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第47話 別れ

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 私は帰る時に必ず裏門に声をかけてから帰っている。もちろん来る時もだけれど。
 教育が行き届いているこの伯爵家は、出入りをする人間を必ずチェックをしているから。
 そんな私がいつもの時間になっても出てきてないとなれば、おかしいと思って邸内を探すか、最悪でも報告くらいはセユンの方に行くはずだ。
 ブティックの仕事時間を把握しているセユンなら、まず私がいるだろうアトリエを確認しにきてくれるだろうし。
 私一人ではクロエを捕らえることができないから、彼女を煽って引き留めて時間を稼ぐしか思いつかなかった。

 それにほんの少し失敗しただけだ。

 それにしても、この大勢の人たちはなんだろう。半分は見知った人だが、もう半分は見覚えがない。
 恰好からしても、モナード伯爵家の私兵や衛兵ではなさそうなのだけれど。

「レティエ、クロエ……!?」 

 一足遅れてセユンが扉から入ってくる。
 それに気づいたクロエが足をかばいながら、セユンに怒鳴った。

「ジェームズ! その子、貴方の印璽を持ってるわ! プリメールのデザインも盗まれてしまった。盗人を手引きして金庫を開けさせたのはその子よ! 早く取り返しなさい!」

「!?」

 いまさらクロエが私に自分の罪をなすりつけようとしているようだ。
 それに言い返そうとしても意識がどんどんと朦朧としてきて、吐き気までしてきた。クロエに痛めつけられた身体は、気が抜けたせいか、痛みが増していて。
 握りしめ続けた手は強張って開いてくれない。
 私の元にやってきたセユンがそれに気づいたようで、丁寧に私の指を一本一本開いてくれる……が、私の手の中は空っぽだ。
 
「ふふ、嘘ですよ」

 きっと今、私は悪戯が成功した子供のような顔をしているだろう。

「印璽を持ってるふりしただけです」

 腹に力を入れると吐きそうで声を振り絞ることができず、ささやき声でそう告げる。
 ちらっとクロエを見ると驚愕の表情を浮かべていた。ようやく私に一杯食わされたのに気づいたのだろう。セユンは、そりゃそうだろうとでもいうかのように頷いていた。

「変だと思った。印璽はこんな小さな手の中に入るようなものでもないからな」
「そうなんですか?」

 見たことがないからわからなかった。それはクロエも同じだろう。貴族でも爵位を継いだ本人か、その跡継ぎくらいしか見せないものらしいから。
 セユンは私を見ると、痛々しそうな表情を浮かべる。

「ひどいケガをしているが大丈夫か?」

 そして顔にかかる髪を優しくはらってくれるがそんなことはどうでもいい。

「それより、今すぐに印璽が無事か確認してください」
「確認するまでもないよ。俺がちゃんと持ってるから」
「そうだったんですか!?」

 クロエがあまりにも奥の金庫にこだわるから、そこに置いてあるとばかり思っていたが、別場所に保管されていたようだ。それはそうだろう。少し考えればこんな警戒が甘いところに置いているはずはない。ほっとして体中の力が一気に抜けて床に崩れ落ちそうになった。

「レティエ!」

 セユンがそんな私を抱き抱えてくれた。身体がうまく動かせないだけで、意識はなんとか保っていられている。
 セユンは開け放たれた金庫を一瞥すると。

「衛兵、彼女を逮捕しろ」

 迷いなくクロエを指さした。

「はっ」

 いきなり腕を掴まれたクロエは理解できないという表情をしている。それは私も同じだった。

「ジェームズ!? 私の言葉を信じないの!? 犯人はその子だって……っ」
「君の行動を知られてないとでも思っていたのか? プリメールのライバルブティックとの接触、従業員の引き抜き行為、全部調査済みの上だ」

 セユンの言葉にクロエの顔が青くなる。

「私を見張っていたのねっ!」
「リリンから報告を受けていた。それが本当なら証拠を掴もうと泳がしていたんだよ。その上でこの状況なら、手引きしたのは君で、レティエが巻き添えを食ったと考えた方が辻褄があうだろ」
「そんなの、リリンがでたらめを言ったのに決まってるじゃない! ……私が今までどれだけ伯爵家のことを思って行動してきたか、貴方は知ってるでしょう?」

 悲壮感を漂わせ、必死さを浮かべるクロエの表情と言葉に、セユンは頷く。

「そうだね、君はずっと伯爵家の立派な臣下だったね」

 しかしセユンの表情は冷たいままだ。

「でも俺はモナード伯爵ではなく、セユンを信じてくれたレティエの方を信じることに決めたよ」
「え……?」

 ちょうどそこに伯爵邸の門番がやってくる。
 彼は頭を垂れるとセユンに報告いたします、と告げた。
 
「ジェームズ様、野次馬だけでなく、新聞記者たちも集まってきて、伯爵邸の周囲が大騒ぎになってます。どうなさいますか? 追い払いますか?」
「そうだな……記者たちを中に入れてやってくれ」

 セユンはクロエを静かな瞳で見据える。そこには決意がにじみでていた。

「プリメールのデザイナーは俺で、営業としてサロンに顔を出していたセユンが俺であることも全部ばらす。何がここで行われたかも全て、明らかにさせよう」

 クロエの顔色が青から赤く変じていく。そして唸るような声で彼女は怒鳴った。

「裏切り者っ!」
「何が裏切りなんだ? 真実を明らかにするだけなのに。それに俺を裏切ったのは君だろ?」

 セユンは親指で奥の部屋の方を指さした。それはそこにある金庫を差しているのだろう。

「なんで君は印璽がここにあると思った?」
「それは……」
「俺が以前にここに入れておく、と言ったからだろう? 本館に置いておくよりここの金庫の方が堅牢で開きにくいから、と。その言葉を信じたからレティエがカマをかけたのに引っかかったんだろ?」

 もし、その嘘がなかったら、クロエがレティエに罪を被せようとはかったことがこの場で明らかにならなかったかもしれない。
 クロエがこの金庫に執着する理由がなく、クロエの裏切りはいまだに発覚しなかったかもしれない。

「俺は……この金庫が開けられないことを祈ってたんだ。最後まで君を信じたかったよ」

 セユンの顔が苦しそうに歪む。それはどこか泣き出す一歩手前のようにも見えた。
 もちろん、セユンはそんなことはならなかったが。あくまでも毅然とした態度で、まっすぐにクロエを見つめていた。

「クロエ。俺はずっと君を家族のように思っていた。しかし、もう俺は君と一緒にいられない」

 それにクロエがどう返したかはわからない。そこまで見届けて、私は意識を失ってしまったからだ。
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