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第34話 葬式
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おばあ様が亡くなったことと仕事をしばらく休むということ、忙しい時期に申し訳ないという謝罪を走り書きしたものを用意すると、自分でモナード伯爵家にまで走った。
誰かに持たせることも考えたが、私がモナード伯爵家ゆかりの場所で仕事をしていることは、ミレーヌしか知らないのだ。使用人たちは『なんか外でお嬢様が働いている』くらいしか気づいていないだろう。
まだ早い時間だったが、今回の夜警の番人の中には顔見知りのジョンがいて慌てて使用人門を開けてくれようとした。
私は首を振ってそうではないことを伝えると、柵越しに持ってきた手紙を彼に押し付けながら、祖母の死を彼に伝えた。
私がよほど憔悴した顔をしていたのか、ジョンの気の毒そうな顔と、たどたどしいお悔みの言葉に胸が締め付けられるような気持ちになる。
確かに身なりに気を使うこともできなかったけれど、人の見た目は他の人に対して、いい意味でも悪い意味でも影響を与えるものなのだなと実感してしまった。
おばあ様のお葬式は我が家で行うことになった。
ひっそりと暮らしていたとはいえ、あの小さな邸には弔問客は入りきらないだろうから。
貴族の場合は、葬式ですら社交の場になる。
事業をしている父の場合も例に漏れず、人がたくさん訪れた。
「そこまでしなくてもいいのよ?」
喪服だけでなく、ベールで顔も隠そうとした私を母は慌てて止めようとしてくる。それをするのは既婚女性の風習だから、まだ未婚の私がするのは確かにおかしいことなのだ。
しかし弔問客の中にモデルとして働く私に見覚えがある人がいるかもしれないと思うと、それくらいはしておかないと不安になるのだ。
「いえ、おばあ様が亡くなって泣いて腫れた顔を見せたくないから、私も顔にベールをかけます」
「あら、そうなの……? わかったわ」
ミレーヌがそうフォローを入れて、私と同じようにベールで顔を隠せば、母はいぶかしがりながらも納得してくれた。そして彼女の言葉に感じるところがあったのか、母が心配そうに私の髪を撫でる。
「貴方とおばあ様は仲良しだったから、貴方が一番苦しいかもしれないわね」
「いいえ、実の母親を喪ったお父様こそが悲しいと思います。どうかお母様からお父様をお慰めください」
「どうして貴方が言わないの?」
「私が言うより、お母さまが言う方が喜ばれると思うから……」
父は何も言わないで朝から忙しく立ち働いているが、そうしないと悲しみに崩れてしまうからかもしれない。
おばあ様にゆっくりお別れをすることはできるのだろうか、と見てて不安になるくらいだ。
「雨……」
霧のような雨が降ってきて、気温が一気に下がってきた。まるでそれは父の心を表しているようだと勝手に思ってしまった。悲しいからといって、涙を流すだけが悲しさを表しているわけではない。
いつもより丸まった背中が、父の悲しみを表しているようだ。
「ケンウッド前侯爵様がいらしてるから、ご挨拶なさい」
「ケンウッド……?」
聞き覚えがある家名なのだが、あまり人付き合いをしているわけでもなく、社交界デビューもまだの自分には誰のことかとピンと来なくて考えこんでしまった。
「ウィルおじ様のことよ」
「ああ!」
そういう言われ方をすればすぐにわかる。
ちゃんと家名を覚えていなかったことを悟られないように咳払いをしてごまかした。
普段はお会いすることがない御方だけれど、成長の節目にはお祝いを贈ってくださる血縁はないけれど、遠い親戚のようなお方。
数回しかお会いしたことがないがダンディという言葉が似合う素敵なおじい様で我が家のメイドの中にもファンが多かった。
目の前に立つ小柄な男性は私たちを見て懐かしそうに目を細める。
「お久しぶり。2人とも大きくなったねえ。最後に会ったのは……ヘンリーの葬式の時か。嫌だね、歳をとると友人の訃報の時しか顔を合わせることがなくなる」
おじい様のお葬式は5年くらい前だろうか。
その時より腰が曲がってしまっているような気がするウィルおじ様に、私とミレーヌはそろって礼を述べた。
「本日はお越しいただきありがとうございます」
「当たり前だよ。彼女は私の古い友人でもあるのだから」
おばあ様の縁でウィルおじ様は私たちの名づけ親になってくれたらしい。
今は引退されているが、当時はまだ侯爵という地位の高かった方が、たかだか男爵家の娘の私やミレーヌの後見人でもあるのだ。
名づけ親に代父母……貴族は生まれ落ちた瞬間に血の繋がりだけでない様々な親を与えられる。それは実の親がいなくなった時の保険であり、後見人でもあるのだ。単に名前を付けてもらっただけでもないし、名付け親が何人もいる人もいる。
そしてそれが多ければ多いほど、身分が高いほど、その子の未来は確立される。
たかだか男爵の子女だとしてもそれは同じで、その子がたとえ普段は平民以下の困窮した暮らしをしていたとしても、いざとなった時は貴族として生まれついた者の特権とも横の繋がりとも言われる貴族籍の保証をしてくれるのだ。
皮肉なものね。普段は貴族ということを不要として生きているのに。
そう、冷ややかに思ってしまう。
貴族であることを自意識として生きてる貴族はどれくらいいるのだろう。
こういう慶事や弔事の時、私たちは貴族なのだ、と改めて自分の足場を噛みしめさせられる気持ちになった。
弔問客が帰り、人であふれていた屋敷の中の人口密度が減ると、唐突にガランとした感じになってしまう。ようやく落ち着いてお茶でも用意しようかと思っていたら、玄関に誰かが来る音がした。耳をそばだてていれば使用人ではなく父が自ら出迎えているようた。
遅れてきた弔問客だろうかと思えばどうも話し声の様子からしてそれも違うようだ。
「雨の中、ありがとうございます」
応接間に通されたその人に、誰かしらと思いつつも我関せずと思っていたら、私たち他の家族までその場所に来るように言われてしまった。
応接間の椅子に腰を落ち着ければ、父からおばあ様の遺言状を預かっていた公証人の方だと紹介される。
彼は皆の前でおばあ様の字が書かれたその書を開封し目を通すと、はきはきとした声で内容を告げた。
「クローデット男爵と、パーマー家のご令嬢に相続権が発生しております」
誰かに持たせることも考えたが、私がモナード伯爵家ゆかりの場所で仕事をしていることは、ミレーヌしか知らないのだ。使用人たちは『なんか外でお嬢様が働いている』くらいしか気づいていないだろう。
まだ早い時間だったが、今回の夜警の番人の中には顔見知りのジョンがいて慌てて使用人門を開けてくれようとした。
私は首を振ってそうではないことを伝えると、柵越しに持ってきた手紙を彼に押し付けながら、祖母の死を彼に伝えた。
私がよほど憔悴した顔をしていたのか、ジョンの気の毒そうな顔と、たどたどしいお悔みの言葉に胸が締め付けられるような気持ちになる。
確かに身なりに気を使うこともできなかったけれど、人の見た目は他の人に対して、いい意味でも悪い意味でも影響を与えるものなのだなと実感してしまった。
おばあ様のお葬式は我が家で行うことになった。
ひっそりと暮らしていたとはいえ、あの小さな邸には弔問客は入りきらないだろうから。
貴族の場合は、葬式ですら社交の場になる。
事業をしている父の場合も例に漏れず、人がたくさん訪れた。
「そこまでしなくてもいいのよ?」
喪服だけでなく、ベールで顔も隠そうとした私を母は慌てて止めようとしてくる。それをするのは既婚女性の風習だから、まだ未婚の私がするのは確かにおかしいことなのだ。
しかし弔問客の中にモデルとして働く私に見覚えがある人がいるかもしれないと思うと、それくらいはしておかないと不安になるのだ。
「いえ、おばあ様が亡くなって泣いて腫れた顔を見せたくないから、私も顔にベールをかけます」
「あら、そうなの……? わかったわ」
ミレーヌがそうフォローを入れて、私と同じようにベールで顔を隠せば、母はいぶかしがりながらも納得してくれた。そして彼女の言葉に感じるところがあったのか、母が心配そうに私の髪を撫でる。
「貴方とおばあ様は仲良しだったから、貴方が一番苦しいかもしれないわね」
「いいえ、実の母親を喪ったお父様こそが悲しいと思います。どうかお母様からお父様をお慰めください」
「どうして貴方が言わないの?」
「私が言うより、お母さまが言う方が喜ばれると思うから……」
父は何も言わないで朝から忙しく立ち働いているが、そうしないと悲しみに崩れてしまうからかもしれない。
おばあ様にゆっくりお別れをすることはできるのだろうか、と見てて不安になるくらいだ。
「雨……」
霧のような雨が降ってきて、気温が一気に下がってきた。まるでそれは父の心を表しているようだと勝手に思ってしまった。悲しいからといって、涙を流すだけが悲しさを表しているわけではない。
いつもより丸まった背中が、父の悲しみを表しているようだ。
「ケンウッド前侯爵様がいらしてるから、ご挨拶なさい」
「ケンウッド……?」
聞き覚えがある家名なのだが、あまり人付き合いをしているわけでもなく、社交界デビューもまだの自分には誰のことかとピンと来なくて考えこんでしまった。
「ウィルおじ様のことよ」
「ああ!」
そういう言われ方をすればすぐにわかる。
ちゃんと家名を覚えていなかったことを悟られないように咳払いをしてごまかした。
普段はお会いすることがない御方だけれど、成長の節目にはお祝いを贈ってくださる血縁はないけれど、遠い親戚のようなお方。
数回しかお会いしたことがないがダンディという言葉が似合う素敵なおじい様で我が家のメイドの中にもファンが多かった。
目の前に立つ小柄な男性は私たちを見て懐かしそうに目を細める。
「お久しぶり。2人とも大きくなったねえ。最後に会ったのは……ヘンリーの葬式の時か。嫌だね、歳をとると友人の訃報の時しか顔を合わせることがなくなる」
おじい様のお葬式は5年くらい前だろうか。
その時より腰が曲がってしまっているような気がするウィルおじ様に、私とミレーヌはそろって礼を述べた。
「本日はお越しいただきありがとうございます」
「当たり前だよ。彼女は私の古い友人でもあるのだから」
おばあ様の縁でウィルおじ様は私たちの名づけ親になってくれたらしい。
今は引退されているが、当時はまだ侯爵という地位の高かった方が、たかだか男爵家の娘の私やミレーヌの後見人でもあるのだ。
名づけ親に代父母……貴族は生まれ落ちた瞬間に血の繋がりだけでない様々な親を与えられる。それは実の親がいなくなった時の保険であり、後見人でもあるのだ。単に名前を付けてもらっただけでもないし、名付け親が何人もいる人もいる。
そしてそれが多ければ多いほど、身分が高いほど、その子の未来は確立される。
たかだか男爵の子女だとしてもそれは同じで、その子がたとえ普段は平民以下の困窮した暮らしをしていたとしても、いざとなった時は貴族として生まれついた者の特権とも横の繋がりとも言われる貴族籍の保証をしてくれるのだ。
皮肉なものね。普段は貴族ということを不要として生きているのに。
そう、冷ややかに思ってしまう。
貴族であることを自意識として生きてる貴族はどれくらいいるのだろう。
こういう慶事や弔事の時、私たちは貴族なのだ、と改めて自分の足場を噛みしめさせられる気持ちになった。
弔問客が帰り、人であふれていた屋敷の中の人口密度が減ると、唐突にガランとした感じになってしまう。ようやく落ち着いてお茶でも用意しようかと思っていたら、玄関に誰かが来る音がした。耳をそばだてていれば使用人ではなく父が自ら出迎えているようた。
遅れてきた弔問客だろうかと思えばどうも話し声の様子からしてそれも違うようだ。
「雨の中、ありがとうございます」
応接間に通されたその人に、誰かしらと思いつつも我関せずと思っていたら、私たち他の家族までその場所に来るように言われてしまった。
応接間の椅子に腰を落ち着ければ、父からおばあ様の遺言状を預かっていた公証人の方だと紹介される。
彼は皆の前でおばあ様の字が書かれたその書を開封し目を通すと、はきはきとした声で内容を告げた。
「クローデット男爵と、パーマー家のご令嬢に相続権が発生しております」
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