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第四話 ハンカチ
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部屋で過ごしていると、メイドがおやつを持ってきてくれた。
持ってきてもらったものを見て、私の顔が輝いたのがおかしかったのか、メイドにくすっと笑われてしまった。
お皿の中に入っているのはクッキーだ。それと紅茶を部屋の小さなテーブルに置くと、一人で小さなお茶会を始める。あればありったけ食べつくすと警戒されているのか、きっともっといただいているはずなのに、ここには3枚しかないのがしみったれていると思う。口に出しては言わないけれど。
デュークがよくお土産でもってきてくれるお菓子は、伯爵邸で雇っているシェフが作っているものらしい。
特にスイーツの腕が良いらしく、家族があちらの領地にご挨拶に行けば、帰りにお土産として持たせてくれるのを昔から楽しみにしていた。
クッキーが特に好きで、私がお土産を食べて「こんなにおいしいものを食べたのは産まれて初めて」と思わず叫んだら、それを聞いた兄に「うちが普段ひどいものを食べさせているみたいじゃないか」と間髪言わずに言われて、家族で大笑いになったのだったが。
それを誰かがリントン公爵家で話したらしく、かの家から何かをいただくと、必ずといっていいほど私宛てにとクッキーが入っているようになってしまったのは、嬉しくも決まり悪くて仕方ない。
私がデュークに対して苦手意識があって、かの家に伺いもせずにいて、ずっと失礼なことをしているのに、寛容に受け入れてくださっているのが、申し訳なくもあるのだけれど。
もし姉とデュークが結婚したりしたら、家族になるのだ。
そうなるのなら、きっと素敵なことだろう、ともう少しデュークと仲良くなる努力をしなくては、とクッキーをさくっとかじりながらなんとなく思っていた。
「お嬢様、お客様がお帰りになるから、とヨーランダ様がお呼びです」
以前だったら自分がデュークを苦手としていることを皆が知っているから、自分の知らないうちに帰っていただいていたのに。どうしたのだろうと自室がある部屋から応接間や玄関のある階下に降りていく。
「カリン、悪いけど、門までデュークを送ってあげてほしいの」
伯爵邸は玄関から門まではそれなりに距離はある。
普段なら門から入り玄関まで馬車を寄せるのだが、デュークはどうも門に馬をつけておくよう厩番に頼んでいたらしい。
どうして私が? お姉さまのお客様なのに、と私のいぶかしげな顔に気づいたのだろう。とりなすように姉が微笑む。
「私はこれから急ぎの手紙を書かなければいけないの、ごめんなさいね」
それでも何かを言いたそうなデュークに、姉がにっこり笑ってじっと見つめている。
目と目で通じ合っているような二人の間に、入りこめない何かを感じるが、姉がそう頼むというのは何か理由があるのだろうか。
先ほどからお腹の痛みが強くなっているが、早く行って帰ってくれば大丈夫だろう。
「じゃあ、参りましょうか」
今日はデュークが来るというから、室内用ドレスでなくて、外出用ドレスをずっと着ていてよかったと思う。そうでなかったらいちいち彼を待たせるところだった。
扉を開けてデュークを通すと、先に立って門まで歩いていく。
「カリンが軍記物を好むというのなら、よかったら、今度は我が家にあるリャルドの絵画集を持ってこようか。色が綺麗で細かいところまで描きこまれていてね。かの国の知識があるとなおさら面白く見られるんだ」
もしかしなくても、それって稀覯本ではないだろうか。
「そんな高級品を我が家で見ることなんてできませんっ」
「本は読むためにあるものだ。読めば傷むのも当たり前だろう?」
いや、そっちではない。盗難とか怖いし、持ち出して汚しでもしたら弁償とかできないし。
そんなことを話していたら、唐突に立ち眩みがした。
貧血を起こしかけて、しゃがみそうになったら、デュークが慌てて支えてくれた。
「カリン、大丈夫か?」
「ちょっと気分が……」
「ダメだ、顔色が悪い。歩けるか?」
「大丈夫です、一人でも帰れます」
これで私を彼に玄関まで送らせてしまったらあべこべなことになってしまう。
しかし、デュークは強引に門とは反対方向に戻っていく。
痛みが強すぎて、歩みを止めてしまった私に、デュークも立ち止まった。
「少し休もうか」
いくら手入れをされているとはいえ、左右は庭で目を楽しませる花壇ばかり。椅子なんて洒落たものはない。
デュークは花壇の柵として積まれているレンガの上にハンカチを敷くと私を手招きした。
「座って」
「でも、これ……」
「いいから」
刺繍入りのハンカチなんて、これは誰かから受け取ったものだろう。
貴族の娘が恋人や親族に、思いを込めて刺繍をした何かを贈る風習がある。
もしかしたら姉がデュークに送ったものかもしれない。
ちらっと見ただけでも、相当手の込んだものに思える。
「カリンの方が大事」
真剣な顔で囁かれて、こんな時だからだろうか、心臓がびっくりして外まで鳴り響きそうになるほど驚いた。
「でも、こんなに綺麗に刺繍してあるのに……私のお尻で下敷きにするなんて。誰かの思いを踏みにじるなんてできません」
「人の思いはこんなことでは踏みにじられないよ。遠慮してるだけなら座って。座る方が辛いのなら言いなさい」
だから大丈夫、と。彼の腕が半ば強引に自分を座らせる。その力は思ったより力強かった。
こんなことでは、相手と自分の絆は途切れない。
そう言われているようで、彼とそんな関係を築けている誰かが羨ましい。
痛みは周期があったようで、そうして休んでいたら少しずつ、収まっていく。
結局デュークに送りなおしてもらうことになってしまって――。
「お大事に」
と、締まるドアの向こうで、優しく微笑むデュークの顔が、なぜかいつまでも目の奥に焼き付いて離れなかった。
持ってきてもらったものを見て、私の顔が輝いたのがおかしかったのか、メイドにくすっと笑われてしまった。
お皿の中に入っているのはクッキーだ。それと紅茶を部屋の小さなテーブルに置くと、一人で小さなお茶会を始める。あればありったけ食べつくすと警戒されているのか、きっともっといただいているはずなのに、ここには3枚しかないのがしみったれていると思う。口に出しては言わないけれど。
デュークがよくお土産でもってきてくれるお菓子は、伯爵邸で雇っているシェフが作っているものらしい。
特にスイーツの腕が良いらしく、家族があちらの領地にご挨拶に行けば、帰りにお土産として持たせてくれるのを昔から楽しみにしていた。
クッキーが特に好きで、私がお土産を食べて「こんなにおいしいものを食べたのは産まれて初めて」と思わず叫んだら、それを聞いた兄に「うちが普段ひどいものを食べさせているみたいじゃないか」と間髪言わずに言われて、家族で大笑いになったのだったが。
それを誰かがリントン公爵家で話したらしく、かの家から何かをいただくと、必ずといっていいほど私宛てにとクッキーが入っているようになってしまったのは、嬉しくも決まり悪くて仕方ない。
私がデュークに対して苦手意識があって、かの家に伺いもせずにいて、ずっと失礼なことをしているのに、寛容に受け入れてくださっているのが、申し訳なくもあるのだけれど。
もし姉とデュークが結婚したりしたら、家族になるのだ。
そうなるのなら、きっと素敵なことだろう、ともう少しデュークと仲良くなる努力をしなくては、とクッキーをさくっとかじりながらなんとなく思っていた。
「お嬢様、お客様がお帰りになるから、とヨーランダ様がお呼びです」
以前だったら自分がデュークを苦手としていることを皆が知っているから、自分の知らないうちに帰っていただいていたのに。どうしたのだろうと自室がある部屋から応接間や玄関のある階下に降りていく。
「カリン、悪いけど、門までデュークを送ってあげてほしいの」
伯爵邸は玄関から門まではそれなりに距離はある。
普段なら門から入り玄関まで馬車を寄せるのだが、デュークはどうも門に馬をつけておくよう厩番に頼んでいたらしい。
どうして私が? お姉さまのお客様なのに、と私のいぶかしげな顔に気づいたのだろう。とりなすように姉が微笑む。
「私はこれから急ぎの手紙を書かなければいけないの、ごめんなさいね」
それでも何かを言いたそうなデュークに、姉がにっこり笑ってじっと見つめている。
目と目で通じ合っているような二人の間に、入りこめない何かを感じるが、姉がそう頼むというのは何か理由があるのだろうか。
先ほどからお腹の痛みが強くなっているが、早く行って帰ってくれば大丈夫だろう。
「じゃあ、参りましょうか」
今日はデュークが来るというから、室内用ドレスでなくて、外出用ドレスをずっと着ていてよかったと思う。そうでなかったらいちいち彼を待たせるところだった。
扉を開けてデュークを通すと、先に立って門まで歩いていく。
「カリンが軍記物を好むというのなら、よかったら、今度は我が家にあるリャルドの絵画集を持ってこようか。色が綺麗で細かいところまで描きこまれていてね。かの国の知識があるとなおさら面白く見られるんだ」
もしかしなくても、それって稀覯本ではないだろうか。
「そんな高級品を我が家で見ることなんてできませんっ」
「本は読むためにあるものだ。読めば傷むのも当たり前だろう?」
いや、そっちではない。盗難とか怖いし、持ち出して汚しでもしたら弁償とかできないし。
そんなことを話していたら、唐突に立ち眩みがした。
貧血を起こしかけて、しゃがみそうになったら、デュークが慌てて支えてくれた。
「カリン、大丈夫か?」
「ちょっと気分が……」
「ダメだ、顔色が悪い。歩けるか?」
「大丈夫です、一人でも帰れます」
これで私を彼に玄関まで送らせてしまったらあべこべなことになってしまう。
しかし、デュークは強引に門とは反対方向に戻っていく。
痛みが強すぎて、歩みを止めてしまった私に、デュークも立ち止まった。
「少し休もうか」
いくら手入れをされているとはいえ、左右は庭で目を楽しませる花壇ばかり。椅子なんて洒落たものはない。
デュークは花壇の柵として積まれているレンガの上にハンカチを敷くと私を手招きした。
「座って」
「でも、これ……」
「いいから」
刺繍入りのハンカチなんて、これは誰かから受け取ったものだろう。
貴族の娘が恋人や親族に、思いを込めて刺繍をした何かを贈る風習がある。
もしかしたら姉がデュークに送ったものかもしれない。
ちらっと見ただけでも、相当手の込んだものに思える。
「カリンの方が大事」
真剣な顔で囁かれて、こんな時だからだろうか、心臓がびっくりして外まで鳴り響きそうになるほど驚いた。
「でも、こんなに綺麗に刺繍してあるのに……私のお尻で下敷きにするなんて。誰かの思いを踏みにじるなんてできません」
「人の思いはこんなことでは踏みにじられないよ。遠慮してるだけなら座って。座る方が辛いのなら言いなさい」
だから大丈夫、と。彼の腕が半ば強引に自分を座らせる。その力は思ったより力強かった。
こんなことでは、相手と自分の絆は途切れない。
そう言われているようで、彼とそんな関係を築けている誰かが羨ましい。
痛みは周期があったようで、そうして休んでいたら少しずつ、収まっていく。
結局デュークに送りなおしてもらうことになってしまって――。
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