【完結】色素も影も薄い私を美の女神と誤解する彼は、私を溺愛しすぎて困らせる。

すだもみぢ

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第42話 裏切り

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 ああ、あんなに忙しい人がチェリー先生なら、新作早く読みたいなんて言うんじゃなかった。

 訳の分からない罪悪感に囚われて、思考のつじつまが合わなくなっていた私の耳に、誰かの足音が届いた。
 今度は聞き覚えのある足音で、ふらつく足で扉に駆け寄るとそれを開ける。
 誰かと思ったら、クロエだった。
 目の前の扉を扉を開けられて驚いたのか、クロエは動きを止めてこちらを見ている。恐怖を感じている時に知っている人の顔を見たらほっとして、膝から崩れ落ちそうになる。

「貴方、何しているの?」
「クロエさん! 大変です! 誰かが来て、金庫が荒らされて……! 早く衛兵を!」
「はいはい、落ち着いて」

 私は慌てながら事体を説明しようとしているのに、どうしたのだろう。なぜかクロエはにこやかだ。 
 不審者のことを伝えたのに警戒して外に出るでもなく、そのまま中に入ろうとさえしてくる。
 私の言ったことを信じてくれないのかと、彼女を押しとどめようとして、その余裕さに違和感を感じた。 

 ……違う。
 
 この人のこの態度は、ここで起きたことを知っているからでは……?
 私の中で疑惑がむくむくと大きくなる。

 伯爵邸内でここの別邸は奥まっていて、外部の人間はほとんど知らないだろう。
 その上、金庫は人目につかない場所で、ここに出入りしていた私ですら知らなかった。
 なおかつ、相手は他のものを物色せず、まっすぐに金庫にだけ向かい、目的のものだけを得たら即座に退散していた。

 ――もしかして賊を引き込んだのはこの人……?

 私が彼女から離れ、思わず後ずさりをしたら、クロエはにたり、と笑った。

「安心しなさい。貴方には何もしないであげる。ここで貴方が何も見なかったことにしてくれるのならね。あの金庫は元々伯爵家のものだから、私では開け方がわからなかったからね。重すぎるから持ち出せないし」
 
「……っ!?」

 やはり、先ほどの人物にこの場所を教え、金庫破りをさせたのはこの人だったのだ。私がひるんだ隙にクロエは中に強引に入りこんだが、彼女が奥の部屋に入る前に、私は彼女の腕を掴み、そこの扉を強引に閉めた。

「どうして……どうしてセユンさんを裏切るようなことを……」
「見切りをつけたからよ。セユン……ジェームズにね。あいつはもうおしまいだわ」
「……こんなことをして、これからクロエさんはどうするんですか?」
「さぁね? プリメールもおしまいなのは事実よね。デザインをライバルブティックに盗まれてしまったのだから」

 勝ち誇ったように言う彼女の立ち位置はなんだろう。ライバルと内通しているということを私にすら隠さないその様子が不気味だった。

「なんでそんなことまで私に言うんですか……?」

 要らない情報までこの人は口にしている。口封じに殺されるかもしれない。そう思って怯えた表情の私が愉快なのか、心底おかしそうに笑われた。
 それはまるで捕まえたネズミをいたぶって遊ぶ猫のような仕草だった。

「だって、貴方、知ったからってなぁんにもできないでしょう? ただ泣いて、怯えて震えるしかできないおこちゃまだもの」
 
 侮られているだけで、殺意は感じない。とりあえず命の危険は感じないにしても、警戒を怠ることなんてできない。

「貴方は私に何をされても逆らえなかったくせに。骨の髄まで負け犬精神が染みついてんのよ。だからせいぜい私がいなくなってから皆に訴えるくらいしかできない。それに今ここで、貴方が私を訴えでたとしても、誰が信じると思う? セユンに気に入られて雇われたってだけで、貴方はプリメールに必要な人間ではないもの。それに比べて私はプリメールに必要とされる存在。貴方とは言葉の重みが違うわ」
「貴方はプリメールに必要な人間というなら、なんで今、ここで裏切るんですか!? セユンさんに見切りをつけてもプリメールに見切りをつける必要はないじゃないですか」

 彼女の前にあえて立って行く手を阻む。質問に答えなければ通さないというように。

「ジェームズが憎いからよ。だからあいつの大事なものを全部壊したい」 
 
 クロエは小さく舌打ちをすると、あっさりと答えてくれた。

「最近、あいつ、何かとつけて私に意見して歯向かってくるのよ。小さいことから大きいことまで何もかも嫌がらせみたいに。私がいないと何もできないくせに……そうね、貴方をここに雇ったこともそうだったわね」

 私を眺めるとなぜか優し気な笑顔を見せる。

「私は彼に全てを捧げたわ。彼と添い遂げたかったけれどそれもできなくなった。それでも他の誰の事も見ないで、彼の側にずっといることを私は選んだのに……。私を捨てたのは彼の方なのよ。だから彼はこんな仕打ちをされるのが当然。私は悪くない」
「…………」

 勝手な言い分だ。
 しかしそこを突いて責めるのは私がすべきではない。それは彼女とセユンの問題だから。
 
「貴方はセユンさんが好きで、結婚したかったんですね?」

 クロエの言葉に引っかかる部分を先に追及するだけだ。

「なぜ、貴方は騎士にならない道を選んだんですか?」

 直球を投げた私の言葉に、クロエの眉がしかめられる。

「リリンさんから聞きました。貴方は昔、騎士見習いで幼い時から剣をふるっていて、セユンさんより才能があったと。騎士になる道も選べましたよね? 貴方ならできなくはなかったはずなのに」
 
 なぜそちらの道を選ばず、今、ブティックに関わっているのだろう。元々デザインとファッションをやりたかったというセユンと違い、クロエにはブティックにいる必要性が見えない。
 
「リリンたら、本当に貴方びいきね。どうせ私の悪口でも吹き込まれたのでしょうね。……騎士なんて、女がいつまでもできる仕事だと思う? いつかは男に超えられてしまうのよ。結婚して妊娠でもしたら引退しなくてはならないし」
「それは、貴方には自分の限界が見えていたということですか?」
「まぁね、恥ずかしながら……それに、私の父は騎士として戦地で死んだの。そんなことには絶対なりたくなかった……死を恐れてどこが悪いの?」
「それを覚悟の上で騎士という道を選んでいたのではないんですか?」
「父の死で怖気づいてしまったのよ。それに騎士になるのが当たり前の家に生まれついてしまっただけで、私は自分が騎士になりたいわけじゃなかったの。才能があったからといって、それがしたいこととは限らないでしょ……世の中はね、黙っていれば誰かが守ってくれる貴族ような人ばかりじゃないのよ。平民なら自分で戦わなければならないじゃない」

 クロエはなぜか饒舌だ。
 まるで彼女の中の何かをごまかしたいみたいに。

「いえ、違います……貴方は守られる立場の貴族だったはず……ですよ?」

 しかし、私は騙されない。
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