【完結】母になります。

たろ

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楽しい日々

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「だっこぉ」

 お庭に初めて二人を連れて行く日、ノエル君は外に出たい気持ちと怖い気持ちでグズグズと泣き出した。

「ノエル、いこぉ」
 アリスちゃんがいくら誘っても首を横に振る。

「じゃあ、いかないの?」

「やっ!いくぅ!」

 ノエル君はわたしの足に絡みついて離れない。

「わたしが抱っこしたらお庭に行くの?」

「…………うん」

 人差し指を口に咥えておしゃぶりをするのはノエル君が不安な時や落ち着かない時。

 一緒に過ごすようになってノエル君はアリスちゃん以上に酷い目に遭っていたようで、ちょっとしたことでもとても臆病になっている。

 アリスちゃんは元々施設で暮らしていたのもあって適応能力があって、もう屋敷での生活にも慣れ始めた。

 しっかり「おなかすいた!」と言っていつでも美味しそうになんでもよく食べてくれる。

 一方ノエル君はアリスちゃんの様子を窺いながら少しずつ口に入れる。

 食べている時にわたし以外の使用人が近づいてくるだけでビクビクして食べるのをやめてしまう。

 『いらない』と言ってスプーンをテーブルに置くと、もうどんなに好きなものでも口に入れるのを嫌がる。

 その様子を見るとあの家でのノエル君の姿が思い出されてしまう。

 あんな酷い目にあったんだもの。そんなすぐに心も開くことなんてできないわよね。

 今は時間をかけてゆっくりと過ごして、そばにいてあげることしかできない。

 大人の怖さを身をもって感じてきたノエル君に、無理やり何かをさせるのはよくないとお医者様にも言われた。

 わたしはそばにいて、ここは絶対に安全なのだと教えてあげるしかない。

 結局抱っこして庭園へ出た。

 アリスちゃんは久しぶりの外でワクワクしたのか一人で走り回って楽しそうにしている。

 たまにわたしのぞばにきて「ノエルも、いっしょに、あそぼう?」と声をかけてくれた。

「やっ!」

 ノエル君は大好きなアリスちゃんの言葉も聞こうとしない。

 わたしの胸に顔を埋めて「こわいの、やっなの!」と呟いた。

 ーーそうだよね。二人のあの姿を思い出すといまだに切なくなってしまうもの。

 四阿に着くとテーブルの上にはクッキーやケーキが準備されていた。

 周りには使用人はいない。

 二人が怖がるから予め用意をして二人が見えないところに控えてくれているようだ。

 三人だけでテーブルに座る。

 ノエル君はわたしから降りようとしないので膝の上に座らせた。

「おかし、たべて、いい?」
 ノエル君がわたしの顔を見上げて聞いてきた。

「手を綺麗に拭いてからね?」

「うん」

 わたしに小さな可愛らしい手をそっと差し出した。

 優しくおしぼりで手を拭いてあげるとアリスちゃんも座っていた椅子から降りてわたしのそばに来た。

「アリスも!」
 ーー手を拭いて欲しいのね?

 ずっとノエル君がわたしから離れないから甘えることができなかったみたいで、手を拭いてあげただけなのに満面の笑みを浮かべた。

 ーー二人ともやっぱり可愛いわ


 癒されながら二人とお話ししながらお菓子を食べた。

 子供達には冷えた紅茶に少し蜂蜜を落として飲みやすくしてくれている。

 ジュースも置いてくれていたけど、わたしとお揃いのカップで飲むのが二人にとっては楽しいらしい。

「ノエル、おはな、きれいだった、よ?」

「うん、帰りは少しだけ歩いてみる?一緒に手を繋いで歩きたいわ」

「ノエルと、あるきたい?…の?」

「もちろんよ?アリスちゃんとノエル君と歩いたら楽しいと思うもの」

「………ちょっと…だけ?」

「ええ、ちょっとだけね?」

「…………わかった」

 ノエル君は帰りは歩いてくれると約束をした。
「アリスちゃん、ノエル君のそばにいてあげてね?安心するみたいなの」

「うん、ノエル、あとでいやだっなんていうのはダメだよ?」

 アリスちゃんの言葉に一瞬悩んでいたみたいだ。

「…………うん」

 小さな声で返事が返ってきた。

 ノエル君にとって唯一心を許せる人がアリスちゃん。アリスちゃんの姿を必死で目で追っていた。

 本当はノエル君も一緒に歩きたいのかもしれない。

 二人ともお菓子をたくさん食べてご機嫌がよくなったら今度は眠たそう。

「お部屋に帰りましょうか?」

 二人に声をかけるとノエル君は一瞬躊躇したがアリスちゃんから差し出された手を少し震えながらも握った。

「いこう!」
 元気なアリスちゃんの言葉にノエル君も「うん!」と言って仲良く走り出した。

「二人共!手を繋いで走ったら転ぶわよ?」

「えーー」
「やっ!」

 ニコニコして走る姿はとても可愛い。

 でもだからこそ、今朝カルロが言ってきた言葉を思い出すとどうしても納得できなかった。

『そろそろお二人は元の家に移したいと思っております』

『グレイ様がそう言ったの?』

『………はい』

 わたしの不機嫌な声にカルロは一瞬黙ったけど『お二人に付ける世話係は今度は安心できる人にするつもりです』

『当たり前でしょう?そんなこと……』

『アンミリカを選んだことはこちらの失態だと思っております』

『彼女は………』
 ーーーーー旦那様の愛人なの?

 最後まで言葉にできなかった。カルロも先の言葉をなんとなくわかっていたようだった。

『奥様、この屋敷の旦那様はグレイ様です。当主の言うことがこの屋敷では一番なのです。わたしは旦那様の言葉の仰せの通り従うまでです』


 ーー二人ともうすぐ離れる……

 つい考え込んでいたのがいけなかった。

 庭にある大きな噴水を二人は覗き込んでいた。

「あっ、危ない!」

 わたしの声に驚いてノエル君は体のバランスを崩した。

 噴水に落ちてしまった。

 そんなに深くはないけど、3歳になったばかりのノエル君には深いかもしれない。

「ノエル君!」

 少し離れた場所にいたわたしは慌てて走り出した。



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