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第56話 緑の庭
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当たり前のように頷く人達の中で、私は震えが収まらなかった。
セユンはカマをかけていたのだろう。自分の発言が誘導にならないように。そして正しい情報を相手が話してくれるのを待つために意図的に間違って。
少し、庭を見回りたいというセユンの言葉に、コータルは許可をしてくれた。
二人で連れだって庭の中を歩くがダリアの株が生い茂り、道を通る私のスカートにあたって行く手の邪魔をする。
道も石とレンガで土をわずかに覆っているだけ素朴な作りだけれど、そこは丁寧に管理されているのがわかった。
中ごろまで歩みを進めたら、セユンが口を開いた。
「おばあさんが見たのは絵本でなく、紙芝居だったのかな……」
「そうかもしれません……。……私、紙芝居を初めて見たのって、プリメールに勤め始めてからなんですよね」
「え!?」
プリメールの店舗は街の中にある。往復の途中では平民が多く暮らす場所を通ることもある。
街角で大人が子供達に何かをを見せて大声で話している姿を不思議に思って近づいたのがそれを知るきっかけだった。
最初は絵本の読み聞かせをしているのかと思った。しかし見せているそれは絵で、字はそこに書かれていなくて。
何回か通りすがりに見て、あれは絵本とは別物だとようやく理解したのだ。
「たぶん、ミレーヌは紙芝居の存在を知らないと思います。だから、子供だったおばあ様が紙芝居を絵本と間違えてもおかしくないです」
箱入り娘のおばあ様が、自分の足で街を歩いたのはきっとあれっきりのことだろう。生まれて初めてみた紙芝居を理解しきれず、あれは絵本だと幼い頭で解釈したのかもしれない。
文字を見ない状況で、この国の言葉に翻訳されて話してもらったお話ならば、それが外国のお話でも気づけない。
きっと迷子になって不安だろう子供のために、その場にたまたまいた大使館に雇われている職員の家族の子供が、読んで聞かせてくれたのだろうから。
「紙芝居って……そんなに知らないものなのか?」
セユンはしきりに首を傾げている。
「男の方と一緒にしないでください。家にほぼ閉じこもりきりで、移動の馬車から外を覗くことも禁じられる人間が、どうやって平民の娯楽を知ると思いますか?」
意図して平民の住む場所に行こうと意識しなかったら、一生見ずに終わることだってできるのだ。
紙芝居は、本を手にすることができない子供達の娯楽だ。そして一人の人が大勢を楽しませるものであるから、少ない子供を大勢の大人で囲んで育てる貴族の子供は、知らないまま育つ。
貴族のお嬢様にとっては、絵本の方がまだ身近に存在しているし、しかも地方の領地育ちのおばあ様にとっては紙芝居屋自体が地元に存在していなかっただろう。
そのままダリアをかき分けるように歩けば、庭園の端にたどり着いた。
塀のすぐ向こう側で、誰かが談笑しながら歩いているのが聞こえる。
馬車が並足で通る音まで響いて聞こえるくらい、道が近い。
今は塀が高くしっかりしているが、管理が甘かったりしたら、それこそ誰かが迷いこんできたとしてもおかしくはないほどに。
綺麗に道とこちらを分けている塀にそっと触れて、私はセユンに言った。
「セユンさん……たとえ、おばあ様のおっしゃった場所が、本当はここではないとしても、ここがその場所だと私は思います」
「……そうか。それでいいと思う」
結局のところ正解はおばあ様しか知らない。
50年前の少女が心を奪われた庭園。
目を閉じて、その様を思い浮かべる。
まだここには花が咲いていない。もしここがそうだとしても、もしかしたら私の心に思い描く庭の方が美しいかもしれない。
しかし、私はここの庭の盛りの頃を見たい。
それがおばあ様との約束だから。彼女が私に願ってくれた幸せはその場所だから。
「あ、もうお済みですか?」
「お待たせしました、ありがとうございます」
待っててくれたコータルのところまで戻って礼を述べる。
「本当に……素敵な場所ですね。秋にはさぞかし見事に咲きそろうんでしょうね。精霊祭の頃に、またこちらにうかがいたいと思います」
「ぜひいらしてください。お二人のお越しをお待ちしております」
コータルは自慢そうにまだ緑の庭を振り返る。
彼としては自国のことに興味を持ってくれる客人に見ごろの庭を見せて、ただ誇りたいだけなのかもしれない。
しかし何にも知らないコータルのその親切が、社交辞令だとしても私にはありがたかった
セユンはカマをかけていたのだろう。自分の発言が誘導にならないように。そして正しい情報を相手が話してくれるのを待つために意図的に間違って。
少し、庭を見回りたいというセユンの言葉に、コータルは許可をしてくれた。
二人で連れだって庭の中を歩くがダリアの株が生い茂り、道を通る私のスカートにあたって行く手の邪魔をする。
道も石とレンガで土をわずかに覆っているだけ素朴な作りだけれど、そこは丁寧に管理されているのがわかった。
中ごろまで歩みを進めたら、セユンが口を開いた。
「おばあさんが見たのは絵本でなく、紙芝居だったのかな……」
「そうかもしれません……。……私、紙芝居を初めて見たのって、プリメールに勤め始めてからなんですよね」
「え!?」
プリメールの店舗は街の中にある。往復の途中では平民が多く暮らす場所を通ることもある。
街角で大人が子供達に何かをを見せて大声で話している姿を不思議に思って近づいたのがそれを知るきっかけだった。
最初は絵本の読み聞かせをしているのかと思った。しかし見せているそれは絵で、字はそこに書かれていなくて。
何回か通りすがりに見て、あれは絵本とは別物だとようやく理解したのだ。
「たぶん、ミレーヌは紙芝居の存在を知らないと思います。だから、子供だったおばあ様が紙芝居を絵本と間違えてもおかしくないです」
箱入り娘のおばあ様が、自分の足で街を歩いたのはきっとあれっきりのことだろう。生まれて初めてみた紙芝居を理解しきれず、あれは絵本だと幼い頭で解釈したのかもしれない。
文字を見ない状況で、この国の言葉に翻訳されて話してもらったお話ならば、それが外国のお話でも気づけない。
きっと迷子になって不安だろう子供のために、その場にたまたまいた大使館に雇われている職員の家族の子供が、読んで聞かせてくれたのだろうから。
「紙芝居って……そんなに知らないものなのか?」
セユンはしきりに首を傾げている。
「男の方と一緒にしないでください。家にほぼ閉じこもりきりで、移動の馬車から外を覗くことも禁じられる人間が、どうやって平民の娯楽を知ると思いますか?」
意図して平民の住む場所に行こうと意識しなかったら、一生見ずに終わることだってできるのだ。
紙芝居は、本を手にすることができない子供達の娯楽だ。そして一人の人が大勢を楽しませるものであるから、少ない子供を大勢の大人で囲んで育てる貴族の子供は、知らないまま育つ。
貴族のお嬢様にとっては、絵本の方がまだ身近に存在しているし、しかも地方の領地育ちのおばあ様にとっては紙芝居屋自体が地元に存在していなかっただろう。
そのままダリアをかき分けるように歩けば、庭園の端にたどり着いた。
塀のすぐ向こう側で、誰かが談笑しながら歩いているのが聞こえる。
馬車が並足で通る音まで響いて聞こえるくらい、道が近い。
今は塀が高くしっかりしているが、管理が甘かったりしたら、それこそ誰かが迷いこんできたとしてもおかしくはないほどに。
綺麗に道とこちらを分けている塀にそっと触れて、私はセユンに言った。
「セユンさん……たとえ、おばあ様のおっしゃった場所が、本当はここではないとしても、ここがその場所だと私は思います」
「……そうか。それでいいと思う」
結局のところ正解はおばあ様しか知らない。
50年前の少女が心を奪われた庭園。
目を閉じて、その様を思い浮かべる。
まだここには花が咲いていない。もしここがそうだとしても、もしかしたら私の心に思い描く庭の方が美しいかもしれない。
しかし、私はここの庭の盛りの頃を見たい。
それがおばあ様との約束だから。彼女が私に願ってくれた幸せはその場所だから。
「あ、もうお済みですか?」
「お待たせしました、ありがとうございます」
待っててくれたコータルのところまで戻って礼を述べる。
「本当に……素敵な場所ですね。秋にはさぞかし見事に咲きそろうんでしょうね。精霊祭の頃に、またこちらにうかがいたいと思います」
「ぜひいらしてください。お二人のお越しをお待ちしております」
コータルは自慢そうにまだ緑の庭を振り返る。
彼としては自国のことに興味を持ってくれる客人に見ごろの庭を見せて、ただ誇りたいだけなのかもしれない。
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