20 / 60
第20話 ファッションショーデビューの日
しおりを挟む
同じ貴族だと言っても、上位貴族は雲の上の存在である。
私のファッションショーデビューは『相手は常連でショーの手順が分かっている相手だし、少々の粗相をしてもなんとか切り抜けられるだろう』ということでロアンテ侯爵夫人のサロンに決定した。
ロアンテ侯爵夫人はセユンことモナード伯爵の母方の叔母で、彼が平民に交じってブティックの仕事を手伝っていることを知っている数少ない関係者の一人でもあるという。
「今日は初めてのサロンでのお披露目だな。緊張してる?」
セユンがこそっと話しかけてきてくれ、私はそれに迷わず頷いた。
「はい、めちゃくちゃ緊張してます」
「結構。緊張しているのを自覚しているなら大丈夫だよ」
へらっと笑うセユンはいつもと雰囲気が違う。薄い金髪のかつらを着けて眼鏡をかけている。表に出る時にはちゃんと身ばれをしないように一応配慮をしているようなのは本当だったようだ。
今日は乗馬服を思わせるようなきっちりとしたハッキングジャケットを身に着けて、すっかり営業モードになっている。
緊張しているのは人前に出るからだけではない。
足を踏み入れたこともない上流貴族の邸宅に自分がこの身を置いているということ自体にも落ち着かなくなってしまっている。
そういう情緒的なものを自分以外の誰も感じてなさそうなのが意外なのだが、きっとそういうことを気にしない人種が集まっているだけなのだろうと思った。
「なのに今日のような日に限って、いつもより人数少ないなんて」
「サティは母親代わりで妹のエリーのことを育てていたからねえ。お産、無事に終わればいいね」
今日は唐突にお針子のサティが休んでしまった。
前々からショーに妹のお産がかぶるかもしれない。その場合はそちらを優先すると言われていたが、悪いことほどよく当たる。
イライラと動き回っているクロエと対照的に、なんとかなるわよぉ、と落ち着きはらったリリンを見ているとなんとなく安心した。
今日は新作のドレスが3着と、それに合わせたストッキングという珍しい高級アイテムのお披露目だ。
今年、社交シーズン前にブティックプリメールで一番時間をかけて選びぬいた新作は、単価も高く目玉となる華やかなパーティドレスではなく、いわゆる室内ドレスにあたるナイトドレスになった。
貴族は様々な種類のドレスを目的や場所によっても使い分ける。
一番格が高く、社交で用いるパーティドレスに、外出する時に着る、それより少し格が落ちる外出用のドレス。そして家の中で着る室内ドレスだ。
今回はその家の中でだけ、下手すると自分だけしか見ることのないナイトドレスに着目した。
マーメイドラインでスリット付きという、今までになかったデザインは、足はセクシャルなもので見せる場所ではないという常識を打ち破るものだった。
デザインしたのはクロエのはずなのに、クロエ自身はそれを売り出すことに最後まで抵抗していた。娼婦が着るような物を販売したらブティックの品位が落ちる! と難色を示したのだ。しかしそんなクロエに対し、セユンは頑として譲らなかった。
「これは女性が男相手に媚を売るためのドレスではなく、女性が今までに自慢したくてもできなかった場所を自分で発見して気に入るためのドレスだ。上位貴族なら使用人が着た姿を見るからその良さを口伝えにしていくだろうしな。今後はこれをきっかけにしてフォーマルドレスにスリットを採用していけるように世間の動きを作っていきたいんだ。あと、これを妻や恋人にねだられたら、男は絶対金を出す。神に誓ってもいい」
その力説を聞いて、色々言っているが、一番最後がセユンの本音だな、と思ったのは女性陣全員の総意だっただろう。
結局はそれが説得力となってクロエが折れた。
「ドレスは破いても補修きくけど、ストッキングは絶対に破かないで」
「心得てます」
クロエがきつく言う言葉に頷いた。
それは試着の時から何度も言われていたことだ。
正直なところ、ストッキングのためだけにここ何週間もずっと足の手入れは欠かさなかったようなものだ。ささくれ1つで引っかけて伝線しかねない。それこそ顔の手入れよりそちらの方を真面目にしていた。
シルクの細い細い糸で編まれたそれは、足を美しく見せる効果があるのだけれどとにかく脆い。
まだストッキングは量産されておらず破損した時のスペアも準備できずに貴重なものだから、着脱も絶対に一人では行わず、誰かにやってもらうことを徹底していた。
ファッションショーは時間との勝負だ。客が待ちくたびれる前に衣装を着替えて戻ってくる時間をどれだけ短くとるかが勝負になる。
合間合間はセユンが場を持たせてくれ、今回はロアンテ侯爵夫人もそれに協力してくれる。
今回は大広間に続く控えの間をスタッフルーム代わりとして使わせてもらっている。
大広間で私が奥様方の前に出て、基本、私は立っているだけなのだが着心地などを訊かれたら答えるのは私だ。動きは最小限にして、そして堂々と。それを意識すること。
大丈夫。あれだけ準備はしてきたのだから。
「最終チェックするわよ。セユンは先に出て紹介。次にレティエは1番を着て中央に。リリンは続きの間で……」
クロエの言葉が自分の心臓の鼓動がうるさすぎて聞き取りづらい。自分の中の音がうるさいと思える程度には落ち着いていると思っておこう。
「大丈夫よ。落ち着いて。貴方は一人じゃないから」
耳に囁かれたリリンの言葉に頷いて、私はその扉から出て行った。
私のファッションショーデビューは『相手は常連でショーの手順が分かっている相手だし、少々の粗相をしてもなんとか切り抜けられるだろう』ということでロアンテ侯爵夫人のサロンに決定した。
ロアンテ侯爵夫人はセユンことモナード伯爵の母方の叔母で、彼が平民に交じってブティックの仕事を手伝っていることを知っている数少ない関係者の一人でもあるという。
「今日は初めてのサロンでのお披露目だな。緊張してる?」
セユンがこそっと話しかけてきてくれ、私はそれに迷わず頷いた。
「はい、めちゃくちゃ緊張してます」
「結構。緊張しているのを自覚しているなら大丈夫だよ」
へらっと笑うセユンはいつもと雰囲気が違う。薄い金髪のかつらを着けて眼鏡をかけている。表に出る時にはちゃんと身ばれをしないように一応配慮をしているようなのは本当だったようだ。
今日は乗馬服を思わせるようなきっちりとしたハッキングジャケットを身に着けて、すっかり営業モードになっている。
緊張しているのは人前に出るからだけではない。
足を踏み入れたこともない上流貴族の邸宅に自分がこの身を置いているということ自体にも落ち着かなくなってしまっている。
そういう情緒的なものを自分以外の誰も感じてなさそうなのが意外なのだが、きっとそういうことを気にしない人種が集まっているだけなのだろうと思った。
「なのに今日のような日に限って、いつもより人数少ないなんて」
「サティは母親代わりで妹のエリーのことを育てていたからねえ。お産、無事に終わればいいね」
今日は唐突にお針子のサティが休んでしまった。
前々からショーに妹のお産がかぶるかもしれない。その場合はそちらを優先すると言われていたが、悪いことほどよく当たる。
イライラと動き回っているクロエと対照的に、なんとかなるわよぉ、と落ち着きはらったリリンを見ているとなんとなく安心した。
今日は新作のドレスが3着と、それに合わせたストッキングという珍しい高級アイテムのお披露目だ。
今年、社交シーズン前にブティックプリメールで一番時間をかけて選びぬいた新作は、単価も高く目玉となる華やかなパーティドレスではなく、いわゆる室内ドレスにあたるナイトドレスになった。
貴族は様々な種類のドレスを目的や場所によっても使い分ける。
一番格が高く、社交で用いるパーティドレスに、外出する時に着る、それより少し格が落ちる外出用のドレス。そして家の中で着る室内ドレスだ。
今回はその家の中でだけ、下手すると自分だけしか見ることのないナイトドレスに着目した。
マーメイドラインでスリット付きという、今までになかったデザインは、足はセクシャルなもので見せる場所ではないという常識を打ち破るものだった。
デザインしたのはクロエのはずなのに、クロエ自身はそれを売り出すことに最後まで抵抗していた。娼婦が着るような物を販売したらブティックの品位が落ちる! と難色を示したのだ。しかしそんなクロエに対し、セユンは頑として譲らなかった。
「これは女性が男相手に媚を売るためのドレスではなく、女性が今までに自慢したくてもできなかった場所を自分で発見して気に入るためのドレスだ。上位貴族なら使用人が着た姿を見るからその良さを口伝えにしていくだろうしな。今後はこれをきっかけにしてフォーマルドレスにスリットを採用していけるように世間の動きを作っていきたいんだ。あと、これを妻や恋人にねだられたら、男は絶対金を出す。神に誓ってもいい」
その力説を聞いて、色々言っているが、一番最後がセユンの本音だな、と思ったのは女性陣全員の総意だっただろう。
結局はそれが説得力となってクロエが折れた。
「ドレスは破いても補修きくけど、ストッキングは絶対に破かないで」
「心得てます」
クロエがきつく言う言葉に頷いた。
それは試着の時から何度も言われていたことだ。
正直なところ、ストッキングのためだけにここ何週間もずっと足の手入れは欠かさなかったようなものだ。ささくれ1つで引っかけて伝線しかねない。それこそ顔の手入れよりそちらの方を真面目にしていた。
シルクの細い細い糸で編まれたそれは、足を美しく見せる効果があるのだけれどとにかく脆い。
まだストッキングは量産されておらず破損した時のスペアも準備できずに貴重なものだから、着脱も絶対に一人では行わず、誰かにやってもらうことを徹底していた。
ファッションショーは時間との勝負だ。客が待ちくたびれる前に衣装を着替えて戻ってくる時間をどれだけ短くとるかが勝負になる。
合間合間はセユンが場を持たせてくれ、今回はロアンテ侯爵夫人もそれに協力してくれる。
今回は大広間に続く控えの間をスタッフルーム代わりとして使わせてもらっている。
大広間で私が奥様方の前に出て、基本、私は立っているだけなのだが着心地などを訊かれたら答えるのは私だ。動きは最小限にして、そして堂々と。それを意識すること。
大丈夫。あれだけ準備はしてきたのだから。
「最終チェックするわよ。セユンは先に出て紹介。次にレティエは1番を着て中央に。リリンは続きの間で……」
クロエの言葉が自分の心臓の鼓動がうるさすぎて聞き取りづらい。自分の中の音がうるさいと思える程度には落ち着いていると思っておこう。
「大丈夫よ。落ち着いて。貴方は一人じゃないから」
耳に囁かれたリリンの言葉に頷いて、私はその扉から出て行った。
0
あなたにおすすめの小説
家出を決行した結果
棗
恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。
デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。
自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。
※なろうさんにも公開しています。
ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!
沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。
それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。
失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。
アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。
帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。
そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。
再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。
なんと、皇子は三つ子だった!
アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。
しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。
アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。
一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました
成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。
天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。
学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。
冷遇された聖女の結末
菜花
恋愛
異世界を救う聖女だと冷遇された毛利ラナ。けれど魔力慣らしの旅に出た途端に豹変する同行者達。彼らは同行者の一人のセレスティアを称えラナを貶める。知り合いもいない世界で心がすり減っていくラナ。彼女の迎える結末は――。
本編にプラスしていくつかのifルートがある長編。
カクヨムにも同じ作品を投稿しています。
兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!
ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。
自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。
しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。
「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」
「は?」
母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。
「もう縁を切ろう」
「マリー」
家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。
義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。
対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。
「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」
都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。
「お兄様にお任せします」
実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。
【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました
三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。
優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。
優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。
そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。
絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。
そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる