【完結】色素も影も薄い私を美の女神と誤解する彼は、私を溺愛しすぎて困らせる。

すだもみぢ

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最終話 57話 花園の中で

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 頬にあたる風は冷たいが、その感覚はまろやかに思える。
 以前に同じ道を通った時は、日が当たるところは暑く、風は冷たく、その差が肌に負担に思えたのに。
 同じような気温でも、季節が変わるとこうも違うらしい。

 精霊祭が終わったのは、四日前のこと。
 私はセユンに付き添われて、マレーネ公国の大使館に向かっていた。

「お二方、お久しぶりです」

 前と同じくコータルが出迎えてくれた。
 以前に比べたら、彼が少しかしこまった態度になっているのは否めないかもしれない。
 今回はモナード伯爵であるセユンがチェリー・レイモンドだと知られている上での訪問だ。この大使館で一番身分が高い大使が出迎えの名乗りを上げてくれたのだが、こちらが既に見知り置いているので、とコータルにまた案内をお願いすることになったのだが。

 そんなコータルの緊張をほぐすかのように、私は袋に入れた本を彼に見せる。

「こんにちは。まだお渡しできる段階ではないのですが、見て頂きたくて持ってきました」

 手には約束をしていたマレーネ公国を舞台にしたチェリー・レイモンドの新作のゲラ刷りなるものと、もう1つ、絵本を携えている。
 それはマレーネ公国の神話である、おばあ様があの時に見たと思われる紙芝居を絵本として翻訳しレーズン出版で出したものだ。マレーネ公国の後援もあって、その絵本はよく売れたようだ。特に女の子の家に。

 そしてブティックプリメールがチェリー・レイモンドの今度の新作とタイアップし、マレーネ公国の民族衣装を取り入れたドレスを発表したことから、マレーネ公国が若い女性を中心に注目を浴びることとなった。
 その噂の新作だとわかったのだろう。本を受け取ったコータルの目が輝いた。

「これはこれは。目を通させていただきますね。作中の場所はきっと今後、ファンの方が来るでしょうし」

 さすが外交官だ。この本からどのような経済効果が表れるか勘づいているのだろう。
 今回の本は全部紙でできている。私が以前にレーズン出版の本は高い、と知らず愚痴ったことをセユンは覚えていてくれて、廉価版の文庫シリーズも出すようになっていた。そのおかげで本の発刊ペースが上がり、試作とはいえ今日持ってくることができたのは嬉しい誤算だった。

 コータルは迷いなく私たちを中庭の方に連れて行ってくれる。
 セユンは私を先にどうぞ、と譲ってくれて、後からついてくる。

「ダリアの庭園をご覧になるためにいらっしゃったのでしょう? お茶のご用意をいたしております。後ほどご休憩ください」

 以前の話をちゃんと覚えてくれていたのだ。彼の気遣いに申し訳なくなる。見せてもらえるだけでいいのに。

「お気遣いなく」
「いえいえ、とんでもない。お二人はわが国の観光事業に貢献していただいてる恩人ですから」

 おどけるように言うコータルに思わず笑いが漏れてしまった。
 覚えのある道を通って目を向ければ、一面の色が自分にむかって溢れているようだった。

 以前、緑しかなかった場所は、まるで荒い点描画の世界に紛れ込んだようになっていた。
 あまりにも現実感がなくて、言葉を失う。ここだけ違う世界に繋がったかのように思わされた。
 見とれるというより圧倒されている私たちに、それでは後ほど、と言い置いたコータルがいつの間にかいなくなったことにも気づかなかった。それくらいその光景にのまれていたのだ。

「……綺麗ですね……。おばあ様はこの景色を見ていたのでしょうか」

 ようやくその言葉だけ漏らすと、セユンも低く、そうだな、とだけ答える。
 もちろん半世紀も違う話だし、ここに青銅の天使像はないけれど。
 二人して庭園に歩きながら見入っていたが、気づいたらセユンが私を真剣な目で見つめていた。

「……君にきいてもらいたことがある」
「なんでしょう」

 私は女性にしては背が高い方ではあるけれど、セユンの方がそれよりさらに高いから、彼を見上げてまっすぐに見つめた。
 その彼のハシバミ色の瞳に、私が映っているのが見えた。
 
「俺は貴族である自分を嫌っていた。しかし、俺に伝わっている家門の血を絶やすことや、家にかけられている期待を裏切るほど俺は強くなれなくて、ずっとどっちつかずで迷っていた」

 セユンは少しうつむくようにして、視線を足元に下げる。
 それは彼の言葉通りに何かの迷いを表しているようでもあって、私は彼のその贖罪のような言葉を黙って受け止めていた。

「ずっと選ばなければいけないと思っていた。伯爵である方の俺を。そんな迷ってばかりの俺だったのに君は、そのままでいい、それがすごいことだと笑ってくれた。その時初めて、俺は自分のことをありのままで受け入れて、何かを選ぶ必要がないことを知ったんだ」

 彼が言っているのは、あの時のことだろうか。私が彼のスケッチブックを見て、彼が本当のデザイナーと気づいた時のこと。
 あの疲れ切っていた彼に言ったことは、ちゃんと伝わっていたのだ。

「それでも俺は踏み出せなくて、本当にそれが正しいのか悩んで動けなかった。その結果、クロエがあんなことをして君が傷つけられることになった。俺がもっと早くクロエを見限って動いていればよかったのに……」

 セユンは頭を唐突に下げた。

「すまなかったっ。本当に……っ!」
「セユンさん……」

 もう、何度も謝ってもらっているのに。それに私はこの人を守れただけでも誇らしいのに。
 しかし頭を下げたままの姿勢で彼は言葉を続ける。

「君のおとうさんにも言われたがこれから俺が言うことは、償いのつもりなんかではない。それは信じてほしい」
「はい?」

 父のことが唐突に出てきた。父はセユンに何を言ったのだろう。私がなんのことだろうと困惑していれば、セユンはガバッと顔を上げ、また真剣な顔をして私を見つめてくる。
 その顔はひどく真っ赤で、しかもまるで私を睨んでいるかのようで……正直、怖い。

「俺には君が誰よりも美しく見える。顔の傷があってもなくても、元々君は美しい人だ。君は自分の美しさを知らなかったけれど、俺でなくてもいつかその美しさに気づく存在が出てきたはずなんだ。でも、俺以上に君を美しくする存在はいないと自負している。もっともそのままの君も素晴らしいんだけれどな……。君の側にいると俺自身がどんどん研ぎ澄まされて磨かれていくのがわかるし、君の側にいる俺が好きになれる」

 いきなり褒め殺しが始まった? と混乱していれば、唐突にセユンはその場に跪く。
 それは騎士が片膝を立てて主君から剣を受ける時のような儀礼的なものではない。
 両膝を地面に着いた、まるで祈る時のような姿勢だ。膝をついたセユンは上目遣いで私を見上げてくる。

「騎士としての俺とか、伯爵としての俺とか、経営者の俺とか、俺には様々な顔がある。でも、どんな俺も君の側にいたい。どうか、この思いをこれから先も受け入れ続けてほしい。どうか、どうか俺と結婚してくれないか?」

 背中にずっと隠していた彼の右手が私に伸びてくる。
 剣でも突き付けられたのか!? と一瞬ひやっとしてしまったが、彼から差し出されたのは真っ赤なダリアの花だった。

 セユンの唇が緊張のせいか震えているのが近い距離だからわかる。
 差し出されたダリアの花先も震えていて、それは腕が疲れて震えているからという理由ではないのは、彼の体力を知っているからこそ言える。
 こんなにあらゆる面に恵まれている人なのに、そんな人でも自信を持てない状況があるだなんて思わなかった。
 そして、それを見ているだけの私の顔も真っ赤になってしまっているだろう。何もしていないのに自分の心音が聞こえて、うるさくて周囲の音が聞こえなくて。

 ――――プロポーズを受ける立場の方もこんなに緊張して動揺するだなんて知らなかった。

 そんなこと、ロマンス小説にだって書いてなかったのだもの。
 そう、目の前の彼が書いた小説にだってさえ。

 いや、こんな哀願するかのように愛を乞われる瞬間が自分なんかに訪れる日が来るなんて、予想だにしていなかったのだから、いくら本で予習していたとしても無駄だっただろう。
 
 貴族の結婚は家同士の結びつき。
 彼は既に父の許可を得ているに違いない。だから私がここで何と言おうと関係ないのだ。
 しかし、セユンなら……いや、ジェームズ・ラルム・モナード伯爵はそういう形で私を求めているわけでなく、きっと私の意思を尊重してくれる。私がここで断ったら、このプロポーズ自体をなかったことにしてくれるだろう。

 ――セユンはそういう人だから。
 
 しかし、そんなことを私はしない。する選択肢など存在しない。
 私が頷いて花を受け取ったら、セユンの顔がこの上なく幸せそうに輝いた。

「よかったぁ!」
「膝! 汚れますから、早く立ってください」

 まるで大型犬がはしゃぐようなあまりの喜びように水を差すようなことを言ってしまった。慌てて立ちあがる彼の姿に思わず笑ってしまったけれど、それは仕方がないだろう。

「あんなに甘いセリフをヒーローに言わせてヒロインを惑わせる文才を持ってるのに……自分のプロポーズではなんでこうなんですか? 君が俺を守る、君を幸せにする、とか……そこは口だけでも言ってくださいよ」

 少し恥ずかしくなって文句をいうようにセユンに言うが、彼は真剣な顔をして首を振った。

「俺は君に嘘はつきたくない。誰よりも幸せになってほしいけれど、君が幸せを感じるかどうかは別の話だし……」
「そこは言い切りましょうよ!」

 生真面目さをここで出してどうするつもりだろう。普通プロポーズというものは、一世一代の恰好つける場なのでは?! とロマンス小説に毒された頭では思ってしまう。

 しかし……。

 もらった深紅のダリアの花に顔を寄せて目を閉じた。私は、このいまいち決まらない人の、そういうところが好きなのだ。この飾り気がなくて嘘がつけないまっすぐなところが。
 私がセユンの膝を払っていたら声がした。

「あ、こちらにおいででしたか」

 私たちが奥まで入り込んでいたため、ダリアの花に遮られて居場所が分からなくなったようで、コータルがわざわざ探しに来てくれたようだ。

「お二人とも、お茶の用意ができました。ダリアの花を見ながらあちらでおくつろぎください」
「ありがとうございます……行こうか、レティエ」

 セユンがさりげなく私が花を持ってない方の手を取る。エスコートではなくそれは自然な行いだった。仲の良い子供同士が繋ぐように。しかし、しっかりと、離さないとでもいうように。

「ここでプロポーズをすることを決めて、少し調べたんだが……ダリアの花はプロポーズに向かない花だと分かったんだよな」
「そうなんですか?」
「移り気とか裏切りとかいう意味を持つ花だとか」

 それは確かにプロポーズにはふさわしくない意味合いだ。しかしセユンは涼しい顔をしている。

「でもマレーネ公国では、このプロポーズが一般的なんだろう? 思わしくない意味は、これから俺たちが上書きしてしまえばいいだけだ」

 そうだろう? と先ほどまでとは違って今度はなぜか自信まんまんな様子なセユン。そんな彼に私も頷いて微笑んだ。

 一歩ずつ歩くと紅茶の香りが近づいてくる。

 こんなにたくさんダリアがあるのに、その花の特性なのか、その香りはほとんどしない。
 ポットから立ち上る湯気につられるように空を見上げれば、青空が広がっていた。

 心の中でおばあ様に話しかける。


 ――――ねえ、天国にいらっしゃるおばあ様。今、私のことを見てくださっているでしょうか。

 おばあ様がおっしゃっていた通り、私はこの庭で、幸せを得ることができました。
 元々閉じこもっていた私が、この花園を見つけるために外に出ようと思ったように、そしてそのおかげで愛するこの方に出会えたように、私もこれから、誰かの背中を押せるような人になりたいと思います。

 どうぞ、いつまでもこの庭に精霊のご加護がありますように。




*******◇END◇********
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