまま静かに過ぎていくかもしれないと思っていたんだ。あの継母の騒動が、お前の名を表舞台に立たせた。世間がビアンカ・ダッドの名を知ってしまったんだ」
あの事件はこの国で大きな話題になった。誰もが私の名を知っているのは仕方がない。
「その後、ミリルが留学した。ミリルはこの国に来てまずアッシュに会いに行った。しかしアッシュはミリルからの婚約も断ってるし、一応会って挨拶をするだけに留めて、それ以上の接触を避けていたんだ」
「屋敷に会いに来ていたんですね?」
知らなかった。ミリル殿下が来ていたこと。私がいない時だったんだろう。
「ミリルからすれば初恋の相手が自分と会おうとしないし、冷たい態度を取るのが不満だったのだろう。ガルガッタ王国の唯一の姫で、大切に育てられたミリルはわがまま放題だから、アッシュのような対応は新鮮だがプライドも傷つける」
アッシュのミリル殿下への対応は確かに少し冷たいと思ったけど、ミリル殿下は傷ついてしまったのかな。
「ミリルは別に傷ついてなどいないぞ。ガルガッタ王国でも異性との付き合いは派手だった。見た目は美しいし男心をくすぐるし、姫様だからかなりチヤホヤされてきた。だからアッシュの対応に頭に来てはいたが、次に惚れたのがフェリックスだった」」
「………」
フェリックス様がミリル殿下の初恋だと聞いていたのに、初恋はアッシュ?
ミリル殿下の学校でのお世話係として選ばれたフェリックス様は、いつも2人で一緒に過ごされていた。
私の目の前を2人で楽しそうに通り過ぎることもあった。
それを私は黙って見過ごした。
王命で結ばれた二人だと聞いていたのに、あの姿は恋人のようだった。
フェリックス様……彼は私を捨ててミリル殿下を選んだ。
王命とはいえ、フェリックス様ならそれを断ることはできたと思う。
だって国を捨てて、王子の地位を捨ててでも、私のところへ来てくれたのだもの。
もしできなくて、せめて最後のお別れくらい出来たはずだわ。
そんな考えが頭をよぎりながら、自分が惨めでおかしくなり、考えるのをやめて頭を横に振った。
「ミリルは、アッシュがお前を昔から可愛がっていることも、フェリックスがお前の恋人だったことも知っている。
自分よりもお前を、二人が大切にしていることが気に入らないんだ。お前からフェリックスを奪ったのも気に入らないからだ。
そして、アッシュがいまだにお前のそばにいるのも気に入らない。だから、排除するためにルワン国の奴にお前の情報を売ったんだ」
「情報?」
「ああ、忘却薬で記憶がないことを知っていたようだ。ミリルは幼いながら王女だから、どこからかお前が迷子になった後のことを聞き出していたんだ」
「俺はミリルがこの国に来てから怪しい動きをとっているのを知って色々調べていたんだ。ガルガッタ王国とルワン国の奴らもこの国で色々動いているし、なにかと物騒だからな」
オリエ様が、カイさんはこの国を裏で支える王兄だと話してくれたことがあった。
「ビアンカが見つけた花は絶滅したはずの花。麻薬の元となる花だったんだ……その花があれば、他国を戦乱に巻き込むこともできるし、たくさんの大金を生み出すこともできる。だからこそ、人知れずお前の記憶は消された。なのに、ミリルは自分の嫉妬でお前を売った。これは個人の感情だけで終わる話じゃない。この国、そして、他国をも巻き込むかもしれない。あの花はもうこの世から存在してはならない花なんだ」
「あの……私はその花の場所を知っているのですか?」
「幼かったお前の記憶は曖昧だ。山で迷子になって発見した時も『綺麗な花が咲いていたの』『場所?わからない』と言っていたらしい」
「そうですよね、知らない山で迷子になってたまたま綺麗な花を摘んだだけですよね?」
「ああ、だが、その花を見つけたこと自体が危険なんだ。だから人知れず記憶を消した。そしてお前はこの国を去った……この国に戻ってきた頃にはその話はもう遠い記憶の中に埋もれ、お前は幸せになれるはずだった」
「私、ずっと命を狙われるのでしょうか?」
「魔法使いを呼んだ。お前の記憶を取り戻し、花の咲いている場所を見つけだそうと思っている。そして、花は完全に絶滅させる」
「記憶を取り戻すのですか?」
「すまない、あの時はそれが最適な方法だと判断したのだろう。花のことはなかったことにして隠蔽してしまった」
「それは……」
その当時生きていたお祖父様の判断だったらしい。絶滅した花は、麻薬にもなるけど、人を助けるための薬にもなっていたらしい。
だからこそ生息しているなら、そのままそっと隠して咲かせていようと考えていた。
まさか他国がこの花をまだ諦めていなかったとは思わなかった。どこかでもしかしたら咲いているかもしれない、幻の花。
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