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第22話 安堵
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◇◇◇
ショーが終わった後はブティック店舗のスタッフとお針子がやってきて片付けを手伝ってくれたり、衣装の損耗の確認やその場でされたオーダーや予約のチェックなどがある。
私でも荷物運び程度はできるのでそのままブティック店舗の方に来ていたのだが、検品していたクロエが悲鳴を上げた。
「レティエ!! ドレスを破いたなんて、どうして誰か来るのを待てなかったの!」
私がドレスを破いて無理に脱いだのが今、発覚したらしい。
ショーの高揚感ですっかりそのことを忘れていた私は「すみませんでしたっ」と慌てて頭を下げた。
その私の頭をセユンがぽん、と軽く叩く。
「いや、あの状況では正しい判断だよ」
「そうよ。縫い目を切り離してくれているから、縫い直せば大丈夫だし布も傷んでないしね。脱ぐのが難しいドレスを、破いてでも一人で脱げたのがすごいわ」
リリンも口をそろえて私をかばってくれた。
ショーの最中は時間がないということクロエだってわかっているだろう。なぜ私がドレスを傷めてでも無理に脱いだのかも、クロエは理解しているはずだ。
クロエは私が破いたドレスを握りしめている。
クロエは自分のデザインしたドレスを損なわれたことが悔しかったのだろうか。感情が理解できないというのなら彼女の気持ちはわかるし、仕方がなかったとはいえ申し訳なかったと思う。
もう一度ちゃんと謝ろうと思ったその時、扉が元気よく開いた。
「お疲れ様ですぅ~。無事、姪っこ産まれましたぁ」
目の下にくまを作り、どこかよれたような様子で現れたのはサティだ。いつも以上に強い癖毛の赤髪が広がっている気がするけれど、それは身なりに気遣う気力もなかったのかもしれない。
「うわあ、生まれたのは女の子だったのね。お祝いしなきゃ」
「おめでとうございます! 妹さんにお疲れ様って伝えてね」
ブティック店舗の店員はほぼ女性である。集まっていた中には子持ちの人もいる。皆がわっと盛り上がってサティを取り巻いて口々に寿いでいるのは、自分たちの経験を思い出しているのだろうか。
「ショーはどうでした? そっちも無事終わりました?」
「聞いてくれよ、サティ~。大変だったんだよぉ~」
やはりサティはこちらのことも気にしてくれていたようだ。そんなサティに泣きつくかのようにして、ハプニングのあらましをセユンが訴えている。いい歳をした大の男がそうしているというのにどこか微笑ましいのは、普段のセユンの行動のせいだろう。彼の方が年上だというのに、なぜかお針子衆にはあやされているようにしか見えない。
「もうレティエくん、偉かったんだよ……ショーが止まりそうになって俺の方が泣きそうになってたのに、きりっとして『私はモデルですから』って迷わずっ! 俺なんかにっ! ストッキング履かせさせたんだよ。恥ずかしかっただろうに。もうプロ意識の高さに感動してさぁ……」
「わかった、わかりましたから、セユンさん落ち着いて」
サティは苦笑いをしているが、ショーが成功を収めたことに関してはほっとしたようだ。
自分がいない穴の大きさを知っているからこそ、疲れているだろうに今、ここに駆けつけてくれたのだろうから。
安心したようなサティの笑みを見てたら、ようやく終わったんだ、と今さら安堵の気持ちがわいてきた。しかし。
「あ、あの、セユンさん、恥ずかしいんでもうやめてください……」
彼からしたら、私の行動は滅私奉公的に感じられたのだろうけれど、女視点からしたら慎みのないふしだらな女と受け取られてもおかしくない行為なのだ。特に父に聞かれたらと思うと恐ろしい。
あの時、セユンが泣きそうになっていたなんて気づかなかった。確かに顔はこわばっていたので、内心パニックを起こしていたのだろう。顔に出さないのはさすがだと思うが。
私はサティに近づくとほほ笑んだ。
「サティさん、妹さんにご出産おめでとうございます。サティさんもお疲れ様です」
「ありがとね、レティエさん。大人しそうなのに舞台度胸あるのね、見直したわ」
サティが眼鏡の奥のつぶらな瞳をぱちぱちさせて褒めてくれて、とても嬉しくなる。そのままサティは注文台帳の方に手を伸ばして中を確認をし始めた。
そして、ほほぉ、と唸るとにやりと笑う。
「ナイトドレスがやはり火ぃ、着きましたか」
「金銭的にはそっちより来シーズンのイブニングドレスにオーダーが出てほしいけどね。一着だけでも儲けが段違いだから」
「トリにナイトドレスを持ってきておいて、何言ってるんですかい」
一番最後は客に印象を強く与えるから、ラストに一番売りたいものを持ってくるのがショーの構成の基本だそうだ。つまり、今回は足を見せるスリットのついたナイトドレスがメインだ。
少し不服そうなクロエに、セユンが首を振る。
「新しい流行の仕込みをしてるってことで、未来の投資と割り切ってくれ」
「ストッキングも伸びそうよね。今まで技術的に難があったけれど技術者が育ってきているから、今後量産は可能になってくると思うの」
三人の話にリリンも参加して話しこんでいる。
大人たちがお金の話をしている間、私は休憩時間や終了後に聞き込みしていた内容について考えをまとめようか、と、視線を床に向けて目を閉じた。
ショーが終わった後はブティック店舗のスタッフとお針子がやってきて片付けを手伝ってくれたり、衣装の損耗の確認やその場でされたオーダーや予約のチェックなどがある。
私でも荷物運び程度はできるのでそのままブティック店舗の方に来ていたのだが、検品していたクロエが悲鳴を上げた。
「レティエ!! ドレスを破いたなんて、どうして誰か来るのを待てなかったの!」
私がドレスを破いて無理に脱いだのが今、発覚したらしい。
ショーの高揚感ですっかりそのことを忘れていた私は「すみませんでしたっ」と慌てて頭を下げた。
その私の頭をセユンがぽん、と軽く叩く。
「いや、あの状況では正しい判断だよ」
「そうよ。縫い目を切り離してくれているから、縫い直せば大丈夫だし布も傷んでないしね。脱ぐのが難しいドレスを、破いてでも一人で脱げたのがすごいわ」
リリンも口をそろえて私をかばってくれた。
ショーの最中は時間がないということクロエだってわかっているだろう。なぜ私がドレスを傷めてでも無理に脱いだのかも、クロエは理解しているはずだ。
クロエは私が破いたドレスを握りしめている。
クロエは自分のデザインしたドレスを損なわれたことが悔しかったのだろうか。感情が理解できないというのなら彼女の気持ちはわかるし、仕方がなかったとはいえ申し訳なかったと思う。
もう一度ちゃんと謝ろうと思ったその時、扉が元気よく開いた。
「お疲れ様ですぅ~。無事、姪っこ産まれましたぁ」
目の下にくまを作り、どこかよれたような様子で現れたのはサティだ。いつも以上に強い癖毛の赤髪が広がっている気がするけれど、それは身なりに気遣う気力もなかったのかもしれない。
「うわあ、生まれたのは女の子だったのね。お祝いしなきゃ」
「おめでとうございます! 妹さんにお疲れ様って伝えてね」
ブティック店舗の店員はほぼ女性である。集まっていた中には子持ちの人もいる。皆がわっと盛り上がってサティを取り巻いて口々に寿いでいるのは、自分たちの経験を思い出しているのだろうか。
「ショーはどうでした? そっちも無事終わりました?」
「聞いてくれよ、サティ~。大変だったんだよぉ~」
やはりサティはこちらのことも気にしてくれていたようだ。そんなサティに泣きつくかのようにして、ハプニングのあらましをセユンが訴えている。いい歳をした大の男がそうしているというのにどこか微笑ましいのは、普段のセユンの行動のせいだろう。彼の方が年上だというのに、なぜかお針子衆にはあやされているようにしか見えない。
「もうレティエくん、偉かったんだよ……ショーが止まりそうになって俺の方が泣きそうになってたのに、きりっとして『私はモデルですから』って迷わずっ! 俺なんかにっ! ストッキング履かせさせたんだよ。恥ずかしかっただろうに。もうプロ意識の高さに感動してさぁ……」
「わかった、わかりましたから、セユンさん落ち着いて」
サティは苦笑いをしているが、ショーが成功を収めたことに関してはほっとしたようだ。
自分がいない穴の大きさを知っているからこそ、疲れているだろうに今、ここに駆けつけてくれたのだろうから。
安心したようなサティの笑みを見てたら、ようやく終わったんだ、と今さら安堵の気持ちがわいてきた。しかし。
「あ、あの、セユンさん、恥ずかしいんでもうやめてください……」
彼からしたら、私の行動は滅私奉公的に感じられたのだろうけれど、女視点からしたら慎みのないふしだらな女と受け取られてもおかしくない行為なのだ。特に父に聞かれたらと思うと恐ろしい。
あの時、セユンが泣きそうになっていたなんて気づかなかった。確かに顔はこわばっていたので、内心パニックを起こしていたのだろう。顔に出さないのはさすがだと思うが。
私はサティに近づくとほほ笑んだ。
「サティさん、妹さんにご出産おめでとうございます。サティさんもお疲れ様です」
「ありがとね、レティエさん。大人しそうなのに舞台度胸あるのね、見直したわ」
サティが眼鏡の奥のつぶらな瞳をぱちぱちさせて褒めてくれて、とても嬉しくなる。そのままサティは注文台帳の方に手を伸ばして中を確認をし始めた。
そして、ほほぉ、と唸るとにやりと笑う。
「ナイトドレスがやはり火ぃ、着きましたか」
「金銭的にはそっちより来シーズンのイブニングドレスにオーダーが出てほしいけどね。一着だけでも儲けが段違いだから」
「トリにナイトドレスを持ってきておいて、何言ってるんですかい」
一番最後は客に印象を強く与えるから、ラストに一番売りたいものを持ってくるのがショーの構成の基本だそうだ。つまり、今回は足を見せるスリットのついたナイトドレスがメインだ。
少し不服そうなクロエに、セユンが首を振る。
「新しい流行の仕込みをしてるってことで、未来の投資と割り切ってくれ」
「ストッキングも伸びそうよね。今まで技術的に難があったけれど技術者が育ってきているから、今後量産は可能になってくると思うの」
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