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第四話 祝杯
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「まぁ、亜里沙も子供が生まれたらドバイに住むらしいしな。今日がみんなに会える最後のチャンスだから来たのもあるんだろうよ。でも寂しくなるよなー。俺は日本以外に住む選択肢は選べないが、金持ちに人気ある国だもんな、あそこ」
「…………旦那、金持ちなのか?」
「旦那というより、元々亜里沙の家が金持ちじゃん。亜里沙の実家って結構大きい会社だろ? 系列会社いくつも持ってるし」
今さら何を? という顔をして俺は早苗から得た情報を偉そうに話す。
「まー、その創業者の家系のお嬢様なんて入り婿の方がよかっただろうから、お前と亜里沙は元々縁がなかったんだよ。お前、自分の会社もってるから義親の会社なんて継げないだろ?」
しょうがないよ、と篠原の肩を叩いた。篠原は端正な顔をしかめているが、俺が叩いた力が強かったからではないはずだ。
「……俺はそんな話、聞いてなかった」
「あー……確かに恋人程度にはそういうこといいにくいかもな。金目当てで近づかれたら面倒しかないだろうし。俺らも結婚式の時に知ったよ。いやー、すごい式だったぞ」
「…………」
黙ったままの篠原に、俺は畳みかけるように言葉を続けた。
「お前、今、幸せなんだろう? ならいいじゃないか。亜里沙はしょせんお前にとって昔の彼女なだけなんだから。今の婚約者、幸せにしてやれよ? それに子供可愛いし、奥さんいてくれると楽しいし。結婚はいいもんだぞぉ」
篠原の様子が暗いのでおどけるように結婚の惚気をする友達を演じても乗ってこない。どうしたらいいのか悩んでいたら篠原が荷物を手に立ち上がった。
「…………俺も帰るよ」
「ん、そうか? 俺はもう少し時間潰す必要あるな。気を付けて帰れよ」
時計を見たらまだ夜の8時。ちょうど2歳の寝かしつけ真っ最中の時間だろう。
今の時間に帰ったら、逆に怒られる。パパが帰ってきた! と息子が喜んで起きてしまうのだ。
もう少し時間をつぶしてからそっと静かに帰ろう。
唐突に周囲に誰もいなくなった気がする。
パーティーは独身たちだけで盛り上がり、自分は完全に蚊帳の外だ。
ネクタイの結び目を緩め、立ってグラスを磨いているバーテンに声をかけた。
「すみません、生ビールってもらえます? それともこんなお洒落なとこじゃダメ?」
「ありますよ、少々お待ちください」
お洒落な名前のカクテルは自分には似合わない。ようやく自分の地が出せるとオーダーしたビールだったが、やってきたのは長いグラスに金色と白のコントラストが美しい、自分の知らないビールだった。
やはりしゃれてるなぁと思いながらも、きりっと冷えていて柄の部分を掴んでも冷気が伝わってきた。
それじゃ祝杯をあげるか、とそれを持ち上げると口をつけた。泡が唇を覆ってうまく飲めない。やはり俺は様にならないなぁ、と自分で自分に笑ってしまった。
逃した魚が大きいと、ショックが隠し切れないようだった篠原の表情を思い返した。
何年も経った今になって篠原が亜里沙に会いに来て、本当のことを告白しようとしていた目論見なんか見え透いていた。
彼女に謝って、自分の罪悪感を軽くしたかったから、みたいな優しい理由ではないだろう。
本当は追いかけてほしかった。すがってほしかった。亜里沙が過去に下した選択を後悔してほしかった……そんなところだろう。
そう、篠原は今日亜里沙にだけ会いに来たのだ。友人思いの亜里沙なら絶対に今日は顔を出すことは読めるはずだ。逆に篠原は大学卒業後、極力友人らと顔すら合わせようとしていなかったのだ。
次のステージに上がった自分は、もう以前のステージの人間と交際する必要はないとでもいうように。
そんな奴がわざわざ仲間の結婚式ではなく二次会の方にだけ顔を出すなんて、会いたい相手が二次会にしか来ていないからとしか言いようがないではないか。
過去に篠原が自分と早苗の結婚式に出席したのも、結婚式に招待された早苗の会社の上司と面識が欲しかったからだろうと見ている。早苗は当時大手旅行会社に勤めていて、篠原の経営する会社と業種が近く、コネが喉から手が出るほど欲しかっただろうから。
昔からそういう打算的なところがある奴だ。
そして『男は金の力で勝負する』、それが篠原のプライドだった。
しかし自分は金だけが魅力なのではないとも信じていて、信じたくて、その屈折したプライドが当時の篠原を『彼女を試す』という行動に走らせたのだろう。
会社が不渡りを出しそうだと言って、亜里沙を試したのだ。たとえ一文無しの貴方でも、私はついていく、という言葉を待っていたのだろう。
しかし思惑と違い、亜里沙は篠原を捨てた。彼視点では。
篠原にしてみたら別れ際の態度で、亜里沙は己の金目当ての女だったと判断し、あんな女にプロポーズしなくてよかったと胸を撫でおろしてこの年月を過ごしてきていたのかもしれない。
『お前の魅力は金だけだ』と暗に突き付けられたことはさぞかし屈辱だっただろうから、いつか彼女を見返し、悔しがらせることを胸に生きていたかもしれない。
だからこそ、この再会したタイミングで真実をぶちまけたのだ。
しかし、それを逆手に取るように亜里沙は真相を知っていて、その上で『篠原のためを思って別れてあげた』と憐れみすらしていて。
完全に思惑と当てが外れた上で、しかも、逃した魚は金の魚だった。
周囲にいる同世代より上のステージにいて、金を稼げる自分であることを誰よりも誇りにしていたのに、相手は彼が逆立ちしても敵わないほどの資産家の娘だったという真実も、誰よりも後から知らされて。
いい面の皮だと羞恥に震えるしかなかっただろう。
「…………旦那、金持ちなのか?」
「旦那というより、元々亜里沙の家が金持ちじゃん。亜里沙の実家って結構大きい会社だろ? 系列会社いくつも持ってるし」
今さら何を? という顔をして俺は早苗から得た情報を偉そうに話す。
「まー、その創業者の家系のお嬢様なんて入り婿の方がよかっただろうから、お前と亜里沙は元々縁がなかったんだよ。お前、自分の会社もってるから義親の会社なんて継げないだろ?」
しょうがないよ、と篠原の肩を叩いた。篠原は端正な顔をしかめているが、俺が叩いた力が強かったからではないはずだ。
「……俺はそんな話、聞いてなかった」
「あー……確かに恋人程度にはそういうこといいにくいかもな。金目当てで近づかれたら面倒しかないだろうし。俺らも結婚式の時に知ったよ。いやー、すごい式だったぞ」
「…………」
黙ったままの篠原に、俺は畳みかけるように言葉を続けた。
「お前、今、幸せなんだろう? ならいいじゃないか。亜里沙はしょせんお前にとって昔の彼女なだけなんだから。今の婚約者、幸せにしてやれよ? それに子供可愛いし、奥さんいてくれると楽しいし。結婚はいいもんだぞぉ」
篠原の様子が暗いのでおどけるように結婚の惚気をする友達を演じても乗ってこない。どうしたらいいのか悩んでいたら篠原が荷物を手に立ち上がった。
「…………俺も帰るよ」
「ん、そうか? 俺はもう少し時間潰す必要あるな。気を付けて帰れよ」
時計を見たらまだ夜の8時。ちょうど2歳の寝かしつけ真っ最中の時間だろう。
今の時間に帰ったら、逆に怒られる。パパが帰ってきた! と息子が喜んで起きてしまうのだ。
もう少し時間をつぶしてからそっと静かに帰ろう。
唐突に周囲に誰もいなくなった気がする。
パーティーは独身たちだけで盛り上がり、自分は完全に蚊帳の外だ。
ネクタイの結び目を緩め、立ってグラスを磨いているバーテンに声をかけた。
「すみません、生ビールってもらえます? それともこんなお洒落なとこじゃダメ?」
「ありますよ、少々お待ちください」
お洒落な名前のカクテルは自分には似合わない。ようやく自分の地が出せるとオーダーしたビールだったが、やってきたのは長いグラスに金色と白のコントラストが美しい、自分の知らないビールだった。
やはりしゃれてるなぁと思いながらも、きりっと冷えていて柄の部分を掴んでも冷気が伝わってきた。
それじゃ祝杯をあげるか、とそれを持ち上げると口をつけた。泡が唇を覆ってうまく飲めない。やはり俺は様にならないなぁ、と自分で自分に笑ってしまった。
逃した魚が大きいと、ショックが隠し切れないようだった篠原の表情を思い返した。
何年も経った今になって篠原が亜里沙に会いに来て、本当のことを告白しようとしていた目論見なんか見え透いていた。
彼女に謝って、自分の罪悪感を軽くしたかったから、みたいな優しい理由ではないだろう。
本当は追いかけてほしかった。すがってほしかった。亜里沙が過去に下した選択を後悔してほしかった……そんなところだろう。
そう、篠原は今日亜里沙にだけ会いに来たのだ。友人思いの亜里沙なら絶対に今日は顔を出すことは読めるはずだ。逆に篠原は大学卒業後、極力友人らと顔すら合わせようとしていなかったのだ。
次のステージに上がった自分は、もう以前のステージの人間と交際する必要はないとでもいうように。
そんな奴がわざわざ仲間の結婚式ではなく二次会の方にだけ顔を出すなんて、会いたい相手が二次会にしか来ていないからとしか言いようがないではないか。
過去に篠原が自分と早苗の結婚式に出席したのも、結婚式に招待された早苗の会社の上司と面識が欲しかったからだろうと見ている。早苗は当時大手旅行会社に勤めていて、篠原の経営する会社と業種が近く、コネが喉から手が出るほど欲しかっただろうから。
昔からそういう打算的なところがある奴だ。
そして『男は金の力で勝負する』、それが篠原のプライドだった。
しかし自分は金だけが魅力なのではないとも信じていて、信じたくて、その屈折したプライドが当時の篠原を『彼女を試す』という行動に走らせたのだろう。
会社が不渡りを出しそうだと言って、亜里沙を試したのだ。たとえ一文無しの貴方でも、私はついていく、という言葉を待っていたのだろう。
しかし思惑と違い、亜里沙は篠原を捨てた。彼視点では。
篠原にしてみたら別れ際の態度で、亜里沙は己の金目当ての女だったと判断し、あんな女にプロポーズしなくてよかったと胸を撫でおろしてこの年月を過ごしてきていたのかもしれない。
『お前の魅力は金だけだ』と暗に突き付けられたことはさぞかし屈辱だっただろうから、いつか彼女を見返し、悔しがらせることを胸に生きていたかもしれない。
だからこそ、この再会したタイミングで真実をぶちまけたのだ。
しかし、それを逆手に取るように亜里沙は真相を知っていて、その上で『篠原のためを思って別れてあげた』と憐れみすらしていて。
完全に思惑と当てが外れた上で、しかも、逃した魚は金の魚だった。
周囲にいる同世代より上のステージにいて、金を稼げる自分であることを誰よりも誇りにしていたのに、相手は彼が逆立ちしても敵わないほどの資産家の娘だったという真実も、誰よりも後から知らされて。
いい面の皮だと羞恥に震えるしかなかっただろう。
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