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第8話 魅力はあるけれど

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 ミレーヌと共にならモナード家に訪問するのは楽だ。単に二人で伯爵家にお呼ばれしたと言えばよいのだから。
 ミレーヌが社交的な人だから、それが格上の伯爵家だとしてもなにかの縁で交流しているのかしらと親に思ってもらえるのがありがたかった。
 そしてなぜか娘一人だけの外出より、二人の方が親の監視はとたんに緩む。
 それは私個人に対して信頼がないというより、二人そろって悪さをすることはないと思っているからだろう。
 ただ問題なのは、ミレーヌにまで平民のような服装を強要することもできず、一緒にいる彼女は大人しめとはいえドレスを身に着けていた。

 モナード家に到着すると裏手に回る。使用人が入る裏口を教えられているのだ。そこの番人にはもう私の顔と名前を憶えてもらっているから、ミレーヌのことを伝えて中に入らせてもらった。

「ああ、存じてますよ、どうぞ」

 連絡が悪くてミレーヌが邸内に入るのに時間をとられるかもしれないと覚悟をしていたが、あっさりと入ることができた。セユンが忘れずに話を通してくれていたようだ。こういう細かいところを見ても彼は仕事ができる男なんだなぁ、とちら、と思ってしまった。私をスカウトしたのは目が悪いと思うけれど。

「あ、こんにちは! レティエさん、お久しぶりです」

 ノックをしてドアを開けると、女性が二人いた。
 一人はこの間、私の採寸をしてくれた赤毛の女性だ。名前は……確かサティだったはず。
 小柄なサティはドアの方まで子犬のように駆け寄ってきて笑顔で私たちを出迎えた。
 後ろでおっとりと会釈をしてくれたもう一人の年配の女性は椅子を用意して招き入れてくれる。その人の髪はあまり見ない茶金で長い髪なのだろうか、編まれた髪をくるっと巻いて邪魔にならないようにしている。長身な彼女は色合いは深緑なダークなジャンパースカートに同色系のタイトなスリーブのシャツを合わせていた。口元のしわも優しそうで好印象だ。
 なんとも対照的な二人だなぁと見つめていたらサティが紹介をしてくれた。
 
「セユンさんからお話を聞いてます。私たちはお針子のまとめ役をさせていただいています。私はサティ。こちらはリリンです」

 サティはもう一人の茶金髪の女性をリリンと紹介した。改めて私も自分の名前を告げると、後ろに続くミレーヌを従妹だと紹介した。家名はあえて言わないが、自分と違って見るからに貴族の娘に見えるミレーヌをどう思うだろうかと思ったが、二人は顔を輝かして歓声を上げた。
 
「ミレーヌさんですか。ドレス、お綺麗ですね!」
「首筋が綺麗だからドレープドネックがとてもはえますね。ちょっと後ろ向いていただいていいですか? レースがいい仕事してますね……あ、この辺りには赤い模造宝石ビジュー入れたいなぁ……」
「…………」
 
 二人とも、ミレーヌより、彼女のドレスに目が釘付けのようだ。しかも話題がマニアックで、私の知らない専門用語がぽんぽん飛び交っている。
 ミレーヌ自身もお洒落で衣装に関しては詳しい方なので、二人の話を真面目に聞いて自分の意見を言ったり流行について意見を出して話が盛り上がっている。
 一人だけ蚊帳の外だったところに、低い声が聞こえてきた。
 
「レティエくん? と、いとこっていうのが君かな? レティエくんが推薦してくれた……」

 頭が濡れたようなセユンが現れた。たった今まで風呂にでも入っていたのだろうか。
 湿気を吸った肌に白い麻のシャツが張り付いて透けていて、にじみ出る男の色気に目のやり場に少し困ってしまった。こうしてぴたっとくっついた衣類をまとうと彼の発達した筋肉が露わになって、どうしてここまで鍛えているのだろうと謎になる。

「レティエから話はうかがっております。初めまして。ミレーヌ……と申します」

 ミレーヌがセユンに美しく礼を取る。何か思うところがあったのか、ミレーヌも家名を名乗らないでいてくれて助かる。もっとも彼女は私の家に引き取られてはいるけれど養女とはなっているわけではなくて、元の家の家名を名乗っているのだけれど。
 不躾なまでにミレーヌをじろじろ見ていたセユンは、うーん、と首を振った。
 
「んー、確かに魅力的ではあるけれど、うちのイメージとは違うね。残念」
「……はぁ?」
「貴方はそれだけで完成されてしまってるから、伸びしろに欠けるんだ。モデルの仕事が欲しかったら他のブティックを探すといいと思う。でもどちらかというと舞台女優の方が向いてそうだけれどね。貴方自身にとても華があるから」

 それだけを言うと露骨に興味を失った表情で、セユンはミレーヌに背を向けた。ミレーヌは今まで誰にもそんな態度を取られたことなんてなかっただろう。一瞬、ミレーヌの顔が曇ったかのように思え、彼女を連れてきた手前、私の方が彼女のことが心配でハラハラしてしまった。

「レティエ、色合わせをはじめよう」
 
 セヨンの目は今は自分にばかり注がれて、もうミレーヌのことを一顧だにしない。
 ミレーヌは傷ついていないだろうかと振り返るが、彼女は呆れた顔をして刺すような視線でセユンを睨みつけているだけだ。
 セヨンはそれに気づいてないようでお構いなしな分、サティやリリンの方が気を使ってしまっているようで、おろおろしていて可哀想になった。
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