月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第54話

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 たったの五人。いくら不意を突いたとはいえ、野盗の群は数十人はいたのです。冒頓たちは、たったの五人でそれを殲滅して見せたのです。羽磋には、彼らが傷一つ負わず、そして、それを当たり前のようにして振舞っていることが、全く理解できませんでした。
「いや、あれは?」
 羽磋は、冒頓の部下たちの働きを観察している中で、野盗の生き残りが、浅い川を渡って山の斜面へ逃げていくのを視界の端に捉えました。
「ぼ、冒頓殿。野盗が逃げていきます。追わなくてもよろしいのですか?」
「ああ・・・・・・。大丈夫だ、羽磋。あの人数なら、もうこちらを襲ってくることはないからな」
 羽磋が指さす方を振り返り、冒頓は逃げる野盗の姿を確認しました。羽磋に答えを返すその声には、これまで羽磋が感じていたどこか見下すような、からかうような響きはなくなっていました。なにより、大きな変化として、「殿」という敬称が消えていたのですが、それに気づくだけの心の余裕を羽磋が取り戻すのは、少し時間が経ってからのことでした。
「それにな、羽磋。俺たちは別に、野盗退治にやとわれているわけじゃねぇんだ。この交易隊の護衛が仕事だ。だからな、あいつらが何人か生き残ってくれた方が、都合がいいとも言えるのさ。あいつらやべぇ、あの交易隊には手を出しちゃなんねぇって噂が広がってくれた方が良いんだよ」
「そういうものなんですか」
「ああ、あいつらだって、好き好んで命を張っているわけじゃないからな。強力な護衛が付いている交易隊を襲うよりは、それは黙って見逃して、襲いやすいと思う交易隊が通るまで、機会を待つのさ。死んだら終わりだからな。なぁ、小苑」
 冒頓は、苑の横まで馬を進めると、彼の頭髪をぐしゃぐしゃと搔き乱しました。
「なぁ小苑。死んだら終わりだよなぁ」
「す、すみません。冒頓殿。ちょっと出過ぎたっす。でも、きっと、冒頓殿なら空風に反応してくれると思って……」
「そりゃ、空風を寄こした狙いはわかるけどよ。いいか、小苑。自分を賭けの対象にして、大きな成果を狙うのはやめとけ。しなくてもいい場面ではな。どうせ、ほっといても、そういう場面は自然に出てくるんだからな」
「わ、わかりました。すみません、冒頓殿」
 冒頓に褒められると思って身体を反り返していた苑は、思っていたのと逆の厳しい言葉に、身体を小さくしてしまいました。その頭をぐしゃぐしゃと掻き乱す冒頓でしたが、その顔には、厳しい言葉とは裏腹に、自分の弟が大きな獲物をとってきたときのような、優しい笑顔が浮かんでいました。
「頼むぜ、小苑。ああ、それと、まぁ・・・・・・、よくやったぜ」
「はいっ、ありがとうっす」

 ピイーッ。

 空から、オオノスリの鳴く、かん高い音が降ってきました。
「ああ、空風。お前もよくやったぞ。なぁ、小苑」
「はいっ」
 冒頓に空風のことをほめられた苑は、それを自分のことのように喜び、頬を赤く染めました。
「空風がどうかしたのですか」
「ああ、羽磋殿。実は、おれたちがあいつらを引き出しに掛かる前に、空風に冒頓殿を連れてくるように頼んでいたっす。だから、うまい事、あいつらの背後を冒頓殿に突いてもらえたんす。ああ、そうだ、ご褒美を上げないと」
 怪訝そうな顔をする羽磋に簡単な説明をすると、苑は自分の鞍の後ろに括り付けてある革袋から、ある塊を取り出しました。
「おれが苑と呼ばれるのは、これを飼っているからなんすよね。そらあっ」
 苑は塊を大空に向けて放り上げました。皆の頭上を回っていた空風は、苑が革袋に手をかけたときから機会をうかがっていて、その塊に向けてすーと急降下していきました。
 バスッ。聞こえるはずもない音が、羽磋の耳に伝わってきたような気がしました。空風はその塊を空中で見事に受け止めると、皆から少し離れた地上へと降りていきました。
「今のは・・・・・・」
「ああ、おれが飼っている野ネズミっす。駱駝が積んでいる荷の中の一つは、俺が空風に餌として与えるために飼っている野ネズミの飼育箱なんすよ。だから、みんなから苑って呼ばれるんすよねぇ」
 へへっっと、鼻を掻く苑は、先程、野盗の前で堂々としたやり取りを見せたのが信じられないほど、まだあどけなさが残る、自分と同年齢か少し若いぐらいの少年でした。
「もうすぐ本隊が来るからな。こいつらをどかして道を開けておけよ」と、野盗の死体を蹴りながら部下に指示を送る冒頓は、一介の細身で陽気な男にしか見えません。しかし、先ほど、野盗の群を断ち切って現れた冒頓は、黒い殺気を纏っていて、どんな武器でも傷付けることのできない硬い塊のように思えました。
 野盗を隠れ場所から引き出すと決めたのと同時に、空風に合図を送り、交易隊本体へ向かわす。自分たちは野盗を引き出すと同時に、勢いよく反対側まで駆け抜けて、野盗の注意を引き付ける。交易隊本体を護衛していた冒頓は、自分たちの頭上で鳴く空風を見て苑の意図を察し、護衛隊の中から騎上のものだけを引き連れて狭間へ急行する‥‥‥。すべての出来事は、苑の、いや、苑と冒頓の手のひらの上で進んでいたのでした。苑があれほど野盗を煽り、罵倒したのも、自分たちに注意を引き付けて、背後から急襲するはずの冒頓たちが気付かれることがないようにとの配慮だったのでしょう。
「これが、匈奴、なのか‥‥‥」
 自分の考えが全く及ばないような連携を見せた二人を、驚きと共に見つめながら、羽磋は自分が交易隊と合流した時のことを、思い返していました。
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