あなたを守りたい……いまさらそれを言う?

たろ

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「あ………雨……」

 放課後、ファナは少し勉強をするために寄った図書室からの帰り、いつものように歩いて帰る。



 リリアンは自分が帰ればその後ファナが歩いて帰ることなど気にも留めない。

 リリアンだったら誰かに声をかけて送ってもらう。だからファナもそうしているのだと思っていた。いや……もしそう聞かれればそう答えるだろうけど、リリアンは姉が困っているとかそんなこと考えたこともない。

 自分が幸せならそれでいい。困ったことがあれば誰かに頼ればいい。

 リリアンにとってそれが当たり前のこと。

 みんなが注目してくれるなら、少しだけ話す時に嘘が混ざっていても気にしない。だって、ファナは自分が目が覚めた時には、食事は済ませているから一緒に食べてくれないし、馬車にも乗って登校してくれない。
 どちらもリリアンが寝坊するからだけど、本人は至って悪いとは思っていない。

 ファナはファナでリリアンの性格に慣れてしまい、腹を立てることもない。

 幼い頃はリリアンがわがままを言うたびに、我慢することもあれば嫌だと言うこともあった。

 でも嫌だと言えば大泣きして、相手が折れるまで泣き続ける。
『ファナ……悪いけどあなたはお姉さんなのだから我慢して譲ってあげて』

 母はファナに申し訳なさそうにそう言った。

『お前は姉のくせに、なぜすぐに譲ってあげないんだ!』

 父は理由も聞かずに頭ごなしに怒る。

 使用人達はリリアンの泣く姿に同情とうるささから、我慢してリリアン様の言うことを聞いてくださればいいのにという空気が流れる。

 長女で我慢するのが当たり前だと言われ続け、ファナはもう諦めてしまった。

 今日は傘も持たずに学校へ来てしまったので慌てて走って帰ることにした。

 夕方のはずなのに雨のせいで薄暗い。

「あと少し……」

 制服も髪も濡れながらもなんとか走っていたけど、雨足はさらに強くなってきた。

「ファナ!」

 ファナの横に馬車が止まる。 

「乗って!」

「結構です」

 雨に打たれながらもファナは顔色を変えることなく拒否した。

「いいから!早く!」

 馬車の扉を従者が開けた。もう一人の従者が傘をファナに差し出してタオルを渡そうとする。

「ありがとうございます。でもこれだけ濡れてしまっていては馬車の中が濡れてしまいます。もうここまで濡れてしまっていては歩いても馬車に乗っても同じです。だから歩いて帰ります」

「風邪をひくから、頼むから乗ってくれないか?」
 ジェームズは馬車の扉のところに立ち手を差し出した。

「ジェームズ、お気持ちだけ受け取るわ」

 頑なにジェームズの好意を受け取ろうとしないファナに使用人は困り果てていた。使用人達もこのままではずぶ濡れになってしまいそうだった。

 ジェームズはみずから馬車から降りようとしたが使用人達がそれを止めた。

「ジェームズ様、濡れてしまいます。お願いですからおやめください」

「ジェームズ、じゃあまたね」

 ファナはそのまま雨の中を走って去って行く。

「待って!」

 ジェームズが降りようとするのを使用人二人が止めた。

「お風邪を引かれれば我々が叱られます。どうか馬車の中にお入りください。お願いいたします」

「………わかったよ」

 仕方なくジェームズは馬車の中に戻り、窓へ視線を向けた。

 この大雨では屋敷にたどり着いた頃にはファナはずぶ濡れで、風邪を引いてしまっているかもしれない。

「パインズ侯爵家へ向かって」

「畏まりました」

 御者は大雨の中ゆっくりとファナの住む屋敷へ向かった。

 途中、馬車はファナを追い越した。

「そのまま屋敷へ向かってくれ」
 ジェームズはもうファナに声をかけるのはやめた。

 屋敷に着くと玄関でリリアンが迎え入れてくれた。

「まあ!ジェームズ様!こんな大雨の中どうしていらっしゃったんですかぁ?」

 メイドにジェームズが来たと聞いて慌てて玄関に迎えに行ったリリアンは「はい、タオルをどうぞ」と渡した。

「ありがとう」

 優しくリリアンに微笑んでタオルを受け取った。

「温かいお茶を淹れるように頼んでるから、早くこちらへどうぞ」

 ジェームズの手を握って客室へと促した。

「もう!先触れもなく来られるから驚いちゃいました!ふふふ……でも嬉しい!」

 ジェームズはリリアンが一人で話すのをただ黙って聞いていた。

 リリアンに気づかれないように後ろを振り返ると先ほど雨に濡れた使用人二人が、侯爵家の使用人にタオルを借りて頭を拭いていた。

 二人の使用人はタオルで拭きながら、屋敷の使用人たちと話をしているのをジェームズが確かめると、二人は彼に頭を下げる。

 ジェームズはそのまま客室のソファに座るとリリアンと楽しそうに話し始めた。

「今日はご一緒にお夕食はいかがかしら?いつも一人で寂しいの。お姉様はどこで何をしているのか……いつも帰りが遅いし、お父様もお忙しくてわたしは独りぼっちなんです……」

 何も知らない人がリリアンの話を聞けば同情してしまうかもしれないくらい儚げに肩を落として話すリリアン。
 同級生たちならこのリリアンの姿にコロッと気持ちを持っていかれてしまうだろう。

 そしてジェームズも……

「リリアン、君が寂しく過ごしているのは知ってるよ」

 そう言ってリリアンの頭に優しく触れる。
 リリアンは嬉しくて、さらにどれだけファナのせいで辛い日々を送っているかいつものように話し始めた。 




 ✴︎ ✴︎ ✴︎

「ただいま」

 屋敷に着くとファナの声を聞いたロリーが急いで玄関へやってきた。

「ファナ様、お風呂の用意が出来ております。すぐにお入りください」

 差し出されたタオルで顔を拭きながら「あら?準備がいいわね?」と嬉しそうな顔をしたファナ。

 ファナが部屋の中以外で微笑む顔を久しぶりに見たロリーは涙が出そうになった。

 いつもならファナが帰ってくると、うるさいくらいリリアンが付き纏い、何かしら宿題をしてくれだの、何をしてこんなに遅くなったのかと、ファナはゆっくりとさせてもらえない。

「さすがに体が冷えてしまったからお風呂に入らせてもらうわね?食事は……あまり食欲がないからフルーツジュースだけ用意してもらってもいいかしら?」

「わかりました。温かいスープを用意しておきます」

 ロリーはファナの言葉を無視してそう言った。

「…………それでお願い」

 苦笑しながらもロリーがこの大雨の中、自分を迎えに来なかっただけでも良しとして何も言わなかった。

 以前ロリーが馬車を勝手に出してファナを雨の中迎えに行き、ヴィクターにそのことを知られロリーまで仕事場を別の場所に飛ばされそうになった。

『勝手なことをするな。ファナが傘を持たないのがいけないのだ、いちいち迎えに行くなど甘やかしてどうする?だからこの子は我儘で親の言うことを聞かない娘に育つんだ』

 この時もリリアンに無理やり買い物に付き合わされ、リリアンが気にいる服がないと不機嫌になって他の店へ行くと言って、ファナを店に置き去りにしたのだった。

 ファナはリリアンに『お姉様はこれがお似合いだと思うわ』と無理やり試着させられている時だった。

 試着が終わると店には誰もいなくなっていた。お店の人が申し訳なさそうに、教えてくれて、仕方なく歩いて帰った。

 そして、リリアンはさっさと屋敷に帰っていた。心配したロリーが御者に頼んで雨の中迎えに行ったのだ。

 なのに、リリアンは帰ってこないファナのことを父のヴィクターに『お姉様は気に入ったとお洋服を何着も試着して、わたしに邪魔だから先に帰れと言ったの』とうるうると涙いっぱいに話した。

『多分明日にはたくさんのドレスが届くと思うわ』

『何を勝手なことを!』

『だから帰るのが遅くなってるんだと思うの』

『好き勝手ばかりしおって!』

『ロリーが他の仕事があるのにお姉様のためにわざわざ仕事をサボって迎えに行ってしまったの……でもお姉様を怒らないであげてください』

『お前は優しすぎる……ファナは後でしっかり叱っておくから。リリアンは好きなだけドレスを買うといい』

『お父様!大好きっ!』

 なぜかいつもファナだけが悪い子になってしまう。

 もうファナは諦めてしまっていた。

 そして、婚約者であるジェームズに対しても同じだった。




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