あなたを守りたい……いまさらそれを言う?

たろ

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「ただいま」

「お帰りなさいませ!」

 屋敷の中に入ると駆けつけてくれるのはいつもロリー。

 ファナのそばにいつもいてくれたお世話係のロリーの母のハンナと、使用人である父のヨゼフは、侯爵家の屋敷での勤務を外された。今は前侯爵夫妻である祖父母の住む領地の屋敷で働いていた。

『お前達はファナを甘やかすからな。あの子はこの侯爵家を継ぐのだから、甘えは必要ない』

 そう言って二人をファナのそばから遠のけた。

 そうなるとファナの世話をしたがる者が居なくなった。

 みんなファナに情を移せば遠くに飛ばされることになると怖がって、ファナ付きのメイドになろうとしない。

 メイド長は仕方なくハンナの娘のロリーをつけることにした。

 もちろんメイド長からすればファナは幼い頃から面倒を見てきたので、可愛い大切なお嬢様だった。
 ただ、侯爵家の厳しい当主教育に意見を言うことはできず、こうして陰でファナのためにロリーをつけてあげることしかできなかった。

 ロリーはもちろんすぐに了承した。

『メイド長、喜んでファナ様に尽くします!』

 古参の使用人たちは皆ファナのことをとても大切に思っていた。
 使用人たちに無理なことを言わないし、怒り散らすこともない。生まれた時からずっと見守ってきた大切なお嬢様だったのだ。

 それでも、侯爵様の顔色を窺うしかない使用人達はどうすることも出来なかった。

 ただ、新しい使用人たちはリリアンのことを敬い大切に扱い、ファナを見下した。

 侯爵がファナに冷たく当たり、リリアンだけを大切にしているのを見て、新しい使用人たちはリリアンだけを大切に扱うことが当たり前だと思ってしまった。

 古参の使用人たちが、その態度を何度となく注意したが、新しい使用人たちは侯爵に叱られたと訴え、古参の使用人は何人もクビになったり飛ばされたりした。

 そして、ファナに申し訳ないと思いつつも、自分たちの生活がかかっているため誰もファナに対して関わろうとしなくなった。

 そんな中でもロリーはファナを大切なご主人様として扱う。おかげでロリーも使用人たちから仲間外れにされてしまったが、本人はケロリとしていた。

 元々一人行動が平気な彼女は、全く意に介さなかった。

「ロリー、あんた生意気なのよ!」
「わたし達に関わらないでちょうだい」
「そうだ!迷惑なんだ!」

「………こっちこそ、いずれ侯爵家の当主になるご主人様にそんな態度を取っているあんた達なんかと関わりたくないわ!ふんっ!」

 ロリーは腹が立って仕方がなかった。

 厳しい躾や勉強は侯爵家を継ぐためのはず。どんなに辛くても頑張っている姿をみんな見ているのに。
 ファナ様は冷遇されていいはずがない。そう思うと悔しくて仕方がない。
 わがままばかり言って使用人達を困らせるリリアン様より、どんな態度を取られても腹を立てずに我慢しているファナ様の方がよっぽど人として素晴らしい。

 ロリーは帰ってきたファナを温かく迎えてすぐに荷物を受け取り部屋へと向かう。

「お疲れ様でした。すぐにお食事の準備をしますね」

「ありがとう、ロリー」

 部屋に入ろうとした時。

「お姉様!お帰りなさい!」

 可愛らしい甘えた声でリリアンがファナに近寄ると彼女の手をギュッと握った。

「遅かったですね?待っていたんですよ?」

「………どうしたの?何か用事かしら?」

 ファナはいつものことだろうと内心わかってはいたが、気づかないふりをして訊いた。

「明日提出しないといけないレポートがあって……頑張ったんだけどリリアン、体調がずっと悪くて最後まで書けなかったの。お姉様、助けてくださらない?」

「明日……内容は?」

「え?内容?うーん、確かぁ、この国の歴史をまとめて……ここ50年くらい?だったかしら……どこでどんな災害が起きたか調べなさいって…あ!プリントがあるから!」

 後ろに控えていたメイドがリリアンにプリントを渡した。
 リリアンは、ファナがするのが当たり前のようにファナに手渡した。断られることなど絶対にないと決めつけて。

「はい、これ!明日までにお願い!」

 そう言うと、さっさと「エステの時間だからお部屋に戻ろう」と立ち去ってしまった。

「ファナ様……」

 怒りをグッと堪えながらリリアンの後ろ姿を睨むロリー。

「どうしてファナ様がリリアン様の宿題をしなければならないんですか?そんなの捨ててしまえばいいんですよ!」

 ファナはプリントを黙って読んだ後、真っ白のレポート用紙を見て苦笑した。

「この宿題、2週間前に出されたものみたい。全く手をつけていないわ。あの子、ずっと毎日学校で楽しそうに過ごしていたわ。屋敷でもお友達を呼んでお茶会を開いたり、買い物に出かけたりと毎日楽しそうだったわよね?いつ体調が悪かったのかしら?」

「本当にリリアン様は性格が歪んでますよね!ギリギリでわざと宿題を押し付けるなんて!」

「………簡単に食べられる食事を用意してくれるかしら?まだお父様から頼まれている仕事もあるからそちらを先に済ませなければいけないの。その後リリアンの宿題をするわ」

「そんな……睡眠の時間がなくなってしまいます」

「仕方がないわ。学校で勉強をして帰ってきたんだもの。遅くなったのはわたしのせいだもの。大丈夫よ、朝までには全て終わらせておくから」

「ファナ様がここに帰ってきたくない気持ちにさせているのは侯爵様とリリアン様のせいではありませんか!なのに、いつもいつも無理やりファナ様に仕事を押し付けて……悔しいです」

「この屋敷に帰ってきたいと思えるのはロリーがいてくれるからよ?わたしの代わりに怒ってくれてありがとう」

 ファナは部屋に入ると「さっさと終わらせよう」と言って、制服も脱がずに椅子に座ると父に頼まれた仕事に取り掛かった。

 全てが終わったのは夜明け。

「ふぁぁぁ……眠たい……」

 宿題をリリアンの部屋の前に置くと2時間だけ……と机に顔を伏せて眠り込んだ。

「ファナ!お前は一体いつまで寝ているんだ!」

 父のヴィクターの怒鳴り声で目が覚めた。

「は…い?」

 寝ぼけたままで父の声の方へなんとか顔を向けた。

「昨日までにしておけと言っておいた報告書がまだわたしのところに届いていないぞ!!」

「……あ、申し訳ございません。ここに……」

 父に頼まれた仕事を終わらせてすぐにリリアンの宿題に取り掛かった。今朝渡せばいいだろうと思っていた。

 時計を見るとまだ7時。

 報告書を渡そうと書類を机から取ろうとしたら「このグズ!遅い!」と奪うように取って部屋を出て行ってしまった。

 ーーあまり叱られなかったからよかった。

 ファナはおかげで目が覚めた。

「さっ、用意して学校へ行こう」

 この屋敷で過ごすより学校に行った方がまだリラックスできる。

 仕度が終わった頃に眠たそうに起きてきたリリアンはファナを見てにこりと微笑んだ。

「お姉様、おはようございます。今日は安心して学校へ行けるわ。ふふっ、わたしのレポートに先生も褒めてくださると思うわ」

 ゆっくりと食事をしながら「お姉様、今日は寝坊しなかったからご一緒に馬車に乗りましょう」と優しく声をかけるリリアン。

 ロリーは「リリアン様が寝坊ばかりするからファナ様はいつも先に歩いて学校へ行かれているのに!」と小さな声で呟いた。

「ロリー、何か言ったかしら?」

「いえ、姉思いのお優しいリリアン様に感動しておりました」

「ふふふふっ。だって、お姉様はわたしにとってとても大切な人だもの、ね?お姉様?」



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