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第一章 ロードライトの令嬢
35 トリテミウス魔法学院
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この«魔法使いだけの国»ラグナルに、たった一人の身ひとつで放り込まれたシリウス・ローウェルにとって、国外から来た子供たちを対象にしている補助金制度は、心の底からありがたいものであった。
そもそもが、まだ十歳の少年だ。
親類縁者も誰一人としていない見知らぬ土地へ、ただ『魔法を使える』というたった一つの、しかし逃れられない理由によって、家族と離れてたった一人で暮らさねばならなくなる。
――もっともシリウスに限って言えば、家族と離れたことについては、それほど大きな郷愁などは抱いていなかったのだが。
もちろん、人並みに寂しさは感じている。
しかしそれ以上に『これまでファンタジーの中にしかないと思っていた魔法が自分も使える』のだと、そんなことがシリウスのテンションを思いっきり引き上げていた。
新たな世界へと旅立つワクワク感、というか。
家族や友人の誰も持っていない力を、自分だけが持っている。
そんな優越感は、多少の苦労もかき消すほどの力がある。
……それでも、先立つものは必要だ。
学内にある『依頼掲示板』でお小遣いは稼いでいるものの、生活の大半としては、やはり補助金に頼っている。
制服は支給、寄宿舎で眠り、食堂で毎食の食事は用意され、授業も無料。
とは言え、それだけでは足りない部分も出てきてしまう。
今回集められたのは、シリウスと同じように『国外』から来た子供たちに、補助金制度について説明するためのものだった。
もらった大量の資料で両腕は重い。それでも、説明を聞く『国外』の者たちの目は真剣だった。それは、シリウスだって同じだ。
生きるために、生きていくためには何が必要なのかを、保護者のいない『国外者』たちだけは、嫌になるほど理解していた。
(この国の社会福祉が、想像よりしっかりしてて良かったよ)
何も持っていない子供でも、最低限生きていくことはできる。
差し伸べる手は、必ずある。
(……でも、何かが引っかかる)
満ち足りているはずのこの国は、それでも何かが足りないような――何か、忘れてしまっているような――。
(いやいや、前提条件が全然違うんだから、前住んでたトコと安直に比較すんのは良くないよな)
ぶんぶんとシリウスは頭を振る。
前に住んでいたところでは、魔法なんてものは空想の産物だった。小説家が書き記す、子供向けの御伽噺。
『魔法があって当然』なこの国とは、社会の構造や規模もまるで違う。
(リッカ、元気にしてっかなぁ……)
友人の妹のことをふと思う。
『呪い』に蝕まれているリッカは、たびたび体調を崩しては寝込んでしまう。
リッカがふらりと倒れた場面も、シリウスは二度ほど目にしたことがある。普段は明るく振る舞っている分、ぐったりとした様子は胸に迫った。
(早いとこリッカの呪いを解いて、苦しまなくて良いようにしてやりたいな)
来週こそは絶対に、リッカに会いに行こう。
そう心に決めたシリウスの前を、誰かが立ち塞がった。
「国から金をもらうだなんて、さすが国外者というのは下賤な奴等の集まりなんだな」
シリウスの前に立ち塞がったのは、少年が三人。
はて、とシリウスは首を傾げた。どこかで見たことがあるような気もするが、正直なところ記憶はない。しかし、向こうは自分が国外者だと知って絡んできているようだ。
「そう思いたいのなら、そう思ってれば? んじゃ、俺忙しいからさ」
週末の間に、書類を片付けておかなくてはならない。来週ロードライトの家にお邪魔するのならば、書類仕事に掛かっていられる時間はそう多くないのだ。ましてや、名前も知らない奴らに構っている暇なんてない。
それだけ言って彼らの横を通り抜けようとしたのだが、彼らがシリウスの腕を掴む方が早かった。
あーあ、とシリウスはため息をつく。余計な諍いは避けたかったのに。
「国外者が調子乗ってんじゃねぇぞ」
シリウスに顔を近づけ、彼らは凄む。しかしそうやって絡まれることも、シリウスには慣れっこになってしまった。
ぐだぐだと投げかけられる罵詈雑言を聞き流す。それでも、オブシディアンについて触れられることは、我慢ならなかった。
「国の利益を貪る寄生虫め。そうして同情を惹くことで、ロードライトにも取り入ったんだろう」
ぴくりとシリウスの肩が揺れる。
「プライドがない奴は何でもやる……全く、汚らわしい野良犬だな。そんな臭い犬を飼うなんて、ロードライトも曇ったものだ」
そのまま、彼らはシリウスの腕を離した。その腕を、シリウスは逆に掴む。
「おい、今、なんつった」
――自分が馬鹿にされるのは、どうでもいい。
だが、友のことを貶められるのは、どうしようもなく腹が立つ。
「国外者の俺を可哀想に思ったから、オブシディアンが俺を側においてやってるんだって? 本気でそう見えんなら、眼科に行った方がいいぜ」
低い声でそう凄んだ。
「アイツは国外者だとか何だとか、そんなちゃちなこと気にしちゃいねぇよ。そんなどうでもいいことに興味はない」
何故なら、オブシディアンは妹のリッカのこと以外、基本興味がないからな――なんて、そんなことは口に出さず、考えるだけに留めた。
逆にディスってるような気もするし。
事実だけど。
「そんなにオブシディアンに気に入られたいんなら、まずはロードライトへの特別視を止めるとこから始めたらどうだ? こんなとこで俺に絡んだところで、お前らに対するオブシディアンからの評価はミリも上がんないんだけど」
あと、と、シリウスは薄く笑った。
「お前らがオブシディアンに気に入られない理由を教えてやるよ。アイツは、何でも言うこと聞くような舎弟なんて欲しちゃいない。
アイツが欲しいのは、ロードライトって家名に目が曇ってない、ごくごく普通の友人なのさ。家名に態度を変えないで、当たり前のように一緒にいてくれる、そんな相手が欲しいんだ。だからお前も、俺のアドバイス聞いて態度を改めてみたらどうだ? まっ、あからさまに態度を変えるような奴なんて、オブシディアンは信用しねぇだろうけどな。可哀想に」
「ッ、テメェ!」
彼らはシリウスに手を伸ばす。
瞬間、誰かが来る足音が聞こえた。シリウスはそちらに目を向ける。
「……何の騒ぎだ?」
廊下の角を曲がって姿を現したのは、トリテミウス魔法学院で魔法理論を教えているアシュレイ・ワイルダーだった。
鳶色の髪に、厳しい眼差し。服装だって折目正しく、きっちり首元までボタンを留めている。ワイルダーが口元に微笑みを浮かべる様を、シリウスは一度も見たことがない。
一分たりとも遅刻を許さない厳しさ、また理路整然とした口調から、どうも生徒からは苦手に思われがちな人ではあるものの、何故かオブシディアンは割と好ましく思っている節があった。真面目同士、何だか感じるものでもあるのかもしれない。
「チッ……覚えてろよ」
典型的な捨て台詞を残し、彼らはシリウスたちの前から逃げるように立ち去って行った。そのついでに、シリウスの手から書類をはたき落とすのも忘れない。
おいおいあのやろ、と、シリウスは慌てて身を屈めた。
「何の騒ぎだ?」
ワイルダーは、今度はシリウスを見ては顔を顰めた。床に膝をついて書類をかき集めながら、シリウスはへらっと笑みを返す。
「すみません、先生。大したことじゃありませんので」
「『大したことじゃない』……か」
ワイルダーは小さく嘆息すると「こういうことは、よくあるのか」と尋ねてきた。
おっ、と思わずシリウスは目を瞠る。教師というものは大概、こういうものは見て見ぬふりをするものだと思っていたのだが。
「よく、はないですよ。たまに。俺、国外の者なので」
国外者は立場が弱い。それでも殆どの者は礼儀がなっているから、シリウスが国外者だと貶めることもなく接してくれるものだ。こうして絡んでくるのはごく少数と相場が決まっている。
ワイルダーはふんと鼻を鳴らした。
「先程の輩は、お前が国外者だからというより『オブシディアン・ロードライトの友人だから』という点で絡んできていたようにも見えたが?」
「……はは……」
まぁそれは事実なので、笑って誤魔化す。
そんなシリウスに、ワイルダーは眉を顰めてみせた。
「ロードライトか……」
「まぁ、あそこも大きな家ですからね。媚びる奴らの気持ちも分かりますよ。そんなとこの次期当主の近くをうろちょろしてる俺のことを、気に食わない奴らだっているんでしょう」
知った顔で頷いてみる。
この国にいる期間は短いものの、なんだかんだで毎週のように家に行き、ロードライト現当主とも顔を合わせているのだ。ちょっとは知ったような気になってもいいだろう。
「それもそうだな」とワイルダーも首肯した。
「私はロードライトのことは嫌いだが、ロードライトを重んじるあまりの狼藉を働く者らのことも、同様に好きにはなれない」
「……お、おう……そうっすか……」
結構なぶっちゃけを暴露されたような気がして、思わずたじろぐ。
一拍遅れて、ワイルダーも失言に気がついたようだ。「違う、オブシディアン・ロードライト個人に向けた話ではなくてだな」と、普段より焦った口調で呟き首を振る。
「家の話だ。絳雪戦争の頃から、私はテレジア派だったからな」
「こうせつ、戦争?」
耳慣れない言葉に首を傾げた。
目を瞠ったワイルダーは「そうか、まだその辺りの歴史は習っていない範囲だったか」と一人で納得し頷いている。
「いずれ習うだろう。とは言え……私の思想がどうであれ、教え子に区別は付けない。ロードライトの次期当主であろうが、成績が悪けりゃ当然落とす」
「まーオブシディアンは、先生のそういう厳密に平等なとこを好いてますけどね……」
媚びないことが結果的にオブシディアンからの好感に繋がっているのだから、なんとまぁ難儀というか、皮肉な話だ。
「ともあれ、助かりました。助けてくださってありがとうございます」
書類を集め終わり、シリウスは立ち上がる。
「……助けたつもりはないがな」
「はは……、ま、でも、先生のおかげですんで」
頭を下げ、シリウスはその場から立ち去ろうとする。しかしワイルダーに呼び止められ、シリウスは目を瞬かせて振り返った。
「何か?」
「……オブシディアン・ロードライトから距離を置けば、絡まれる率も下がるだろう? 君は他に友人も多い。何も、より絡まれる方に身を置かずとも良いのでは?」
そんなワイルダーの言葉に、思わずシリウスは苦笑した。
「先生も、何か勘違いしてません?」
「俺は本当に、アイツがロードライトだからとか、心底どうだっていいんですよ」
家名など、国外者である自分には特に価値も感じない。
ただ、居心地がいいから傍にいる。
気が合うから、友達でいるだけなのだと。
「本当に、そんだけなんです」
そもそもが、まだ十歳の少年だ。
親類縁者も誰一人としていない見知らぬ土地へ、ただ『魔法を使える』というたった一つの、しかし逃れられない理由によって、家族と離れてたった一人で暮らさねばならなくなる。
――もっともシリウスに限って言えば、家族と離れたことについては、それほど大きな郷愁などは抱いていなかったのだが。
もちろん、人並みに寂しさは感じている。
しかしそれ以上に『これまでファンタジーの中にしかないと思っていた魔法が自分も使える』のだと、そんなことがシリウスのテンションを思いっきり引き上げていた。
新たな世界へと旅立つワクワク感、というか。
家族や友人の誰も持っていない力を、自分だけが持っている。
そんな優越感は、多少の苦労もかき消すほどの力がある。
……それでも、先立つものは必要だ。
学内にある『依頼掲示板』でお小遣いは稼いでいるものの、生活の大半としては、やはり補助金に頼っている。
制服は支給、寄宿舎で眠り、食堂で毎食の食事は用意され、授業も無料。
とは言え、それだけでは足りない部分も出てきてしまう。
今回集められたのは、シリウスと同じように『国外』から来た子供たちに、補助金制度について説明するためのものだった。
もらった大量の資料で両腕は重い。それでも、説明を聞く『国外』の者たちの目は真剣だった。それは、シリウスだって同じだ。
生きるために、生きていくためには何が必要なのかを、保護者のいない『国外者』たちだけは、嫌になるほど理解していた。
(この国の社会福祉が、想像よりしっかりしてて良かったよ)
何も持っていない子供でも、最低限生きていくことはできる。
差し伸べる手は、必ずある。
(……でも、何かが引っかかる)
満ち足りているはずのこの国は、それでも何かが足りないような――何か、忘れてしまっているような――。
(いやいや、前提条件が全然違うんだから、前住んでたトコと安直に比較すんのは良くないよな)
ぶんぶんとシリウスは頭を振る。
前に住んでいたところでは、魔法なんてものは空想の産物だった。小説家が書き記す、子供向けの御伽噺。
『魔法があって当然』なこの国とは、社会の構造や規模もまるで違う。
(リッカ、元気にしてっかなぁ……)
友人の妹のことをふと思う。
『呪い』に蝕まれているリッカは、たびたび体調を崩しては寝込んでしまう。
リッカがふらりと倒れた場面も、シリウスは二度ほど目にしたことがある。普段は明るく振る舞っている分、ぐったりとした様子は胸に迫った。
(早いとこリッカの呪いを解いて、苦しまなくて良いようにしてやりたいな)
来週こそは絶対に、リッカに会いに行こう。
そう心に決めたシリウスの前を、誰かが立ち塞がった。
「国から金をもらうだなんて、さすが国外者というのは下賤な奴等の集まりなんだな」
シリウスの前に立ち塞がったのは、少年が三人。
はて、とシリウスは首を傾げた。どこかで見たことがあるような気もするが、正直なところ記憶はない。しかし、向こうは自分が国外者だと知って絡んできているようだ。
「そう思いたいのなら、そう思ってれば? んじゃ、俺忙しいからさ」
週末の間に、書類を片付けておかなくてはならない。来週ロードライトの家にお邪魔するのならば、書類仕事に掛かっていられる時間はそう多くないのだ。ましてや、名前も知らない奴らに構っている暇なんてない。
それだけ言って彼らの横を通り抜けようとしたのだが、彼らがシリウスの腕を掴む方が早かった。
あーあ、とシリウスはため息をつく。余計な諍いは避けたかったのに。
「国外者が調子乗ってんじゃねぇぞ」
シリウスに顔を近づけ、彼らは凄む。しかしそうやって絡まれることも、シリウスには慣れっこになってしまった。
ぐだぐだと投げかけられる罵詈雑言を聞き流す。それでも、オブシディアンについて触れられることは、我慢ならなかった。
「国の利益を貪る寄生虫め。そうして同情を惹くことで、ロードライトにも取り入ったんだろう」
ぴくりとシリウスの肩が揺れる。
「プライドがない奴は何でもやる……全く、汚らわしい野良犬だな。そんな臭い犬を飼うなんて、ロードライトも曇ったものだ」
そのまま、彼らはシリウスの腕を離した。その腕を、シリウスは逆に掴む。
「おい、今、なんつった」
――自分が馬鹿にされるのは、どうでもいい。
だが、友のことを貶められるのは、どうしようもなく腹が立つ。
「国外者の俺を可哀想に思ったから、オブシディアンが俺を側においてやってるんだって? 本気でそう見えんなら、眼科に行った方がいいぜ」
低い声でそう凄んだ。
「アイツは国外者だとか何だとか、そんなちゃちなこと気にしちゃいねぇよ。そんなどうでもいいことに興味はない」
何故なら、オブシディアンは妹のリッカのこと以外、基本興味がないからな――なんて、そんなことは口に出さず、考えるだけに留めた。
逆にディスってるような気もするし。
事実だけど。
「そんなにオブシディアンに気に入られたいんなら、まずはロードライトへの特別視を止めるとこから始めたらどうだ? こんなとこで俺に絡んだところで、お前らに対するオブシディアンからの評価はミリも上がんないんだけど」
あと、と、シリウスは薄く笑った。
「お前らがオブシディアンに気に入られない理由を教えてやるよ。アイツは、何でも言うこと聞くような舎弟なんて欲しちゃいない。
アイツが欲しいのは、ロードライトって家名に目が曇ってない、ごくごく普通の友人なのさ。家名に態度を変えないで、当たり前のように一緒にいてくれる、そんな相手が欲しいんだ。だからお前も、俺のアドバイス聞いて態度を改めてみたらどうだ? まっ、あからさまに態度を変えるような奴なんて、オブシディアンは信用しねぇだろうけどな。可哀想に」
「ッ、テメェ!」
彼らはシリウスに手を伸ばす。
瞬間、誰かが来る足音が聞こえた。シリウスはそちらに目を向ける。
「……何の騒ぎだ?」
廊下の角を曲がって姿を現したのは、トリテミウス魔法学院で魔法理論を教えているアシュレイ・ワイルダーだった。
鳶色の髪に、厳しい眼差し。服装だって折目正しく、きっちり首元までボタンを留めている。ワイルダーが口元に微笑みを浮かべる様を、シリウスは一度も見たことがない。
一分たりとも遅刻を許さない厳しさ、また理路整然とした口調から、どうも生徒からは苦手に思われがちな人ではあるものの、何故かオブシディアンは割と好ましく思っている節があった。真面目同士、何だか感じるものでもあるのかもしれない。
「チッ……覚えてろよ」
典型的な捨て台詞を残し、彼らはシリウスたちの前から逃げるように立ち去って行った。そのついでに、シリウスの手から書類をはたき落とすのも忘れない。
おいおいあのやろ、と、シリウスは慌てて身を屈めた。
「何の騒ぎだ?」
ワイルダーは、今度はシリウスを見ては顔を顰めた。床に膝をついて書類をかき集めながら、シリウスはへらっと笑みを返す。
「すみません、先生。大したことじゃありませんので」
「『大したことじゃない』……か」
ワイルダーは小さく嘆息すると「こういうことは、よくあるのか」と尋ねてきた。
おっ、と思わずシリウスは目を瞠る。教師というものは大概、こういうものは見て見ぬふりをするものだと思っていたのだが。
「よく、はないですよ。たまに。俺、国外の者なので」
国外者は立場が弱い。それでも殆どの者は礼儀がなっているから、シリウスが国外者だと貶めることもなく接してくれるものだ。こうして絡んでくるのはごく少数と相場が決まっている。
ワイルダーはふんと鼻を鳴らした。
「先程の輩は、お前が国外者だからというより『オブシディアン・ロードライトの友人だから』という点で絡んできていたようにも見えたが?」
「……はは……」
まぁそれは事実なので、笑って誤魔化す。
そんなシリウスに、ワイルダーは眉を顰めてみせた。
「ロードライトか……」
「まぁ、あそこも大きな家ですからね。媚びる奴らの気持ちも分かりますよ。そんなとこの次期当主の近くをうろちょろしてる俺のことを、気に食わない奴らだっているんでしょう」
知った顔で頷いてみる。
この国にいる期間は短いものの、なんだかんだで毎週のように家に行き、ロードライト現当主とも顔を合わせているのだ。ちょっとは知ったような気になってもいいだろう。
「それもそうだな」とワイルダーも首肯した。
「私はロードライトのことは嫌いだが、ロードライトを重んじるあまりの狼藉を働く者らのことも、同様に好きにはなれない」
「……お、おう……そうっすか……」
結構なぶっちゃけを暴露されたような気がして、思わずたじろぐ。
一拍遅れて、ワイルダーも失言に気がついたようだ。「違う、オブシディアン・ロードライト個人に向けた話ではなくてだな」と、普段より焦った口調で呟き首を振る。
「家の話だ。絳雪戦争の頃から、私はテレジア派だったからな」
「こうせつ、戦争?」
耳慣れない言葉に首を傾げた。
目を瞠ったワイルダーは「そうか、まだその辺りの歴史は習っていない範囲だったか」と一人で納得し頷いている。
「いずれ習うだろう。とは言え……私の思想がどうであれ、教え子に区別は付けない。ロードライトの次期当主であろうが、成績が悪けりゃ当然落とす」
「まーオブシディアンは、先生のそういう厳密に平等なとこを好いてますけどね……」
媚びないことが結果的にオブシディアンからの好感に繋がっているのだから、なんとまぁ難儀というか、皮肉な話だ。
「ともあれ、助かりました。助けてくださってありがとうございます」
書類を集め終わり、シリウスは立ち上がる。
「……助けたつもりはないがな」
「はは……、ま、でも、先生のおかげですんで」
頭を下げ、シリウスはその場から立ち去ろうとする。しかしワイルダーに呼び止められ、シリウスは目を瞬かせて振り返った。
「何か?」
「……オブシディアン・ロードライトから距離を置けば、絡まれる率も下がるだろう? 君は他に友人も多い。何も、より絡まれる方に身を置かずとも良いのでは?」
そんなワイルダーの言葉に、思わずシリウスは苦笑した。
「先生も、何か勘違いしてません?」
「俺は本当に、アイツがロードライトだからとか、心底どうだっていいんですよ」
家名など、国外者である自分には特に価値も感じない。
ただ、居心地がいいから傍にいる。
気が合うから、友達でいるだけなのだと。
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