お兄様、闇堕ちしないって本当ですか!?

由原靜

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第一章 ロードライトの令嬢

34 尋ね人の名は

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「……っ、ぁ」

 気付けばわたしは、元の部屋へと『戻って』きていたようだ。
 水晶はもう光を放っていない。わたしの手に触れたナナリーは、そっと水晶から手を外した。

「……お疲れ様です、リッカ様」

「うん……」

 ――頭が重い。
 一度にいろんな情報が流し込まれたからか、目の前がクラクラする。

 あぁ、水が飲みたいな。そう思った瞬間、わたしの心を見越したように、ナナリーが水の入ったグラスを置いてくれた。

「ありがと……」

 冷たい水が喉を流れる。ふぅ、と小さく息を吐いた。

 ナナリーもわたしと同じように、しかめっ面で水の入ったグラスを持っている。

「……過去視こんなものなんて持って生まれてきてしまったので、これまでいろんな人の秘密を知ってしまうことも多かったんですが……さすがに、先代のこれは……ロードライトの中核じゃないですかぁ……」

「だよねぇ……」

 そんな責任負いたくないんですようと、ナナリーは両耳を押さえて呻いていた。気持ちは、非常に、よく分かる。

「とにかく……リッカ様とお約束した通り、今日見聞きしたことは、私からは誰にも口にしないので……」

「うん、それで十分だよ……」

 心遣いが染み渡る。

「知りたいことは、知れましたか?」

「……うん」

 わたしに呪いをかけた男については、しっかりその顔を脳みそに刻み込んだ。
 確か、シギルが以前見せてくれた写真の中にも、あの男はいたはずだ。名前は見比べれば分かるだろう。

「でも、変ですよねぇ……」

 そう言って、ナナリーは首を傾げる。

「変?」

「襲撃してきたあの男ですよ。どうして、ナイフなんて持ってきたんでしょう?」

「まぁ、通り魔と言ったらナイフだもんなぁ」

 定番というか。携帯しやすい凶器だものね。

「はぁ……」

 ナナリーは不思議そうな顔で首を傾げていたが、気を取り直すように「オブシディアン様や、セラ様もお待ちでしょう。行きますか」とわたしを促す。
 うん、と素直に頷いて、わたしは立ち上がった。

 部屋の外に出ると、新鮮な空気に思わずくらくらとした。
 わたしとナナリーが出てきたことに気が付いた兄とセラは、慌てた面持ちでこちらに駆け寄ってくる。

「リッカ! 大丈夫か? 顔色が良くないようだが」

 わたしの前で身を屈めた兄は、そのままわたしの頬を両手で包み込んだ。わたしは笑みを作ってみせる。

「大丈夫ですよ、お兄様。……もう、用事は済みました。お父様たちの元へ行きましょう」

 兄は眉を下げてわたしを見つめていたが、わたしが「帰りは、お兄様におぶってほしいです」との言葉に、嬉しそうに頬を緩めた。身を屈めた兄の背中に、倒れるようにしがみつく。

『記憶』を視たせいだろうか、なんだか胃のあたりがふわふわしていて、ちょっと気分が悪い。

 兄の背中に頭を押し付け、わたしは静かに目を閉じた。

 
 ◇ ◆ ◇

 
 父とシギル、そして第五分家パーピュア当主のモーリスさんは、貴賓室でわたしたちの帰りを待っていた。
 わたしたちが入ってきたのを見て、モーリスさんは立ち上がる。

 兄の背から下ろしてもらったわたしは、モーリスさんの前に歩み寄ると、深々と頭を下げた。

「とても助かりました。えっと……モーリス、わたしに手を貸してくれて、本当にありがとう」

 うぅ、父親よりも歳上の男性を呼び捨てにするのは、やっぱりどうしても気が引けるな……。

「いえいえ、リッカ様のお役に立てたのであれば何よりです」

 紫色のピアスが嵌った右耳に手を添えたモーリスさんは、左手を胸元に当てると礼を返してきた。

「ということは……リッカ、お前を呪った男が判明したのか?」

 勢い込んで父が尋ねる。
 わたしは父を振り向くと「はい」と頷いてみせた。

「お顔は記憶しました。シギルが以前見せてくれた写真の中に、同じ人物がいたかと」

 わたしの言葉に、シギルは素早く上着のポケットから写真を取り出すと、そのままテーブルに並べてみせる。
 そのうちの一枚――鳶色の髪をした若い男性を、わたしは指さした。

「この人が、『お披露目の儀』でわたしを呪った相手です」
 
 兄と父、それにセラが、その写真の男について、まるで親の仇を見るような目で見据えている。
 軽く目を細め、シギルはそらんじた。

「ヨハン・ワイルダー、建国歴四八八年当時において、二十歳の青年ですね。卒業後は家業の農家を継いだそうです。現在は行方不明として届けが出されています。
 家族構成は父、母、そして兄が一人。配偶者や子はいないようです。父親と母親は、事件後まもなく亡くなっているようですが、兄のアシュレイ・ワイルダーは存命で、現在……」

「アシュレイ・ワイルダー!?」

 素っ頓狂な声を上げたのは、兄だった。
 その場にいた全員が驚いたように兄を見る。

 父が、兄に問いかけた。

「オブシディアン、知っている相手なのか?」

「……知っているも、何も……」

 兄は震える声で、言葉を紡ぐ。

「先生……その人は、アシュレイ・ワイルダーは……僕の通っているトリテミウス魔法学院で『魔法理論』を教えてくださっている、ワイルダー先生のことだと思います」
 
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