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番外編 アーシャは今?

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イーサン殿下はいつもわたしに優しい。

なのに……わたしに優しくするのはいつもカトリーヌ様が近くにいる時だけなの。

「イーサン様、大好きです」
わたしは何度も彼に告白した。

カトリーヌ様と言う婚約者がいてもわたしを見てくれているのだからいずれは婚約解消してくれるはず。

それに男爵家が貧乏でドレスすら買えないことを知って、ドレスや宝石、靴など贈ってくれたもの。

でもイーサン様の優しさは、わたしを愛していたからではなかった。

カトリーヌ様の気を引くためだった。

だからお詫びにとわたしに物を与えてくれていたのだ。

それに気がついたのはイーサン様の幼馴染のヴァン様だった。


どんなにイーサン様に優しくされても物足りなくて心が満たされない。だって彼はいつもカトリーヌ様を目で追っていたから。わたしを見るのはカトリーヌ様が近くにいる時だけ。

わたしがどんなに甘えても我が魔を言っても適当に優しく相槌を打って流される。
わたしは彼の横にいるのにわたしのことなんて見ていない。

ヴァン様はそんなわたしの様子が気になったのか声をかけてきた。

「アーシャ、イーサン殿下はカトリーヌ様の婚約者だ。カトリーヌ様はどう思っているかわからないけどイーサン殿下は本当はずっとカトリーヌ様だけを見てきてずっと好きなんだ」

「わたしでは無理だと言うの?」

「たぶん……本人は無意識にアーシャのことを利用しているんだ、一番最悪なやり方だよな、君の気持ちを利用してカトリーヌ様に何とか振り向いてもらおうとしているなんて」

「そんなの嘘よ!わたしカトリーヌ様に婚約解消するように何度か言ったけど本人はいつでも解消すると言ってたわ」

「カトリーヌ様はイーサン殿下の気持ちなんて知らないと思う。ま、あんなに冷たくされたらそりゃ好きになんてなるわけないよ」

「そんな……愛されているのに好きにならないなんて……ずるいわ!それならイーサン様をわたしにちょうだい!だってわたしはイーサン様を愛しているのよ?」

「アーシャ、僕は君が傷つくのを見たくはない」

ーー嘘よ、うそよ、信じないわ!

わたしは王宮内にイーサン殿下の側近に頼んで入り込んだ。
そしてカトリーヌ様を見つけて……



「カトリーヌ様?何故逃げるのですか?」

「わたしに何か御用ですか?」

「用事があるから話しかけたに決まっているでしょう?」
わたしはカトリーヌ様の冷たい視線にイラッとした。

「貴女は男爵令嬢だったと思いますが?気安く話しかけないでいただきたいわ」

わたしを馬鹿にした物言い。なのに彼女は本当にはわたしを馬鹿にしていないと感じるのはなぜ?

多分他の高位貴族の人たちはわたしを蔑んだ目で見ているのにこの人はただ面倒くさそうにわたしを見ているから。

「な!何よ!男爵令嬢だからと馬鹿にしているの?イーサン様に全部バラしてアンタなんか婚約解消してもらうんだから!」

「ほんとぉに?とっても嬉しいわぁ。ぜひイーサン殿下にお伝えくださぁい」
カトリーヌ様は可愛く微笑んで答えた。

「強がって何よ!本当は婚約解消なんてしたくないくせに!」

「貴女、イーサン殿下のぉ、婚約者になりたいならぁ、もう少し言葉と頭の中お勉強した方がよろしくてよぉ?」

「はあ?アンタの喋り方の方がムカつくんだけど!」
わたしの話し方にイラついたアーシャ様はわたしの体を突き飛ばした。

「いたぁい!酷いわこんな暴力を振るうなんて」

カトリーヌ様は倒れてシクシクと泣いたフリをした。
どう見ても泣いていないし痛くもなさそう。

慌てて周りにいた護衛騎士さんがカトリーヌ様を立たせた。
そして「話を聞きたい」と言ってわたしを連行した。

「わたしは何もしていないわ。ちょっと押し倒しただけじゃない」

ーーわたしの話なんて聞きもしないでわたしは連れて行かれてイーサン様が助けてくれた。

「カトリーヌに何を言ったんだ?あいつは何を言っても俺に興味なんてないから一緒だよ」

寂しそうに言った。

彼のその時の顔が忘れられない。あんな辛そうな顔をして……いつもカトリーヌ様を切なそうに見つめて……どんなに強がっていても彼は本当にカトリーヌ様が好きなんだと……認めたくないのに思ってしまった。




そして……カトリーヌ様が記憶喪失になった。

馬車の事故で生死の境を彷徨ったらしい。

目が覚めたら何も覚えていないなんて……

イーサン様は気がついたらわたしのそばには居なかった。ううん、元々わたしが無理やり引っ付いていただけ。
彼は今カトリーヌ様のことが心配で誰も近寄ることができないくらい疲弊している。

誰も寄せ付けない。

彼はカトリーヌ様のそばから離れない。

記憶をなくした彼女のそばに愛おしそうに彼女を見つめながら過ごしているの。
優しく話しかけ優しく微笑んで。

誰も彼のそんな姿を見たことがなかった。

わたしといる時も他の令嬢といる時もいつも笑っていた。それは全て偽りでカトリーヌ様が近くにいる時だけ。

彼は本当はカトリーヌ様にこんな顔をして共に過ごしたかったんだ。
胸が痛い。悔しい……でも彼はわたしのことなんて見向きもしない。

「イーサン様……」彼の近くに行って声をかけたのに……彼はわたしのことなんて目にも入っていない。

もう彼の瞳に映るのはカトリーヌ様だけ。

カトリーヌ様は……彼の愛情を一身に受けて儚げに微笑む。
二人の姿は愛し合っているもの同士にしか見えない。

呆然と立っていると……

ヴァン様がわたしの肩をポンと叩いた。

「アーシャ、イーサン殿下はやっと素直になったんだ。もう俺たちが何を言っても無駄なんだ、カトリーヌ様だけしか見えていない」

「カトリーヌ様はあの髪の色のせいで悪い噂ばかりなのに……いつも凛として一人で立っていたわ、今は穏やかで儚げで……あんなに変わるなんて………」

「彼女はいつも悪意の中で過ごしていたからなんに対しても強気でいないと生きて行けなかったんだろうね。誰も寄せ付けなかった、だから殿下もさらに意地になって意地悪なことばかり言って…なんとか気を引こうとしていたんだろうね」

「わたしはイーサン様にとって本当になんとも思われていなかったんだ………」

「無意識に君を利用していたんだと思う」

「……最低!最低な人だわ!……でもそれでも好きだったの、わたしだってカトリーヌ様から無理やり奪い取ろうとしたんだもの、わたしも最低だよね」

「じゃあ僕も最低かもしれない、君の弱みにつけ込んで君の心を僕に向けようとしているんだ」

「え?」

「僕は君が好きなんだ……」



ーーーーー

「アーシャ、どうしたんだい?」

「うん?新聞に出ていたの。イーサン様とカトリーヌ様のご結婚のことが……」

「そうか……イーサン様は王位継承権を放棄してカトリーヌ様のところへ行ってしまったからね」

「お二人の幸せそうな写真を見ていて昔を思い出していたの」

「君はまだイーサン様のことを思い出すと辛い?」

「もう何年も前のことよ。懐かしい思い出だわ。今はヴァンと娘のエリスがいてくれるからそれだけで幸せよ」

ーーカトリーヌ様に会うことがあったら……

『あの時はごめんなさい』って素直に謝りたい。

そしてイーサン様に

『わたし、幸せになりました』って伝えたいな。




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