【完結】母になります。

たろ

文字の大きさ
22 / 35

まずは少しずつ。

しおりを挟む
 ノエル君の熱は少しずつさがっていった。

「だっこぉ」

 熱が下がってからはかなり甘えん坊になりわたしの姿が見えなくなると不安で泣くことが増えた。

 アリスちゃんが近くにいればグズることはないけど他の人たちには慣れずに泣きじゃくるので困っている。

「はいはい、抱っこしましょうね?絵本を読んであげましょうか?」

「うん」

「アリスちゃんもここに座って」

 ふかふかの絨毯に三人で座ってのんびりと過ごす。アリスちゃんもここの生活に随分慣れてきた。最初は緊張して泣いてばかりの二人だったけど今は笑顔も増え精神的にも安定してきた。

 なのに………

「入ってもいいか?」

 グレイ様が昼間顔を出しに来ると二人はピシッと固まって笑顔すらなくなる。

 絵本を読んでいたのに内容すら頭に入ってこないみたいでわたしの服のどこかをギュッと掴んで離さない。

 二人とも目を合わせないように下を向いてしまう。そんな二人を見てグレイ様は毎回ガクンと落ち込んで「これ」と言ってテーブルに二人の好きなクッキーやチョコレートを置いて出ていく。

 二人になんとか慣れさせようとするのだけど怖がって「や、やだ」と言われてしまう。

「グレイ様がどうして怖いの?」

「おかおがね、ぐわって、しててね、からだがね、ぶわっておおきくて、やっなの」

 ノエル君は涙目になってる。

 アリスちゃんは割と人見知りがないのに
「おかおがね、おこってるの」
 と言って怖がっている。

 なんだかグレイ様が気の毒になってきたけど、強面の顔の人は世の中にたくさんいる。

 それでもみんな父親になっているのだから、やはり今まで逃げてきたのがいけなかったのだと思う。

 貴族の子育てでは乳母や使用人任せで親が全く関わらない家庭もある。

 だけどわたしはお父様とお兄様に大切にされて育った。心が病んだわたしは子供を育てられなかったかもしれないけど今のわたしは心が病んでいない。
 記憶がないおかげで以前のわたしを第三者として見ていられる。

 多分現実の話なのに、自分のことなのに、どこか他人事に感じてしまう。

 だからこそ、以前のわたしについ腹が立ってしまう。この子達に罪はない。ましてやわたしの子供ならあ大切にしなきゃ。アリスちゃんだって無理やりこの屋敷に連れてこられて辛い思いをさせられたのだもの。

 二人まとめて大切にすると決めている。グレイ様が傷つこうが彼には努力をしてもらう。

 どんな怖い顔だって慣れれば怖くなくなる……と思う……多分。



「グレイ様、部屋に入ってくる時は笑顔です!」

 今日は入ってきてすぐにダメ出しをした。

「こ、こうか?」

 普段笑わない人が笑うとこうなるのか………

 無表情なのに口角だけが無理して上がってるのでメチャメチャ怖い………

 ノエル君は慌ててわたしにしがみついてくるし、最近少し怖がらなくなっていたアリスちゃんは一瞬固まって慌てて目を逸らした。

「ハアアー…………」

「おい、お前が笑顔と言うから笑ったのになんだそのため息は?」

「見てください!二人ともいつも以上に怖がってますよ」

「ぐっ……あーー、もう!お前達俺が怖いのか?」

「「……………」」

 二人とも突然話を振られて困惑気味。

「マ、マァ。むこうにいく」

 怖いのか外に行きたがるノエル君。

「だめ、ノエル、あのひとは、ここのいちばんえらいひと、なのよ?いうこときかないと、またばしって、されちゃうわ」

「ばしっ?ノエルいいこにする。ティア、ノエルいいこ?」

 ノエル君はわたしのことを『ママ』と呼んだり『ティア』と呼んだりする。
 アリスちゃんは『ティア様』と呼んでくれる。

「ええ、いい子ですよ。
 それにパパはバシッなんてしないわ、だから怖くないのよ?
 でもいつもパパがお菓子を届けてくださるのだから、そろそろありがとうとお礼を言えるともっといい子になれると思うわ」

「ありがとぉ?」

 ノエル君がキョトンとしてわたしを見た。

 チラチラとグレイ様を見ながら小さな声で「ありがとぉ」と言った。

 アリスちゃんは、タバサに習ったのかスカートをちょこっと摘んで「ありがとぉございます」ときちんとお礼を言えた。

「あ、ああ、俺もそこに座ってもいいか?」

 恐る恐る絨毯のところに来てグレイ様が座った。二人ともわたしのそばにいてチラッと見ると顔を隠す。

「「「……………」」」

 三人とも見事な無言。

 さあどうするのがいいのかしら?

 わたしは何冊か絵本を持ってきていたのでグレイ様に一冊絵本を渡した。

「これを俺が読むのか?」
 グレイ様は絵本を広げ自分が読み始めた。

 その姿が面白くて「ぶっ……あははは」と思わず声を出して笑った。

「ティアが読めと言うから読んでいたんだろう?」

「だって読むのは子供達に読み聞かせするためでしょう?子供にわかるように声を出して読んであげなきゃ。何、無言で一人読んでいるんですか?」

 子供達はそんなグレイ様をじっと見て
「ティア、パパ、おかしいね?」とクスクス笑いながらわたしの耳元でこっそり囁いた。

「ほんと、ねっ?パパはダメダメなんだから?」

「だめだめ?」

「ええ、だからノエル君、絵本を一緒に読んであげて?ダメかな?」

「…………………いいよ」

 ノエル君はわたしの体からそっと離れてグレイ様のところへ行くとあんなに怖がっていたはずなのに、彼の膝の上にちょこんと座った。

 グレイ様は「えっ?」と思わず声が出たが慌てて口を塞いだ。

「パパ、よもう?」

「あ、ああ」

「あのね、このうさぎさんがね、おひめさまに、たすけて、っていうの、そしたら、おひめさまが、うさぎさんをだっこするんだ。あとね、おうじさまも、ほら、ここ、ね?かっこいいの」

 ノエル君は絵本を見ながらグレイ様に説明を始めた。わたしがいつも二人に読み聞かせをしてあげるように、ノエル君がグレイ様に読み聞かせを始めたのだ。

 その姿が可愛くて思わず口を押さえて笑った。アリスちゃんはそんな二人を見て
「ティアさま……アリス、ここにいていい?」と二人の邪魔をしないようにわたしのそばにくっついてきた。

「ええ、アリスちゃんにはわたしが本を読んであげるわね?」


 ノエル君は嬉しそうに説明を続ける。ぎこちない返事をしながらも満更でもないのかグレイ様もノエル君に「これは?」とか「そうか」とか彼なりに怖がらせないように返事をしていた。

 わたしもグレイ様もやっと親として一歩を踏み出したところだ。











しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。 彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。 しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。 一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。 家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。 しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。 偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目の人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。 王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。 貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。 だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……

ヒスババアと呼ばれた私が異世界に行きました

陽花紫
恋愛
夫にヒスババアと呼ばれた瞬間に異世界に召喚されたリカが、乳母のメアリー、従者のウィルとともに幼い王子を立派に育て上げる話。 小説家になろうにも掲載中です。

【完結】この地獄のような楽園に祝福を

おもち。
恋愛
いらないわたしは、決して物語に出てくるようなお姫様にはなれない。 だって知っているから。わたしは生まれるべき存在ではなかったのだと…… 「必ず迎えに来るよ」 そんなわたしに、唯一親切にしてくれた彼が紡いだ……たった一つの幸せな嘘。 でもその幸せな夢さえあれば、どんな辛い事にも耐えられると思ってた。 ねぇ、フィル……わたし貴方に会いたい。 フィル、貴方と共に生きたいの。 ※子どもに手を上げる大人が出てきます。読まれる際はご注意下さい、無理な方はブラウザバックでお願いします。 ※この作品は作者独自の設定が出てきますので何卒ご了承ください。 ※本編+おまけ数話。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...