月の砂漠のかぐや姫

くにん

文字の大きさ
54 / 361

月の砂漠のかぐや姫 第53話

しおりを挟む
 それは、自分たちに矢を放とうとした野盗という、一つの危険を取り除いたものではありましたが、さらに大きな危険を呼び寄せるものでもありました。つまり、今まで奇妙な膠着状態に陥っていた場が、とうとう動き出してしまったのでした。
「やりやがったなっ」
「こいつら、絶対生かして返さねぇ」
「行け、行け、行けぇ」
「こ、ここ、こんなにゃろうぅっ」
 野盗たちは、一斉に二人に向って走り出してきました。その内の何人かは、苑と羽磋の弓矢で倒せるかもしれませんが、とても、それだけで防ぎきれる人数ではありません。
「なんで、こんなことに‥‥‥。輝夜を救うために、阿部殿に会わないといけないのに」
 羽磋は、自分勝手に野盗を煽っていた苑を恨めしく思いました。でも、苑を見殺しにして逃げ出そうという考えは、彼の中にはまったく浮かんでは来ませんでした。
 とはいえ、自分たちに襲い掛かってくる盗賊たちを撃退する、良い考えが浮かぶわけでもありません。いったい、どうすればいいのでしょうか。
「くそ、こうなったら、できるだけのことはするさ」
 覚悟を決めると言えるほど、しっかりと考えをまとめたわけではありません。そもそも、そんなに、考えをめぐらしている時間の余裕なんてありません。ただ、何をしてよいかわからない中で、目の前のことを何とかしよう、そう決意しただけでした。
 羽磋は、野盗の先頭に立って走ってくる男に向って、弓を引き絞りました。一人でも多くを矢で倒し、あとは何とか、短剣をふるって囲みを突破する。それぐらいの事しか思いつきませんし、それすらもできるかどうかわからないのです。
 羽磋が、祈るような気持ちで矢を放とうとした、その時。
 野盗たちの背中側、狭間の入口側から、重い地響きが聞こえてきました。
「来たぁ! 来たっすよ、羽磋殿」
 羽磋の横から、心からの喜びに彩られた苑の声が聞こえてきました。
 ド、ドド。ドド。ドドド。
「なんだ、なんだ。この音は」
「おい、止まるな、行けよ」
「後ろの方から、何か来てんのか、オイッ」
 一斉に前に進もうとしたところに、自分たちの後ろから、重い地響きが聞こえてきたものですから、野盗たちも大混乱です。羽磋たちに切りかかろうとして前に進もうとする者、後ろを確認しようとして立ち止まる者が、無秩序に入り乱れていました。馬に乗っている野盗は、自分の周りで起こった混乱に驚き暴れている馬から振り落とされないように必死で、とても弓で二人を狙うどころではありませんでした。
 ゴオッツ!
 その混乱の中へ、一つの塊が激しく叩きつけられました。
「冒頓殿!!」
 苑が叫びました。
 狭間の入口側から突入した冒頓以下数騎の護衛隊が、何の躊躇も見せずに、野盗の群の中央にぶつかってきたのでした。それは、まるで黒い岩の塊でした。その岩の塊に触れた野盗たちは、次々と弾き飛ばされ、大地に叩きつけられました。
「うわぁ!」
「おい、なんだ、なんだ。ああ……」
 あまりに、冒頓たちが突然に現れ、また、その動きが素早かったために、自分がなぜ倒れているのか、その理由が判っていない野盗もたくさんいたと思われます。
 冒頓たちは、その速度を少しも緩めることなく、野盗の群を真っ二つに割って羽磋たちの元へ到達しました。そして、二人の傍で手綱を引いて馬を反転させると、今度は、冒頓が黙ったまま槍を差し出した右手の集団の方へ向かって、再度突撃していくのでした。
 あまりに急激な冒頓たちの動きについていけず、野盗たちは、抵抗らしい抵抗をすることもできません。ただ、冒頓たちが振るう槍の前で、自分の順番を待つことしかできないのでした。
「す、すごい・・・・・・」
 冒頓が羽磋の側で馬を返したとき、羽磋には、彼が二人の方にちらりと視線を送ったような気がしました。数十人の野盗の群を断ち切ったのに、全く緊張した様子も見せず、わずかに返り血で赤く染まっているその顔には、子供のような笑みが浮かんでいたようにさえ思えました。
「笑っていた‥‥‥」
 羽磋には、ただ茫然とその一部始終を見届けることしか、できませんでした。冒頓が乱入してきたときからずっと、視線を冒頓から離すことが出来ないでいました。羽磋は、自分が矢を弓につがえたままであることにすら、気が付いていませんでした。

 全てが終わるまでに、長い時間は必要とはされませんでした。
「よおぅ、おつかれさんだったな」
 冒頓は、まだ息を荒げている愛馬をなだめながら、羽磋と苑の方へ向かってきました。
 冒頓の背後では、彼の部下が、壊滅した野盗の群から、金目のものや役に立ちそうなものを回収していました。もちろん、数頭の馬は貴重な財産なので、下馬したものが轡をとって、逃げ出さないように管理をしていました。あまりに素早く激しい動きで、その人数も定かでなかった冒頓の部下でしたが、改めて見てみると、頭目の彼を入れても、わずか五人に過ぎないようでした。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

『王都の神童』と呼ばれた俺、職業選定でまさかの【遊び人】三連発で追放される。……が、実は「全職業のスキル」を合算して重ねがけできる唯一のバグ

よっしぃ
ファンタジー
王都で「神童」の名をほしいままにしていた少年、ディラン・アークライト(17歳)。   剣を握れば騎士団長を唸らせ、魔法を学べば賢者を凌駕する。誰もが彼を「次代の勇者」と信じて疑わなかった。  しかし、運命の職業選定で彼が得たのは――【遊び人】。   それも、三つの職業スロットすべてが【遊び人】で埋まるという、前代未聞の怪現象だった。 「期待外れだ」 「国の恥晒しめ」   掌を返した周囲によって、ディランは着の身着のままで街を追放される。  だが、かつて神童と呼ばれた彼の「分析力」は死んでいなかった。 『……Lv1なのに、ステータスが異常に高い? それに経験値が分散せず、すべて加算されている……?』  彼だけが気づいた真実。  それは【遊び人】という名に偽装された、この世界の管理者権限(Free-Hander)であり、全職業のスキルを制限なく使用・強化できるバグ技(デバッグモード)への入り口だったのだ。  これは、理不尽に捨てられた元・神童が、その頭脳とバグ能力で世界を「攻略」し、同じく不遇な扱いを受けていた美少女騎士(中身は脳筋)と共に、誰よりも自由に成り上がる物語。 【著者プロフィール】アルファポリスより『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』を出版、オリコンライトノベル部門18位を記録。本作は2月に2巻刊行予定。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

処理中です...