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本編
24.パートナーを解消したい?
しおりを挟む「遥さん!」
祐が泣きそうな顔でこちらを見下ろしていた。
どうやら自分は祐に抱えられているらしい。首裏と肩、左側面に祐の体温を感じる。それだけじゃない。じわじわとGlareが遥を包んでいた。下がりきっていた体温が徐々に戻ってくるのがわかる。
夢だろうか、と思った。ゆっくりと瞬いてみる。だが祐は変わらずそこにいた。
眉を垂れ下げ、眸を潤ませている。
「遥さん……遥さん?」
「ゆ、――げほっ」
「遥さん!」
話そうとした瞬間、一気に空気が肺に流れ込んできた。背を丸めて咳き込む。止まっていた身体活動が一気に動き出したのか、どこもかしこも忙しない。心臓がばくばく打ち、血液がぐるぐる巡り、咳で妨げられた呼吸が荒くなる。咳き込みすぎたせいで吐き気すらしてきた。大丈夫ですか、と祐が背中をさすってくれる。正直、答える余裕もない。
ようやく落ち着いたときにはもう疲労困憊だった。
「遥さん、大丈夫ですか?」
「ん……」
「お水飲みますか」
「うん」
傍らに用意していたらしいペットボトルを口許にあてがわれる。傾けられたところから流れ込んでくる水を飲み下した。甘い。
「……」
「もう少しいりますか」
ぼうっと顔を眺めていたら、水の要求と勘違いされた。遥は首を振る。そうして周囲を見回すと、なにやら見覚えのある内装だった。どこだっただろう。少なくとも遥や祐の部屋ではないが。
だめだ、あまり頭が回らない。
「『ミモザ』です。プレイルームを借りました」
遥が内心を読んだように答えた。そうだ、藤木のバーである。遥が行き倒れた場所は、確かにこの近くだった。
そのとき、背後で扉が開く。
「――目覚めたね」
振り返ると、浅田が立っていた。ほっとした表情を浮かべ、近寄ってくる。跪き、遥の顔を覗き込んだ。思い返せば、浅田は会うたびにいつも遥の顔色を観察する。
「大丈夫そうだね」
「は、い……?」
なぜここに?
疑問は顔に出ていたらしく浅田が苦笑する。Dropした遥さんを介抱してくれたんです、と祐が硬い声で答えた。遥は慌てて浅田に向き直る。
「え……す、すみません」
「いや。たまたま通りすがったから。見つけられて、本当よかった」
「……ありがとうございます」
深く頭を下げると――祐に抱えられているのであまり恰好はつかないのだが――浅田は笑った。大丈夫だ、と手を振る。
そういえば、落ちる寸前に誰かに呼びかけられた気がした。あれは浅田だったのか。もし見つけられていなかったら……そこまで想像して、遥はぞっとした。戻って来れてなかったかもしれない。
「気分は?」
「すこし……ぼーっと、します」
「Dropのせいだな。眠いだろ?」
言われてみれば、そんな気もする。緩慢に頷くと、今日はゆっくり寝た方がいいと浅田が告げる。
「頭が痛いとか、息苦しさは」
「ない……です」
「そうか。ならとりあえずは大丈夫そうだね」
浅田が頷く。遥の頭をくしゃりと撫でた。その瞬間祐が身を固くしたが、なにも言うことはない。
それをちらりと一瞥した浅田は小さく息を吐き、まっすぐ向き直った。
「棚橋くん」
「はい」
遥を抱き込む腕が強張る。
「少しの間、遥と話をしてもいいかな」
「……オレが席を外すということですか」
「そうだ」
祐が息を呑む。遥は後ろを振り返った。苦い顔をした祐と視線がかち合う。遥の顔をじっと見つめたDomは、しばらくしてゆっくりと頷いた。
「わかりました」
……え。
あっさりと抱擁が解けた。体温が離れた瞬間、遥は袖を掴んでしまう。
祐が驚いた顔をして、すぐに表情を和らげた。
「大丈夫ですよ。すぐに戻りますから」
「……うん」
しぶしぶ袖を離す。離れた温度を寂しく思うが、引き留めることはできない。そんな遥の表情を祐はじっと見つめ、頭を一撫でした。そのまま未練を断ち切るように立ち上がる。
「マスターに遥さんが起きたと伝えてきます。なにかあったらすぐ呼んでください」
「わかった」
名残惜しげにちらちらと振り返りながら、祐がルームを出ていく。壁の向こうに足音が遠のいていくのが心細く、遥は自分の身体を抱きしめた。実際、体が冷えている気がする。
藤木にも迷惑をかけてしまった、と思いながら遥は浅田に向き直った。それにしても話とはなんだろう。
「遥」
「は、はい」
思わずどもると、固くならないでと浅田が手を振った。そう言われても、わざわざ個別にと言うからにはなにか大事な話に決まっている。緊張しないわけがない。
「話なんだけども」
「はい」
「遥は棚橋くんとパートナーを解消したい?」
「え?」
思ってもない言葉に、遥は目を瞬かせる。祐と、パートナー解消?
足元から冷たいものが上ってくるような感覚がした。声が震える。
「解消って、どうして」
「君がDropしたから」
浅田の声は大真面目だった。
「パートナーがいる状態でDropが起きるのは、関係がうまくいっていなかったり、そもそも相性が悪いときが多いから。ちょっと確認したいなと」
もしなにか不和や不安があるなら、相談してほしい。浅田はそう言いながら胸から名刺を出した。渡された名刺を一読し、遥は目を瞠った。
「……ダイナミクス課……」
公務員だ。ダイナミクス間の相談や調停を行う部署である。ときには危険な状態のDomを抑えたり、Subを保護したりするとも聞いた。浅田が、その一員。
名刺から顔を上げると、浅田はまっすぐ遥を見ていた。こうして見ると、やはりDomだ。眼差しに、存在に溢れる威圧感に圧倒されそうになる。
「相性に関して言うなら、君たちは良さそうだからそんなに心配していないんだ。この前会ったときも体調やメンタル面も安定しているように見えたし。だがこういう関係性は水物だから……なにかいざこざはなかった? 意に沿わないことを強要されたりは?」
「していません」
遥は即答した。浅田は頷いた。
「……そうか。ただ、それは本心かな。心からそう言える?」
「どういうことですか」
「むりやり言わされていないかってことだよ。俺なら彼に勝てる。腕力でも、Domとしても。遥が棚橋くんと一緒にいたくないならいますぐ保護することができるし、改めてパートナーを紹介することもできる。正直に答えてほしい」
なにを言われているんだろう。引いたはずの不安がまた募りだし、遥は首元を押さえた。
パートナー解消。関係がうまくいっていない。相性が悪い。一緒にいたくない。……なんだ、それ。
「本当に些細なことでもいい。もしなにか心当たりや気になることがあれば、」
「いや、です」
浅田が黙った。
心配してくれている相手に失礼なことはわかっていたが、これ以上は聞いていられなかった。浅田の言葉を遮り、遥は自分の思考を落ち着かせる。
ここでまた落ちるわけにはいかない。首輪を押さえたまま、遥は浅田を強く見据えた。
「祐と離れるなんて、絶対にありえません。問題もありません」
「……しかし」
「相性はいいですし、今回は……少し、僕が思いつめただけです。でも、もう大丈夫です。祐に一切非はありません」
大丈夫ではない。大丈夫ではないが、祐と離れることだけは考えられない。
浅田は疑いの眼差しを遥に向けている。本当にこのままで大丈夫なのか、と目が物語っている。視線を向けられるだけで怯みそうになるが、絶対に退くつもりはなかった。
「大丈夫です」
「……棚橋くんとパートナーを続けるつもりということかな」
「はい」
パートナーをやめるとしたら、祐がその初恋相手と想いを通じ合わせたときだ。だがいまなら遥にも狙い目がある。全力で祐にアプローチして、大昔の初恋の相手なんかよりずっといいと言わせてみせる。遥が好きだと言わせてやる。
だから。
「僕のパートナーは祐だけです。一生を、誓ったので」
「……そうか」
遥の表情をどう解釈したのか、浅田が息を吐いた。頑固者だと呆れたのかもしれない。
「わかった。病み上がりに失礼したね、いったんここは退こう。……けど、念のため定期的に会ってほしい。Dropした以上ことは深刻なんだ。それができないなら、悪いがいますぐ引き離さざるを得ない」
「……わかりました。心配してくださってありがとうございます」
「ああ」
ようやく浅田が柔らかくはにかんだ。そうして立ち上がり、棚橋くんを呼んでくる、と部屋を出ていく。
一人残され、遥はようやく肩の力を抜いた。視線を下せば、力を込めすぎた手の間接関節が白くなっている。
「……祐」
口の中で想い人の名を転がし、首輪を撫でた。
好き。好きだ。もう誤魔化しようがない。受け入れるしかない。
目を瞑り、深く息を吸う。
次に目を開けたとき、少しだけ気持ちが引き締まった気がした。
二人はほどなく帰って来た。
「遥さん、調子はどうですか」
「大丈夫」
「よかった」
傍らにしゃがんだ祐が破顔する。つられて遥も唇を緩めた。
「じゃあ俺は帰るね」
背後から聞こえた浅田の声に、慌てて遥は向き直る。祐も頭を下げた。
「本当にありがとうございました」
「なにからなにまで、ありがとうございます」
「いや、構わない」
鷹揚に手を振り、浅田は遥のほうを向く。
「気分が悪くなったらすぐ病院へ行くように」
「はい」
「よし」
神妙に頷いた二人に苦笑し、浅田が荷物を持ち上げる。そうして去り際、一度振り返った。余計なお世話かもしれないが、と歯切れ悪く口を開く。
「君たちになにがあったかはここでは訊かないけど。ただ、一度よく話し合ったほうがいいと思う」
「……はい」
「ではおやすみ」
今度こそ扉が閉まる。
沈黙が一瞬、二人きりの室内を支配した。
「――遥さん」
「は、はい」
思わずかしこまると、祐が笑った。構えないで、とその手を伸ばしてくる。だが肌に触れる直前で止めた。祐が唇を引き結び、ゆっくり開く。
「触れても、いいですか?」
表情は微笑んでいるのに、声が震えている。その眸に浮かぶ臆病と恐れに、遥の胸が軋んだ。
……傷つけてしまった。
いきなり突き放されて驚かないわけがない。ましてやその相手が直後Dropを起こしたのだ。祐のことだから、きっと自分が遥を傷つけてしまったと思い悩んでいる。
そのことが申し訳なくて、やるせなくて、遥は唇を噛んだ。
「祐」
遥は手を伸ばし、自分から手を掴んだ。そうして引き寄せ、抱きしめる。
「――ごめんなさい」
腕の中で、祐の身体が強張ったのがわかった。
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