【完結】色素も影も薄い私を美の女神と誤解する彼は、私を溺愛しすぎて困らせる。

すだもみぢ

文字の大きさ
45 / 60

第42話 裏切り

しおりを挟む
 ああ、あんなに忙しい人がチェリー先生なら、新作早く読みたいなんて言うんじゃなかった。

 訳の分からない罪悪感に囚われて、思考のつじつまが合わなくなっていた私の耳に、誰かの足音が届いた。
 今度は聞き覚えのある足音で、ふらつく足で扉に駆け寄るとそれを開ける。
 誰かと思ったら、クロエだった。
 目の前の扉を扉を開けられて驚いたのか、クロエは動きを止めてこちらを見ている。恐怖を感じている時に知っている人の顔を見たらほっとして、膝から崩れ落ちそうになる。

「貴方、何しているの?」
「クロエさん! 大変です! 誰かが来て、金庫が荒らされて……! 早く衛兵を!」
「はいはい、落ち着いて」

 私は慌てながら事体を説明しようとしているのに、どうしたのだろう。なぜかクロエはにこやかだ。 
 不審者のことを伝えたのに警戒して外に出るでもなく、そのまま中に入ろうとさえしてくる。
 私の言ったことを信じてくれないのかと、彼女を押しとどめようとして、その余裕さに違和感を感じた。 

 ……違う。
 
 この人のこの態度は、ここで起きたことを知っているからでは……?
 私の中で疑惑がむくむくと大きくなる。

 伯爵邸内でここの別邸は奥まっていて、外部の人間はほとんど知らないだろう。
 その上、金庫は人目につかない場所で、ここに出入りしていた私ですら知らなかった。
 なおかつ、相手は他のものを物色せず、まっすぐに金庫にだけ向かい、目的のものだけを得たら即座に退散していた。

 ――もしかして賊を引き込んだのはこの人……?

 私が彼女から離れ、思わず後ずさりをしたら、クロエはにたり、と笑った。

「安心しなさい。貴方には何もしないであげる。ここで貴方が何も見なかったことにしてくれるのならね。あの金庫は元々伯爵家のものだから、私では開け方がわからなかったからね。重すぎるから持ち出せないし」
 
「……っ!?」

 やはり、先ほどの人物にこの場所を教え、金庫破りをさせたのはこの人だったのだ。私がひるんだ隙にクロエは中に強引に入りこんだが、彼女が奥の部屋に入る前に、私は彼女の腕を掴み、そこの扉を強引に閉めた。

「どうして……どうしてセユンさんを裏切るようなことを……」
「見切りをつけたからよ。セユン……ジェームズにね。あいつはもうおしまいだわ」
「……こんなことをして、これからクロエさんはどうするんですか?」
「さぁね? プリメールもおしまいなのは事実よね。デザインをライバルブティックに盗まれてしまったのだから」

 勝ち誇ったように言う彼女の立ち位置はなんだろう。ライバルと内通しているということを私にすら隠さないその様子が不気味だった。

「なんでそんなことまで私に言うんですか……?」

 要らない情報までこの人は口にしている。口封じに殺されるかもしれない。そう思って怯えた表情の私が愉快なのか、心底おかしそうに笑われた。
 それはまるで捕まえたネズミをいたぶって遊ぶ猫のような仕草だった。

「だって、貴方、知ったからってなぁんにもできないでしょう? ただ泣いて、怯えて震えるしかできないおこちゃまだもの」
 
 侮られているだけで、殺意は感じない。とりあえず命の危険は感じないにしても、警戒を怠ることなんてできない。

「貴方は私に何をされても逆らえなかったくせに。骨の髄まで負け犬精神が染みついてんのよ。だからせいぜい私がいなくなってから皆に訴えるくらいしかできない。それに今ここで、貴方が私を訴えでたとしても、誰が信じると思う? セユンに気に入られて雇われたってだけで、貴方はプリメールに必要な人間ではないもの。それに比べて私はプリメールに必要とされる存在。貴方とは言葉の重みが違うわ」
「貴方はプリメールに必要な人間というなら、なんで今、ここで裏切るんですか!? セユンさんに見切りをつけてもプリメールに見切りをつける必要はないじゃないですか」

 彼女の前にあえて立って行く手を阻む。質問に答えなければ通さないというように。

「ジェームズが憎いからよ。だからあいつの大事なものを全部壊したい」 
 
 クロエは小さく舌打ちをすると、あっさりと答えてくれた。

「最近、あいつ、何かとつけて私に意見して歯向かってくるのよ。小さいことから大きいことまで何もかも嫌がらせみたいに。私がいないと何もできないくせに……そうね、貴方をここに雇ったこともそうだったわね」

 私を眺めるとなぜか優し気な笑顔を見せる。

「私は彼に全てを捧げたわ。彼と添い遂げたかったけれどそれもできなくなった。それでも他の誰の事も見ないで、彼の側にずっといることを私は選んだのに……。私を捨てたのは彼の方なのよ。だから彼はこんな仕打ちをされるのが当然。私は悪くない」
「…………」

 勝手な言い分だ。
 しかしそこを突いて責めるのは私がすべきではない。それは彼女とセユンの問題だから。
 
「貴方はセユンさんが好きで、結婚したかったんですね?」

 クロエの言葉に引っかかる部分を先に追及するだけだ。

「なぜ、貴方は騎士にならない道を選んだんですか?」

 直球を投げた私の言葉に、クロエの眉がしかめられる。

「リリンさんから聞きました。貴方は昔、騎士見習いで幼い時から剣をふるっていて、セユンさんより才能があったと。騎士になる道も選べましたよね? 貴方ならできなくはなかったはずなのに」
 
 なぜそちらの道を選ばず、今、ブティックに関わっているのだろう。元々デザインとファッションをやりたかったというセユンと違い、クロエにはブティックにいる必要性が見えない。
 
「リリンたら、本当に貴方びいきね。どうせ私の悪口でも吹き込まれたのでしょうね。……騎士なんて、女がいつまでもできる仕事だと思う? いつかは男に超えられてしまうのよ。結婚して妊娠でもしたら引退しなくてはならないし」
「それは、貴方には自分の限界が見えていたということですか?」
「まぁね、恥ずかしながら……それに、私の父は騎士として戦地で死んだの。そんなことには絶対なりたくなかった……死を恐れてどこが悪いの?」
「それを覚悟の上で騎士という道を選んでいたのではないんですか?」
「父の死で怖気づいてしまったのよ。それに騎士になるのが当たり前の家に生まれついてしまっただけで、私は自分が騎士になりたいわけじゃなかったの。才能があったからといって、それがしたいこととは限らないでしょ……世の中はね、黙っていれば誰かが守ってくれる貴族ような人ばかりじゃないのよ。平民なら自分で戦わなければならないじゃない」

 クロエはなぜか饒舌だ。
 まるで彼女の中の何かをごまかしたいみたいに。

「いえ、違います……貴方は守られる立場の貴族だったはず……ですよ?」

 しかし、私は騙されない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

冷遇された聖女の結末

菜花
恋愛
異世界を救う聖女だと冷遇された毛利ラナ。けれど魔力慣らしの旅に出た途端に豹変する同行者達。彼らは同行者の一人のセレスティアを称えラナを貶める。知り合いもいない世界で心がすり減っていくラナ。彼女の迎える結末は――。 本編にプラスしていくつかのifルートがある長編。 カクヨムにも同じ作品を投稿しています。

初恋を諦めたあなたが、幸せでありますように

ぽんちゃん
恋愛
『あなたのヒーローをお返しします。末永くお幸せに』  運命の日。  ルキナは婚約者候補のロミオに、早く帰ってきてほしいとお願いしていた。 (私がどんなに足掻いても、この先の未来はわかってる。でも……)  今頃、ロミオは思い出の小屋で、初恋の人と偶然の再会を果たしているだろう。  ロミオが夕刻までに帰ってくれば、サプライズでルキナとの婚約発表をする。  もし帰ってこなければ、ある程度のお金と文を渡し、お別れするつもりだ。  そしてルキナは、両親が決めた相手と婚姻することになる。  ただ、ルキナとロミオは、友人以上、恋人未満のような関係。  ルキナは、ロミオの言葉を信じて帰りを待っていた。  でも、帰ってきたのは護衛のみ。  その後に知らされたのは、ロミオは初恋の相手であるブリトニーと、一夜を共にしたという報告だった――。 《登場人物》  ☆ルキナ(16) 公爵令嬢。  ☆ジークレイン(24) ルキナの兄。  ☆ロミオ(18) 男爵子息、公爵家で保護中。  ★ブリトニー(18) パン屋の娘。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

処理中です...