3 / 7
第三話 結婚してたのか
しおりを挟む
静かに亜里沙を見つめる篠原に、亜里沙は自分の唇についた水滴を舐めとっている。
「ああ、あれね……」
どこか懐かしそうに目を細め、そして困ったように亜里沙も笑みを作った。
「うん、私も謝らなきゃいけないのかな。……本当はね、それ、嘘だって知ってたんだ」
何かを続けて言いたそうだった篠原は、亜里沙のその反応に口を閉ざす。どういうことだ、と絞り出すような声が彼の喉奥から聞こえた。
…………。
なんで俺、ここにいいるんだろう。
これって思い切り修羅場ではないだろうか。
俺、こんなところにいていいのだろうか。少しずつスツールを後ずさりさせて他人のふりを装おうか。
息を殺してそんなことを考えながら、早く話題が変わるのを待つだけだ。ここで空気を読めないことを言って、悪役になりたくないし。
しかし、空気に徹する俺をよそに、過去の恋人同士の話は続いていく。
「当時、貴方の会社と取引してたエージェント、うちの父の会社の一つだったの。貴方の会社に問題がなかったって教えてくれてたわ」
「……それを知ってて、別れたのか?」
なぜ、と篠原は絞り出すような声を上げる。
「そんな嘘つくくらい、私と別れたいんだろうなって思ったからよ。私の何が悪かったかわからないけど……会社が成長している時期だったから、貴方は恋人より仕事、そっちに集中したかったんだろうなって」
カクテルグラスの中身を、ぐいっと亜里沙は飲み干す。
その飲みっぷりは彼女が物慣れた女のようで恰好よく見えた。
「でも、貴方もいいご縁に巡り合えたようだし、本当によかったし安心したよ。――お幸せに」
じゃ、あっちにも挨拶してくるね、と立ち上がった亜里沙がよろけたように見え、思わず手を差し出した。その時にフォーマル用のハンドバッグに場違いなかわいらしいイラストのキーホルダーが揺れたのが目に入る。
「あ、啓介くん、ごめんねぇ」
恥ずかしそうに、自分の支えを断る彼女は首を竦めている。
足元はヒールのない靴だからそのせいでよろけたわけではないようだが、思わず他に彼女の足を引っかけそうなものがないか、危ないものがないか、ついつい目を配ってしまう。
「いいってことよ……今、何か月だっけ?」
「5か月だよ。早苗、元気にしてる? 俊太くんも元気?」
「おう、みんな元気も元気。亜里沙に会えたら今のうちに遊んでおきなって伝えてと言われたから言っておく」
「そっかー」
じゃあね、と亜里沙が歩いていくと、入口近くにいた誰かが彼女に近づき声をかけている。
「亜里沙、旦那来てるぞ」
「あ、もう迎えにきたのぉ?」
「それだけお前が心配なんだろ」
ははは、と愚痴る彼女を皆がほほえましく見送っていたが、一人黙ったままだった篠原がぽつん、と呟いた。
「旦那……? 亜里沙、結婚してたのか……?」
「あ? ああ、一年くらい前、だったか?」
夫婦そろって亜里沙の結婚式にも出た。あの時はさすがに俊太を親に預けて二人で出席した。どうしても幸せを見届けたい相手だったから。
学生時代の友人が特別なのは、お互いの利害を考えず純粋に相手の幸福を願える、そういうところに出るのだろう。
「今日も亜里沙、妊娠中だけど二次会だけでも出たいって顔出したみたいだぜ。つわり大丈夫なのかなぁ」
「妊娠!?」
「お前、あいつのバッグのキーホルダー見てなかったのか? 妊娠5か月って言ってたし、あんだけのん兵衛なのがアルコール飲んでなかったんだから気づけよ。フォーマルな場なのにヒールなしの靴だったろ?」
実際自分だって、子供が産まれてからそういうことが分かるようになったから人のことは言えないが。
人は誰かと触れ合うことでのみ成長していくことがある。そして新しい人生のステージは、決して自分一人で迎えることはできないのだ。それを妻の早苗と一人息子の俊太が教えてくれた。
「ああ、あれね……」
どこか懐かしそうに目を細め、そして困ったように亜里沙も笑みを作った。
「うん、私も謝らなきゃいけないのかな。……本当はね、それ、嘘だって知ってたんだ」
何かを続けて言いたそうだった篠原は、亜里沙のその反応に口を閉ざす。どういうことだ、と絞り出すような声が彼の喉奥から聞こえた。
…………。
なんで俺、ここにいいるんだろう。
これって思い切り修羅場ではないだろうか。
俺、こんなところにいていいのだろうか。少しずつスツールを後ずさりさせて他人のふりを装おうか。
息を殺してそんなことを考えながら、早く話題が変わるのを待つだけだ。ここで空気を読めないことを言って、悪役になりたくないし。
しかし、空気に徹する俺をよそに、過去の恋人同士の話は続いていく。
「当時、貴方の会社と取引してたエージェント、うちの父の会社の一つだったの。貴方の会社に問題がなかったって教えてくれてたわ」
「……それを知ってて、別れたのか?」
なぜ、と篠原は絞り出すような声を上げる。
「そんな嘘つくくらい、私と別れたいんだろうなって思ったからよ。私の何が悪かったかわからないけど……会社が成長している時期だったから、貴方は恋人より仕事、そっちに集中したかったんだろうなって」
カクテルグラスの中身を、ぐいっと亜里沙は飲み干す。
その飲みっぷりは彼女が物慣れた女のようで恰好よく見えた。
「でも、貴方もいいご縁に巡り合えたようだし、本当によかったし安心したよ。――お幸せに」
じゃ、あっちにも挨拶してくるね、と立ち上がった亜里沙がよろけたように見え、思わず手を差し出した。その時にフォーマル用のハンドバッグに場違いなかわいらしいイラストのキーホルダーが揺れたのが目に入る。
「あ、啓介くん、ごめんねぇ」
恥ずかしそうに、自分の支えを断る彼女は首を竦めている。
足元はヒールのない靴だからそのせいでよろけたわけではないようだが、思わず他に彼女の足を引っかけそうなものがないか、危ないものがないか、ついつい目を配ってしまう。
「いいってことよ……今、何か月だっけ?」
「5か月だよ。早苗、元気にしてる? 俊太くんも元気?」
「おう、みんな元気も元気。亜里沙に会えたら今のうちに遊んでおきなって伝えてと言われたから言っておく」
「そっかー」
じゃあね、と亜里沙が歩いていくと、入口近くにいた誰かが彼女に近づき声をかけている。
「亜里沙、旦那来てるぞ」
「あ、もう迎えにきたのぉ?」
「それだけお前が心配なんだろ」
ははは、と愚痴る彼女を皆がほほえましく見送っていたが、一人黙ったままだった篠原がぽつん、と呟いた。
「旦那……? 亜里沙、結婚してたのか……?」
「あ? ああ、一年くらい前、だったか?」
夫婦そろって亜里沙の結婚式にも出た。あの時はさすがに俊太を親に預けて二人で出席した。どうしても幸せを見届けたい相手だったから。
学生時代の友人が特別なのは、お互いの利害を考えず純粋に相手の幸福を願える、そういうところに出るのだろう。
「今日も亜里沙、妊娠中だけど二次会だけでも出たいって顔出したみたいだぜ。つわり大丈夫なのかなぁ」
「妊娠!?」
「お前、あいつのバッグのキーホルダー見てなかったのか? 妊娠5か月って言ってたし、あんだけのん兵衛なのがアルコール飲んでなかったんだから気づけよ。フォーマルな場なのにヒールなしの靴だったろ?」
実際自分だって、子供が産まれてからそういうことが分かるようになったから人のことは言えないが。
人は誰かと触れ合うことでのみ成長していくことがある。そして新しい人生のステージは、決して自分一人で迎えることはできないのだ。それを妻の早苗と一人息子の俊太が教えてくれた。
33
あなたにおすすめの小説
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
フッてくれてありがとう
nanahi
恋愛
【25th Anniversary CUP】にて、最終ランキング3位に入りました。投票してくださった皆様、読んでくださった皆様、ありがとうございました!
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。
でも私は知っている。
大学生時代の元カノだ。
「じゃあ。元気で」
彼からは謝罪の一言さえなかった。
下を向き、私はひたすら涙を流した。
それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。
過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──
〖完結〗私はあなたのせいで死ぬのです。
藍川みいな
恋愛
「シュリル嬢、俺と結婚してくれませんか?」
憧れのレナード・ドリスト侯爵からのプロポーズ。
彼は美しいだけでなく、とても紳士的で頼りがいがあって、何より私を愛してくれていました。
すごく幸せでした……あの日までは。
結婚して1年が過ぎた頃、旦那様は愛人を連れて来ました。次々に愛人を連れて来て、愛人に子供まで出来た。
それでも愛しているのは君だけだと、離婚さえしてくれません。
そして、妹のダリアが旦那様の子を授かった……
もう耐える事は出来ません。
旦那様、私はあなたのせいで死にます。
だから、後悔しながら生きてください。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全15話で完結になります。
この物語は、主人公が8話で登場しなくなります。
感想の返信が出来なくて、申し訳ありません。
たくさんの感想ありがとうございます。
次作の『もう二度とあなたの妻にはなりません!』は、このお話の続編になっております。
このお話はバッドエンドでしたが、次作はただただシュリルが幸せになるお話です。
良かったら読んでください。
いざ離婚!と思ったらそもそも結婚していなかったですって!
ゆるぽ
恋愛
3年間夫婦としての実態が無ければ離婚できる国でようやく離婚できることになったフランシア。離婚手続きのために教会を訪れたところ、婚姻届けが提出されていなかったことを知る。そもそも結婚していなかったことで最低だった夫に復讐できることがわかって…/短めでさくっと読めるざまぁ物を目指してみました。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
理想の『女の子』を演じ尽くしましたが、不倫した子は育てられないのでさようなら
赤羽夕夜
恋愛
親友と不倫した挙句に、黙って不倫相手の子供を生ませて育てさせようとした夫、サイレーンにほとほとあきれ果てたリリエル。
問い詰めるも、開き直り復縁を迫り、同情を誘おうとした夫には千年の恋も冷めてしまった。ショックを通りこして吹っ切れたリリエルはサイレーンと親友のユエルを追い出した。
もう男には懲り懲りだと夫に黙っていたホテル事業に没頭し、好きな物を我慢しない生活を送ろうと決めた。しかし、その矢先に距離を取っていた学生時代の友人たちが急にアピールし始めて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる