「くっ、殺せ!」と屈服した女騎士を拾ったので虐待することにした。

歩く、歩く。

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9話 女騎士の陰口を叩いて絶望させた

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 午後の仕事も大忙しだった。

 兎角ガレオンの行動力はすさまじく、予定していた仕事を早急に終わらせるなり、予定外の仕事を次々に盛り込んでいた。おかげで秘書の仕事も増えに増え、初日とは思えぬ激務となってしまった。
 ただ、不思議と疲れは感じない。むしろ丁度いいくらいだ。充足感すら覚えるほどである。

 にしても、なんて仕事量だ。リティシア国王の数百倍は動き回っていたと思う。しかもそれだけやって息切れ一つしていないのだから驚きだ。
 ……国王は政治を宰相や大臣に任せっきりで、民から搾取するしか考えていない人だ。それに大臣達も既得権益をむさぼる事しか考えていなくて、国としての機能はほぼほぼ形骸化していた。

 比べてガレオンはどうだろう? 領民……彼の弁では奴隷だそうだが、下の者のために全力で動き回っている。それも楽しそうに。

「いつまでぼーっと突っ立っている、仕事は終わったのか?」
「失礼しました、今日の分は、はい」
「なら帰り支度でもしろ、もうじき終業だ」

 言われて気付いた、あと三十分で定時だ。
 急いで明日の仕事の支度をして、最後に掃除も忘れない。やるべき事はやれた、はずだ。魔王城は四時半以降、緊急時以外に部外者の出入りを禁止している。これ以上仕事は入らないから、問題なく定時で上がれるだろう。

 ガレオンも帰宅準備を整えている。魔王とあれば夜遅くまで仕事しているイメージがあるが、定時で仕事を終えているようだ。

「なんだその目は、帰って悪いのか? 俺がいつまでも残っていたら誰も定時で帰れないだろうが、少しは考えろ」
「あ……失礼いたしました」

 ここでも部下を気遣っているんかい。心の中でツッコミを入れた。

「分かったらお前もとっとと上がれ、仕事は残していないな」
「はい……」
「ならいい、部屋閉めるからとっとと出ろ。なんだ、何か言いたげだな」
「いえその、仕事に不備がないか不安で」
「俺は残業をするような無能を秘書にした覚えはない。なら分かるな?」

 つまり、不備なく仕事が出来たと言いたいのだろう。はっきり言ってくれれば分かるのに。
 城内も帰宅ムードで一杯だ。夜勤に業務を引き継いだ兵士やメイドが、ぞろぞろと帰っていく。本当に誰も残業していないのか?

「明日休暇だろ? 何するんだ」
「俺はトリスタに行くんだ、奥さんと約束しててな」
「私はずっと前から劇場チケットの予約してたの。明日が楽しみなの」

 しかも、休日もしっかりとれているようだ。
 騎士団時代は毎日夜遅くまで仕事をしていたし、休みも殆どなかった。三十一連勤なんてザラだし、多くの兵が疲弊していた。

 ここの兵達は、誰一人疲れた様子がない。毎日のように外から奴隷を買い付けているから、人が潤っているし、無理のない勤務で負担が少ないのだ。
 なんて理想的な職場、なんて優しい環境。まるで夢のようだ。ガレオンの奴隷達が羨ましすぎる。

「いや、今は私もその奴隷か」
「何をぶつくさ言っている」
「いえ、なんでもありません」

「ふん、もう業務外だ。余所行きの口調など必要ないぞ。明日は今日の比じゃない、精々覚悟を固めておくんだな」
「私を甘く見るなよ、あの程度の仕事、簡単すぎてあくびが出る。むしろそれくらいしてくれなければ物足りないくらいだ」
「知っている。お前がやれる奴だと、最初からな」
「……どういう意味だ」
「理解できるよう、簡単に言ってやったんだがな。じゃあな、寝坊するなよ」

 ガレオンは豪快に笑いながら去っていく。セレヴィは言われたことを思い返し、頬を赤くした。
 セレヴィなら仕事が出来ると期待していた、そう捉えられる返事だった。節々の発言から察するに、ガレオンはセレヴィを高く評価しているのだろう。

 遠回しに褒められて、ほんのり胸が暖かくなる。急いでかぶりを振り、湧いた感情を否定した。
 ありえない、魔王の一言で喜ぶなんてあってはならないんだ。
 すぐに人間界へ戻る道筋を見つけるんだ。奴隷の証の外し方、城からの脱出路の確保、次に魔界から人間界への移動手段、それと体を元に戻す方法。やるべき事は山ほどある。

 そう、何としても人間界へ戻るんだ。戻って……戻って……どうすればいい……。

「……考えるな、余計な事は考えるな」

 拳を握りしめ、城内を歩き回った。城の構造が分からなければ、脱出路も見つけられない。
 城内は昼間と同程度の兵士が配置されている、監視用の魔法具や魔物も飛び回っていて、隙がどこにもない。夜勤のメイド達も目に付くし、これは骨が折れそうだ。

 それに通りかかる度、「やぁこんばんは」だの「今日はお疲れ様」だの、セレヴィににこやかな挨拶をしてくる。こいつら全員私を知っているのか?
 ……知ってるはずか、何しろ、ガレオンは城内は勿論、城下町全域を駆けずり回ったのだ。セレヴィは常に傍に居たから、自然と目に入ってしまう。

 おまけに兵やメイド達は全員フレンドリーで、セレヴィを見るなり必ず一言二言話しかけてくる。これでは脱出のために道具を持とうものなら、即座に気付かれてしまうだろう。
 いや、それ以前に奴隷の証があっては、すぐにガレオンが察知してしまうか。

 想像以上の監視体制に舌を巻くセレヴィ。それでも、僅かな綻びを探し回っていると、マステマを見つけた。
 何やらせわしなく走っている。気になり後をつけると、

「うぃっす主様ー、今日は新月っすよね? なーんでこんな所に居るんすかー?」
「どこに居ようが俺の勝手だろうが」

 ガレオンだ。まだ自室に戻っていなかったのか。
 身を隠し、様子を伺ってみる。ガレオンは群青色の空を見上げて、満足気な笑みを浮かべていた。

「なーんか楽しそうっすねー、なんかいい事でもあったんすかー?」
「さぁな、お前こそ楽しそうだな。いつもなら死んだ魚のような目をして飲み屋を彷徨っているくせに」
「あーしをおっさんみたいに言わんでくださいっすよ、事実っすけど。いやー、何しろ丁度いいおもちゃ見っけたもんで、ひっさしぶりに楽しめそーでわくわくしてるんすよ」

 それ私だろ。この野郎、人をおもちゃ扱いして……いつかぶちのめしてやる。

「あまりからかってやるな、まだあいつはこっちに来て数日しか経っていない。魔界での生活に戸惑っているんだ、慣れるまでそんなおちょくるんじゃない」

 ガレオンにしては優しい口調だった。あいつ、あんな声が出せたんだ。
 マステマは目を細めると、ガレオンを肘で小突いた。

「随分甘いじゃないっすかぁ、何々? なんかあったんすか?」
「お前が期待するような事は何もない。普通に仕事をしただけだ」
「へー、んで、どうだったんすか? 随分と振り回してたっすけど、初日から参っちゃったんじゃないっすか?」
「へばってないさ、むしろ逆だな。楽し気に俺の後を付いてきていたよ。目を輝かせて、奴隷どもの力になれる事に、喜びながらな」

 私が楽し気にしていた?
 思わぬ言葉だったが、否定できない。実際、楽しかったから。
 民のために働き、自分の努力が実現する喜び。ガレオンの秘書には、そんなやり甲斐があった。疲れなかったのは、自分が政に貢献できた楽しさがあったからだ。

 と言うか、あいつはそんなこと細かに私を見ていたのか?

「想像以上に優秀な奴だよ、俺の今後にあいつは必要不可欠だ。人間界の連中はどうも眼球がガラス玉で出来ているらしい、あんな人材を埋もれさせているんだからな」

 想像以上にベタ褒めで、セレヴィはあわあわと狼狽えるしかなかった。

「随分高い評価っすねぇ、それ、本人に言ったんすか?」
「言って素直に受け取るような奴じゃあない、数日前に剣を交わした相手からそんな評価を聞いても、逆に反発するだろうさ」
「はー、騎士団所属とか言ってたっすからねぇ、自尊心高くて煽り耐性ないのはそのせいっすか。面倒くさい女っすねー」

 あのダークエルフめ、剣があったら今すぐたたっ斬ってやるのに。

「ただまぁ、朝のあれだけは、褒めてやった方が良かったかもしれないな」
「朝の一件? なんすかなんすか? わくてかな展開っすか?」
「なに、朝の楽しみが一つ増えただけだ」

 ……紅茶の事を言っているようだ。
 よほどセレヴィの紅茶を気に入ったようだ。なのに素直に言えなかったらしい。
 
 やめろ、やめてくれ。そんな事を聞かされたら、心が折れる。

 仕事を褒められた上に、紅茶をあんなにも喜んでくれている。こんなにも奉仕しがいのある魔王とは思わなかった。

 ……私を必要とする人だって、生まれて初めてだ……。

 これじゃ、居心地が良すぎて、人間界に戻りたくなくなる。また明日も頑張ろうって気持ちになってしまう。ラーゼフォン家を、諦めてしまうじゃないか。

 こんなの、最悪の虐待だ。

「……やっぱり、あいつは魔王だ……」

 人の心を挫いて奴隷にしてしまう、最悪の男だ。なんて奴につかまってしまったんだ。
 こんな事になるなら、奴隷になんて、なるんじゃなかった。

  ◇◇◇

 セレヴィが赤くなりながら去っていく。横目に見ながらため息をつき、ガレオンは空を仰いだ。

「今のを言ってやりゃあいいじゃねっすか、あーしが助け船出さなきゃ、ずーっと動けずじまいだったんじゃねっすか?」
「頼んでいない。お前が勝手にやった事だ」

「素直じゃねーっすね、あーめんどくせーことこの上なーい。けどほっといていーんすか? あれ、脱走する気マンマンっすよ。城ん中歩き回って脱出ルート探ってたみたいっす」
「好きなようにやらせておけ。いずれ不可能だと理解するさ、それが分からないほど間抜けじゃあない」
「間抜けっすよ。あれの実家、ラーゼフォン家ってのはもう」

「他人の家の事情に首を突っ込むな」
「こいつは失敬。けどま、ガラクタのために戻ろうと頑張るなんて健気なもんっすね、どーせ人間界に戻ったってろくな事になんねーってのに。つーか全部理解したら自殺するんじゃねっすか?」
「無駄だな、俺は死んだ直後ならばどんな奴でも蘇生させられる。あいつがどんな手を使おうが、自殺は絶対にさせやしない」

「これまた残酷っすねぇ、それに主様がそこまでするなんて珍しーの。どんな風の吹き回しっすか?」
「あいつは死にたがっていた、俺に最後まで歯向かったのも、殺してもらうためだった。本心からあいつは俺に殺せと言ったんだ。俺がこの世で最も嫌いな奴、お前ならわかるだろう」

「命を粗末にする奴っすよね」
「そうだ。だから奴には、諦めてもらう。死ぬことも、人間界へ戻ることも。徹底的に心をへし折って、この魔界で、心から幸せになるまで生き続けてもらう。それが俺のあいつに対する、虐待だ」
「回りくどい虐待っすねぇ、幸せもんだぁ、あのお嬢さん」

 マステマはけらけら笑った。
 ガレオンは新月の空を見上げると、自室へ帰った。
 明日もセレヴィの紅茶が飲める。そう思うと、少しだけ幸せな気分になれた。
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