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キリアン君、初めまして
しおりを挟む目を閉じているのに誰かに見られている視線を感じた。
ぼんやりとしながらも目を開けると大きな瞳が目に飛び込んできた。
「えっ?だ、誰?」
アイシャは目を見開くと
「おっはよぉ」
可愛らしい小さな男の子がニコニコ笑顔でアイシャの顔を覗き込んでいた。
椅子の上に器用に立っている男の子。
アイシャの頭に手をそっとおくと
「いいこいいこ」と突然撫で始めた。
アイシャはどうしていいのかわからずされるがまま。
「あ、あの……」
アイシャが吃りながら男の子に声をかけた。
「ぼく、きぃりあ」
舌ったらずで可愛らしい話し方に「きぃりあ?くん??」と聞き返した。
「あはははは、違う違う。この子は『キリアン』よ!わたしの息子。可愛いでしょう?2歳なの」
部屋に入ってきたエマがアイシャが聞き取れなかった息子の名前を訂正した。
「きれぇなおねえたん、おきたぁ?」
キリアンはアイシャが寝ているベッドにボスンっと上に乗った。アイシャを抱きしめるように抱きついて「だっこぉ」と言った。
アイシャは突然のことで戸惑い固まっていると
「おねぇたん、いいこいいこ」
と言ってまた頭をなでなでし始めた。
その小さな手があまりにも温かくて何故かわからないが波が溢れたアイシャ。
涙が止まらなくて泣いていると
「なきゃないの、いいこでぇしょ」
と、さらになでなでしてくれた。
「あ、ありがとう」
アイシャはこんな居心地の良い場所も温かい手も知らなかった。
どうしていいのかわからなくて泣き続けていると
「キリアン、そろそろやめなさい。アイシャ、お腹空いていない?夕食にしましょう」
エマがキリアンをベッドの上から抱っこして床に下ろした。
泣き続けるアイシャを見てエマが笑い出した。
「あら?キリアンったらまだ2歳なのにもう女の子を泣かせているのね」
「ちぃがう、いいこいいこしてたのぉ」
「いい子いい子してあげてたんだ。じゃあ、いい子は今からご飯を食べようね」
「あい!たぁべるゅ」
「アイシャ様も少しでいいから食べましょう。寝込んでいたからまだ食事を摂っていませんでしたから少しずつ胃を慣らしていきましょうね」
「ありがとうございます」
キリアンはアイシャと手を繋ぎ
「こぉっち」
と言ってテーブルまで連れて行ってくれた。
「ここぉね」
椅子を指差して教える。
「ありがとう、キリアン君」
「あーい」
アイシャは小さな男の子と話すのは初めてだった。
でも人懐っこいキリアンはとても可愛いらしくて思わず笑みが溢れた。
キリアンは「だぁっこぉ」と言ってアイシャの膝に座ろうとしたのでアイシャは慌ててキリアンを抱えた。
するとアイシャの体にムギュッとくっついて抱っこされた。
「キリアン、それじゃあご飯は食べられないわ、下りて自分の椅子に座るの」
エマは呆れながらキリアンを叱った。
「やっあ!きれぇなおねえたんとしゅわるの」
「何も食べさせないわよ」
「やっあ!たべぇるゅ」
キリアンは急いでアイシャの膝から下りて自分の椅子に座るとアイシャ見てにっこり笑った。
エマは手際良くテーブルに料理を並べた。
「さあ、食べましょう」
まだ食欲がないアイシャは野菜スープを半分とパンを少しだけ食べた。
「今日は無理はしなくても大丈夫よ、少しずつ体力を戻していこうね」
「ありがとうございます」
キリアンは隣の椅子に座り、スプーンを上手に使って美味しそうにスープを飲んでいた。
「キリアン、スープの中のピーマンを残しちゃダメよ?ほら、好きなチキンばかり食べてる!」
「ぴーまん、きらいなの」
「好き嫌いすると怖い悪魔がガオってやってくるわよ!」
「や、やぁ!た、たべるゅもん」
アイシャは二人のやりとりが可愛くて見ていて微笑ましかった。
両親や兄とこんなふうに話した思い出なんてない。
いつも忙しそうにしている両親の後ろ姿しか見たことがない。
ゆっくり顔を合わせたのは、目が合ったのは、いつだっただろう。
両親は兄は、わたしの顔を覚えていてくれるかしら?もしわたしが死んでも、『アイシャ』と言う名前の14歳の娘がいたことを覚えてもいないかもしれない。
『そんな娘がいたような……』
アイシャは想像しただけで苦笑いしかでてこなかった。
食事のあとキリアンとアイシャはソファに座り話を沢山した。
キリアンの好きなお菓子の話、お家に住んでいるお化け?の話、大好きな絵本もアイシャは見せてもらった。
「エマ様、わたしが片付けをしますのでゆっくりしていてください」
「公爵令嬢がそんなことをしては駄目です。わたしがしますので気にしないでください。それに貴女は病人なんですから!」
「エマ様、わたしは屋敷で毎日皿洗いをしていますので洗うのは得意なんですよ?」
アイシャは当たり前のように笑顔で言うと、その言葉を聞いたエマは眉根をまた寄せて悲しそうな顔をした。
「皿洗いが得意なんて……」
アイシャはキリアンに「後で本を読みましょうね」と言うとソファから立ち上がりエマのいるキッチンへ行った。
そしてエマに「わたしがやりますね」と皿洗いを始めた。
手慣れた手つきで皿を洗うアイシャを隣で立ってエマは何も言わずに見守ることにした。
「終わりました、あと何かすることがあったら言ってください。洗濯も掃除も得意なんですよ」
エマは「ふぅっ」と大きく息を吐いた。
「はい、ではアイシャ様にお願いがあります」
「何をしたらいいですか?」
「さっさとベッドで横になって寝てください!」
エマはアイシャをキッチンから追い出して部屋に無理矢理押し込めベッドに寝かせた。
しばらくベッドに横になっていると、扉が開きキリアンが嬉しそうにそっと部屋に入ってきた。
「おねぇたん、ねんね」
キリアンは上手に椅子を使ってベッドに上がると、アイシャの隣に入ってきて毛布にもぐる。
「ねんね、ねっ」と言って目を瞑るとキリアンはすぐにぐうぐうと寝てしまった。
ーー寝るのが、は、早い!
キリアン君の寝顔を見ているとわたしも眠たくなってしまう。
アイシャはキリアンの寝息を聞きながら自分もうとうととし始めた。
どんなに眠っても衰弱しきっているアイシャの体は回復しない。
エマがそっと覗きに来た。
キリアンがいるのを呆れながら見たが、青白い顔をしてキリアンを抱き抱えるように眠るアイシャを見てそのまま黙って「二人ともいい夢を見てね」と優しく声をかけて出て行った。
✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎
ーーエマ視線ーー
「しばらくあのまま寝かせてあげましょう」
エマは二人の寝ている姿を確認してからテーブルの椅子に座って待っていた。
トントン。
扉のノックと共に入ってきたのは先生ことゴードン・ハウザー様、前王の王弟でもある。現在の国王陛下の叔父でもある。
「アイシャ嬢は寝たかな?」
「はい、少しだけ食事を摂りましたがほとんど食べられずまだ不安定な状態です」
「かなり悪いからな、このままでは手遅れになりかねない。
さっきウィリアムに会いに行ったが忙しくてゆっくり話すことが出来なかった。
屋敷を探らせたのだが母親は社交に忙しくあまり屋敷には帰っていないみたいだ。今も友人達と海外に旅行へ行っているようで数ヶ月は帰らないみたいだ」
先生は苛立ちを抑えるためなのか出されたお茶を飲んで喉を潤した。
「アイシャ嬢の兄マーカスも今は王城で外務大臣補佐官として忙しく働いていて寮に寝泊まりしているらしく屋敷にはほとんど戻ってこないらしいんだ」
「そうですか……だからと言って使用人がアイシャ様を蔑ろにするのはおかしいと思いませんか?」
「……うん、家族が彼女に興味を示さず放ったらかしにしているから使用人も彼女を馬鹿にしているんだろうな、あの子は何も疑わず本来優しい性格なので、何も言わずに受け入れてしまっているんだ」
「あの子、ここに来て皿洗いをしたんです。それに掃除も洗濯も得意だと言ってました。公爵令嬢がそんなこと得意な訳ないですよね?それに学校にも行かせて貰えなくて部屋から出して貰えないと言ってました。使用人がすることですか?馬車すら出してもらえず屋敷から王城まで歩いているんですよ!」
エマは思わず興奮してしまった。
「もう少し待っててくれ、わたしがなんとかする」
「婚約者のエリック殿下は知っているのですか?アイシャ様が辛い思いをしていること?知ってたらこんなことにはなっていませんよね?それとも知っていて知らん顔をしているのですか?」
「エマ、お前の気持ちはわかる。だがエリックは何も知らずに今は留学生として海外へ行っているんだ。
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エマの瞳は真っ赤になり涙を浮かべていた。
「まずはあの子が生きたいと思わなければ……」
「………ええ、そうですね」
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