「くっ、殺せ!」と屈服した女騎士を拾ったので虐待することにした。

歩く、歩く。

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55話 懐かしき灰色の青春

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 ガレオンに朝の件を話すなり、速やかに捜索が始まった。
 兵達がくまなく調べたが、侵入者や内通者の痕跡は一切なく、また被害も無かったため、この件は一時ガレオン預かりとなった。

「特段物が盗まれたわけではなく、機密書類も別の場所に置いてあるから問題なし……昨日のメイドの記録を見ても、この部屋の窓を開けた形跡はなしか。奇妙な事もあるもんだ」
「ええ……」

 どこかしおらしいセレヴィにガレオンは髪を掻いた。唯一、イナンナの肖像画を出されていたのが被害と言えば被害だった。
 普段は机の引き出しに仕舞ってあるのだが、何故か机に出しっぱなしになっていたのだ。

「まだ始業前だ、聞きたい事があるなら言え」
「……その、肖像画の方は?」
「イナンナ・レ・アシュトレト。まだ俺が魔王になる前、領地を持たない頃、共に生きていた……」

 一瞬、言葉に詰まる。多分、セレヴィはショックを受けるかもしれない。
 だが事ここに及んで隠せる物ではない。ガレオンは観念し、

「将来を誓い合った女だ」
「……そう、ですか……」

 やはりセレヴィは落ち込んでいた。ガレオンは口を真一文字に紡ぐと、腰かけた。

「その方は、今はどちらに?」
「既に故人だ。だが俺にとって、今でも生き続けている女でもある。イナンナを忘れた事は、一瞬たりともない。そのくらい、俺には大事な女だ」

 セレヴィは肩を震わせた。セレヴィもまた、動揺を隠せていない。
 ガレオンにそれだけ想っている人が居ると考えた事もなかった。ずっと自分だけが彼に焦がれていたと思っていたから、ガレオンに今でも想い続けている女性が居ると聞いて、心が激しく揺れ動いている。
 亡くなっても尚、ガレオンに愛されていて羨ましい。嫉妬している自分が醜くて、ちょっと自己嫌悪してしまう。

「もしよければ、お話を聞かせてくれませんか? イナンナと言う方との、なれそめを」

 なればこそ知りたくなった。ガレオンがずっと愛し続けているイナンナが、どれほどの女性なのか。
 ガレオンは目頭をつまんでから、諦めたようにため息を吐いた。

「仕事に支障をきたすなよ?」
「善処します」

  ◇◇◇

「お前がガレオンか? 噂通りの悪人面だな」

 イナンナは快活に笑いながら洞窟に入ってきた。ガレオンは訝し気に彼女を見つつ、メイスを握りしめた。
 彼の周囲には、ぶちのめされた輩が大勢転がっている。ガレオンの住処に押し入った野盗達だ。全員辛うじて生きており、すすり泣くような声で命乞いをしていた。

「派手にやったみたいだけど、誰も殺していないんだな? 優しいじゃないか」
「死体の片づけが面倒なだけだ。お前らいつまで転がっているつもりだ? とっとと俺ん家から出ていけ」
『ひ、ひぃぃっ!』

 野盗どもは一目散に逃げだした。イナンナは大笑いしながら野盗を手を振って見送り、振り向きざまに斧を構えた。
 直後、ガレオンのメイスが振り下ろされる。凄まじい膂力にイナンナの足元が陥没した。

「これも噂通り! すんごい力だ、たまげたな!」
「今機嫌が悪くてな。顔面を整形されたくなければ今すぐ消えろ、目障りだ」
「まぁまぁそう言わず。おっと自己紹介がまだだったな、あたしはイナンナ・レ・アシュトレトだ、よろしく!」

 ガレオンと打ち合いながら、イナンナは笑顔で話し続けた。

「ずっとお前の噂を聞いていたんだ、くそ強いくせに派閥を作らない変わり者が居るって。それで提案があるんだが、あたしと組まないか?」
「断る」
「いいやお前なら必ず組む。あたしには分かる、こいつは運命なんだ」

 一瞬の隙を突き、イナンナはガレオンのメイスを蹴り飛ばした。
 すかさずガレオンは格闘戦に切り替え、イナンナの斧を叩き落とし、彼女を押し倒す。そのまま殴りかかろうと、拳を握るなり。

「あたしは魔界を、誰もが幸せになれる世界にしたいんだ。そのためにお前の力が必要なのさ、ガレオン・ドゥ・アスタロト」

 なんとも子供じみた、幼稚な理想を語られた。
 殺される寸前だというのに、イナンナの目は輝いていた。今まで出会った者達とはまるで違う、夢と希望に満ちた目で、ガレオンを映している。

 今の魔界は荒れている。国も法も存在せず、力ある者が弱者から血肉を奪う、無秩序で混沌としたアナーキーワールドだ。
 現に、洞窟の外に目をやれば、多くの屍が転がっている。空から魔界を見下ろせば、飢えで死にそうな者、生きるために親を殺す子供、ちっぽけな金を得るためだけに人を攫い、奴隷として売り出す者……不幸が星の数ほど存在していた。

 ガレオンはいくつもの理不尽を見てきた、無数の暴力にさらされてきた、泣きわめく命を……沢山見捨ててきた。誰もが刹那を生きるので精一杯、ガレオンですら同じ、悪い意味で平等な世界だ。
 目先の飯を食うためには、誰かを殺さねばならない。そんな世界を、誰もが幸せになれる世界にするだと?

「頭に蛆でも沸いているのか?」
「考える脳みそが沢山あっていいな。それにお前にはもう選択肢なんか無いぞ? だってほら、もうあたしに興味を示している」

 イナンナはガレオンの鼻を突いた。
 言葉だけであったら、ガレオンは一笑に付していただろう。けれどイナンナは心から本気で魔界を変えようとしている。彼女にほんのわずかな興味を示していたのだ。

「こいつは小さいが、始まりの一歩だ。あたしとお前がこの腐り切った世界を、飢えも不幸もない世界に変えてやるんだ。あたしの目指す世界、見たいと思わないか?」
「……お前がどれだけ無様な死に方をするのかは、興味がわいたな」

 悪意の坩堝に湧き出た、瞬くような光がどんな末路を辿るのか。暇つぶしに見届けてやるとしよう。
 ガレオンが手を差し伸べると、イナンナは勢いよく握り返してきた。
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