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第21話 ハプニング
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二着紹介するまではスムーズに進行していたと思う。
着替えはサロンの行われる広間の隣の小部屋を利用させてもらうことが多く、今回もそうなのだが……最後のナイトドレスに着替えようと控室に入ったら着替えを手伝う予定の人が誰もいなかった。
「え……どうして……」
用意されているはずのナイトドレスも見当たる場所には置いていない。
次の手順は頭に入っている。本当なら手伝ってもらって、今着ているドレスは脱ぐものだが、こうして待っている間にも刻々と時間が過ぎていくことにも焦れる。
このドレスはもう今日は使う予定はない。それならば……っ!
ビリッ……!!
覚悟を決めて無理やり脱ぐと、そのまま下着姿で床に降り立つ。
何かハプニングが起きて進行が変更になったのだろうか。こういう時に最低限の人数しか連れてきていないということの弊害を感じてしまった。
進行が変更になったとしても、最後の1つはナイトドレスだけ。
それならば、とおいてあるメイクボックスに手を伸ばすと、次に合わせたメイクの修正を始める。
リリンに言われて練習しておいてよかった。
まさか本当に何が起きるかわからないから、考えられる限りの準備は必要だ。
しかし、次の衣装であるナイトドレスがないとどうしようもないし、ストッキングも一人で履くわけにいかないが、もしかして本当に誰も来なかったら自分で履くまではやらなければならないのだろうか。
――どうしよう
置いてあるストッキングを見て、手を伸ばそうかどうしようか迷う。そして、やはりダメだ、と決断を下した。
――ダメ。これは今日のメインの一つ。これをうっかり破損してしまったららどうしようもない。みんなを信じよう。
身体が冷えてきたので手近にあった布を身体に巻いた。
状況がつかめずにいるのが何よりも不安で。目を閉じて、それこそ本当に祈る。
どうしてナイトドレスがないのだろう。どうして誰も来ないのだろう。
時間が流れるのが妙に遅く感じられた。
体が震えている。それは寒さから? 恐怖から?
1枚の布切れの中、瞼が震えそうになるのをじっとこらえ、身体を固くしていた。
「レティエくん! すまない!」
そこにようやくセユンが飛び込んできた。焦った彼の顔を見て、心の底からほっとしてしまった。
「ナイトドレスのほつれを発見してリリンが今、別室で修理してる。予定を変更して先にクロエがデザイナー挨拶とオーダーする際の説明をしている。メイクは自分で直してくれたんだね? じゃあ、あとはストッキングだけど……」
困ったような顔をして、セユンがじっと私を見つめてくる。私は手近な椅子を引き寄せて座ると、彼の前に太腿までむき出しになっている足を差し出した。
そんな男を誘うようなポーズは恥ずかしくて仕方がない、けれど。
「セユンさんが穿かせてください!」
「……わかった」
一瞬、彼がためらうような顔を見せた。しかし、恥ずかしがっている場合でない、と私が覚悟を決めているのが伝わったようで、セユンは私の前で真剣な顔になり跪く。
――それはまるで貴婦人に騎士が礼を尽くしているような姿勢だ。
布で身体を覆っているとはいえ、至近距離の男に自分の足を触られることに緊張して、今までとは違う緊張に意識が飛んでいきそうになる。
素足を異性に見せたことのない人間にとって、足に触れられるということは、裸を手でまさぐられるのと同じこと。
息がかかりそうになるくらいの距離に彼の顔がある。恥ずかしいし、くすぐったい。
それに、臭いとか思われたらどうしようと思うと冷や汗もでてしまう。
丁寧に真剣に自分の足を見つめている彼に、思いがけなく自分の息も上がりそうで、じっと息を噛み殺した。
この人が私を綺麗だとか、可愛いとか言えるのは、美術品が美しいとかそういうのと一緒であって、恋愛感情が伴っているわけではない。
こんな、恋人同士のような触れ方をされているのに意識してしまうのは、そんな気のない相手にとっても失礼でしかないから。
だから、私の心は無になればいい。
そう自分に言い聞かせて大きく息を吐いた。
ストッキングを穿き終わると同時に別室で補修作業をしていたリリンがドレスを持って飛んできた。
「レティエさん! ドレスできたわ」
「ありがとうございます」
ナイトドレスは元々室内着。一人でも着脱しやすくできているから、それこそ瞬時に着替えられる。
「さぁ、行っておいで。俺たちのドレスをよろしく」
「はい!」
セユンに背中を軽く押される。身体がそれだけで軽く感じられてどこまででも歩いて行けそうな気がした。
どこか吹っ切れた気がする。
このドレスは、自分を好きになれるためのもの。自分の身体を愛するためのもの。
そして思う人にそんな自分を見られて、それすら自分の美の糧にするのだ。
ドアを開いて広間の中に入ると、視線が自分に集中したのが分かる。
みんながこんな私を見てため息をついている。
それまでの二着は、ただ人形のようにただ着せられて、歩いていただけだった。
しかし今の自分は、このドレスを着こなしている、そうとすら思えた。
誰かが漏らした「綺麗だわ……」の声に、自然と笑顔が出る。
ああ、私は服を見てもらうための存在ではなく、生き様を提案するための見本であり、存在なのね。
その瞬間、ブティックプリメールの皆が、何を目指しているのかがなんとなく見えた気がした。
着替えはサロンの行われる広間の隣の小部屋を利用させてもらうことが多く、今回もそうなのだが……最後のナイトドレスに着替えようと控室に入ったら着替えを手伝う予定の人が誰もいなかった。
「え……どうして……」
用意されているはずのナイトドレスも見当たる場所には置いていない。
次の手順は頭に入っている。本当なら手伝ってもらって、今着ているドレスは脱ぐものだが、こうして待っている間にも刻々と時間が過ぎていくことにも焦れる。
このドレスはもう今日は使う予定はない。それならば……っ!
ビリッ……!!
覚悟を決めて無理やり脱ぐと、そのまま下着姿で床に降り立つ。
何かハプニングが起きて進行が変更になったのだろうか。こういう時に最低限の人数しか連れてきていないということの弊害を感じてしまった。
進行が変更になったとしても、最後の1つはナイトドレスだけ。
それならば、とおいてあるメイクボックスに手を伸ばすと、次に合わせたメイクの修正を始める。
リリンに言われて練習しておいてよかった。
まさか本当に何が起きるかわからないから、考えられる限りの準備は必要だ。
しかし、次の衣装であるナイトドレスがないとどうしようもないし、ストッキングも一人で履くわけにいかないが、もしかして本当に誰も来なかったら自分で履くまではやらなければならないのだろうか。
――どうしよう
置いてあるストッキングを見て、手を伸ばそうかどうしようか迷う。そして、やはりダメだ、と決断を下した。
――ダメ。これは今日のメインの一つ。これをうっかり破損してしまったららどうしようもない。みんなを信じよう。
身体が冷えてきたので手近にあった布を身体に巻いた。
状況がつかめずにいるのが何よりも不安で。目を閉じて、それこそ本当に祈る。
どうしてナイトドレスがないのだろう。どうして誰も来ないのだろう。
時間が流れるのが妙に遅く感じられた。
体が震えている。それは寒さから? 恐怖から?
1枚の布切れの中、瞼が震えそうになるのをじっとこらえ、身体を固くしていた。
「レティエくん! すまない!」
そこにようやくセユンが飛び込んできた。焦った彼の顔を見て、心の底からほっとしてしまった。
「ナイトドレスのほつれを発見してリリンが今、別室で修理してる。予定を変更して先にクロエがデザイナー挨拶とオーダーする際の説明をしている。メイクは自分で直してくれたんだね? じゃあ、あとはストッキングだけど……」
困ったような顔をして、セユンがじっと私を見つめてくる。私は手近な椅子を引き寄せて座ると、彼の前に太腿までむき出しになっている足を差し出した。
そんな男を誘うようなポーズは恥ずかしくて仕方がない、けれど。
「セユンさんが穿かせてください!」
「……わかった」
一瞬、彼がためらうような顔を見せた。しかし、恥ずかしがっている場合でない、と私が覚悟を決めているのが伝わったようで、セユンは私の前で真剣な顔になり跪く。
――それはまるで貴婦人に騎士が礼を尽くしているような姿勢だ。
布で身体を覆っているとはいえ、至近距離の男に自分の足を触られることに緊張して、今までとは違う緊張に意識が飛んでいきそうになる。
素足を異性に見せたことのない人間にとって、足に触れられるということは、裸を手でまさぐられるのと同じこと。
息がかかりそうになるくらいの距離に彼の顔がある。恥ずかしいし、くすぐったい。
それに、臭いとか思われたらどうしようと思うと冷や汗もでてしまう。
丁寧に真剣に自分の足を見つめている彼に、思いがけなく自分の息も上がりそうで、じっと息を噛み殺した。
この人が私を綺麗だとか、可愛いとか言えるのは、美術品が美しいとかそういうのと一緒であって、恋愛感情が伴っているわけではない。
こんな、恋人同士のような触れ方をされているのに意識してしまうのは、そんな気のない相手にとっても失礼でしかないから。
だから、私の心は無になればいい。
そう自分に言い聞かせて大きく息を吐いた。
ストッキングを穿き終わると同時に別室で補修作業をしていたリリンがドレスを持って飛んできた。
「レティエさん! ドレスできたわ」
「ありがとうございます」
ナイトドレスは元々室内着。一人でも着脱しやすくできているから、それこそ瞬時に着替えられる。
「さぁ、行っておいで。俺たちのドレスをよろしく」
「はい!」
セユンに背中を軽く押される。身体がそれだけで軽く感じられてどこまででも歩いて行けそうな気がした。
どこか吹っ切れた気がする。
このドレスは、自分を好きになれるためのもの。自分の身体を愛するためのもの。
そして思う人にそんな自分を見られて、それすら自分の美の糧にするのだ。
ドアを開いて広間の中に入ると、視線が自分に集中したのが分かる。
みんながこんな私を見てため息をついている。
それまでの二着は、ただ人形のようにただ着せられて、歩いていただけだった。
しかし今の自分は、このドレスを着こなしている、そうとすら思えた。
誰かが漏らした「綺麗だわ……」の声に、自然と笑顔が出る。
ああ、私は服を見てもらうための存在ではなく、生き様を提案するための見本であり、存在なのね。
その瞬間、ブティックプリメールの皆が、何を目指しているのかがなんとなく見えた気がした。
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