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月の砂漠のかぐや姫 第97話
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皆は、ヤルダンを無事に通れるようにすることだけを考えている。理亜のことなんて、だれも考えてくれていないんだ。僕が、僕が、はっきりと言わないといけないんだ。理亜のことをきちんと考えてあげて下さいって。理亜を守れるのは僕だけなんだ・・・・・・。
王柔は、気を抜くと足元に落ちていってしまう視線の先を、机の真ん中に固定しました。場にいる一人一人の目を見て発言できれば一番いいのでしょうが、気の弱い王柔には、足元を向かないようにするだけで精いっぱいだったのでした。
そして、王柔はお腹の底から勇気を振り絞って、震える声を出し続けるのでした。
「理亜をヤルダンに連れて行くこともそうですけど、そもそも、母を待つ少女に手を出すなんて、もし、理亜に何かあったらどうするんですか。もっと、理亜のことを考えてあげてください。お願いです、理亜のことを、もっと大事に考えて上げてください。お願いですっ!」
最後には、上ずった叫び声のようになってしまった王柔の言葉は、不思議な力を持っているようでした。小野の説明で一つの方向性を見出し、少しほっとしたような小部屋の中の空気は、一瞬で氷のように冷たく固まってしまいました。
「理亜のことを、もっと大事に考えて下さい」
王柔のこの願いは、場にいる大人たちの胸にどのように届いたのでしょうか。
小野と王花は、王柔がこのような話をするのだろうと予想を立てていました。まして、小野はこの点についてこれから語ろうとしていたところでしたから、特に驚きはありませんでした。
超克は、いつもの通り、じっと目を閉じて王柔の言葉に耳を傾けていました。経験が皴となって刻み付けられているその顔からは、彼がどのようにこの言葉を聞いたのかは、窺うことはできませんでした。
では、その上司である冒頓は、どうだったでしょうか。
こちらは、部下である超克とはまったく対照的に、王柔が小野の言葉を遮って立ち上がった時から、苦々しさがその面に現れていました。
交易隊と共に行動している冒頓は、隊がヤルダンを通る際に、王花の盗賊団の一員である王柔と顔を合わす機会がありました。そのため、詳しくではないものの、彼のことを以前から知っていました。
陽気で行動的、そして、気が短い冒頓に対して、内面的で気弱な王柔。冒頓と王柔ではあまりに地位に違いがあるので、話をしたり一緒に行動したりしたことはなかったのですが、それでも、冒頓は彼に対してはっきりとした見解を持っていました。「弱々しくてイライラさせられる奴」と。
むしろ、冒頓の好みにあっているのは、冒頓とは違って生真面目な性格ではあるものの、自分のなりたい姿や自分の中での譲れない一線をしっかりと持ち、与えられた責任に対して未だ足りない自分を自覚しながらも、精一杯背伸びをし無理に身体を大きく見せてでも頑張ろうとする、羽磋の方でした。これは、冒頓も自覚はしていないのですが、子供の頃に匈奴から月の民に出された自分が、全くの異国の地で意地を張りながら成長してきた姿と、自分の下に突然現れた羽磋という少年の様子とに、共通するものを感じているからなのでした。
「なんだかよくわかんねえなぁ、王柔・・・・・・」
机を挟んだ王柔の向かい側で、ギギィイと椅子が引かれる音がしました。椅子も、自分が引かれて、腰を掛けていた男が立ち上がったときに、この部屋に不穏な空気が生じるのが判っていたのでしょう。彼が上げたギギィイという音には、聞く人すべてを落ち着かない気分にさせる何かが含まれていました。
冒頓は立ち上がって、自分の目の前に立つひょろりとした男を、ゆっくりと観察しました。
椅子から立ち上がって話をしているものの、その男の身体は、しっかりと両足で支えられておらず、左手を机につき、それで倒れそうになる身体を支えているように見えました。右手は不安で震える身体を抱えるように、身体に巻き付けられています。そして、その視線は誰の元にも向いておらず、人の目を見るのが怖いのか、机の上の一点に向けて固定されているのでした。
「なんだこいつは。言いたいことがあるなら、はっきりと言いやがれ」
冒頓がそう思ったのは、王柔に対する先入観があったからだけとは言い切れませんでした。冒頓が「自分に足りないところがあっても、少年なりに精一杯に頑張っている」と好ましく思うのは、初めて羽磋にあった時に彼が見せた強がりとも言える態度のようなものであり、弱々しい自分を支えるだけで精一杯に見える王柔の姿に対しては、好意的な気持ちどころか、イライラとした気持ちを覚えるのでした。
「おまえの話を聴いていたが、よくわかんねえんだ。教えてくれよ。結局、お前はどうしたいんだ。母を待つ少女に手を出すな。じゃあ、どうすればいいと、考えているんだよ」
いくら気の短い冒頓とは言え、ここは上司であり年長者である小野や王花の目の前で、これからの行動を決める大事な話し合いの場でした。一言一言を区切り、感情を押し殺したような話し方で、冒頓は王柔に対して、自分の疑問をぶつけるのでした。もちろん、机の上に視線を落すのでなく、しっかりと王柔を見つめながらです。冒頓のその視線の強さは、砂漠オオカミのそれを感じさせる程でした。
王柔は、気を抜くと足元に落ちていってしまう視線の先を、机の真ん中に固定しました。場にいる一人一人の目を見て発言できれば一番いいのでしょうが、気の弱い王柔には、足元を向かないようにするだけで精いっぱいだったのでした。
そして、王柔はお腹の底から勇気を振り絞って、震える声を出し続けるのでした。
「理亜をヤルダンに連れて行くこともそうですけど、そもそも、母を待つ少女に手を出すなんて、もし、理亜に何かあったらどうするんですか。もっと、理亜のことを考えてあげてください。お願いです、理亜のことを、もっと大事に考えて上げてください。お願いですっ!」
最後には、上ずった叫び声のようになってしまった王柔の言葉は、不思議な力を持っているようでした。小野の説明で一つの方向性を見出し、少しほっとしたような小部屋の中の空気は、一瞬で氷のように冷たく固まってしまいました。
「理亜のことを、もっと大事に考えて下さい」
王柔のこの願いは、場にいる大人たちの胸にどのように届いたのでしょうか。
小野と王花は、王柔がこのような話をするのだろうと予想を立てていました。まして、小野はこの点についてこれから語ろうとしていたところでしたから、特に驚きはありませんでした。
超克は、いつもの通り、じっと目を閉じて王柔の言葉に耳を傾けていました。経験が皴となって刻み付けられているその顔からは、彼がどのようにこの言葉を聞いたのかは、窺うことはできませんでした。
では、その上司である冒頓は、どうだったでしょうか。
こちらは、部下である超克とはまったく対照的に、王柔が小野の言葉を遮って立ち上がった時から、苦々しさがその面に現れていました。
交易隊と共に行動している冒頓は、隊がヤルダンを通る際に、王花の盗賊団の一員である王柔と顔を合わす機会がありました。そのため、詳しくではないものの、彼のことを以前から知っていました。
陽気で行動的、そして、気が短い冒頓に対して、内面的で気弱な王柔。冒頓と王柔ではあまりに地位に違いがあるので、話をしたり一緒に行動したりしたことはなかったのですが、それでも、冒頓は彼に対してはっきりとした見解を持っていました。「弱々しくてイライラさせられる奴」と。
むしろ、冒頓の好みにあっているのは、冒頓とは違って生真面目な性格ではあるものの、自分のなりたい姿や自分の中での譲れない一線をしっかりと持ち、与えられた責任に対して未だ足りない自分を自覚しながらも、精一杯背伸びをし無理に身体を大きく見せてでも頑張ろうとする、羽磋の方でした。これは、冒頓も自覚はしていないのですが、子供の頃に匈奴から月の民に出された自分が、全くの異国の地で意地を張りながら成長してきた姿と、自分の下に突然現れた羽磋という少年の様子とに、共通するものを感じているからなのでした。
「なんだかよくわかんねえなぁ、王柔・・・・・・」
机を挟んだ王柔の向かい側で、ギギィイと椅子が引かれる音がしました。椅子も、自分が引かれて、腰を掛けていた男が立ち上がったときに、この部屋に不穏な空気が生じるのが判っていたのでしょう。彼が上げたギギィイという音には、聞く人すべてを落ち着かない気分にさせる何かが含まれていました。
冒頓は立ち上がって、自分の目の前に立つひょろりとした男を、ゆっくりと観察しました。
椅子から立ち上がって話をしているものの、その男の身体は、しっかりと両足で支えられておらず、左手を机につき、それで倒れそうになる身体を支えているように見えました。右手は不安で震える身体を抱えるように、身体に巻き付けられています。そして、その視線は誰の元にも向いておらず、人の目を見るのが怖いのか、机の上の一点に向けて固定されているのでした。
「なんだこいつは。言いたいことがあるなら、はっきりと言いやがれ」
冒頓がそう思ったのは、王柔に対する先入観があったからだけとは言い切れませんでした。冒頓が「自分に足りないところがあっても、少年なりに精一杯に頑張っている」と好ましく思うのは、初めて羽磋にあった時に彼が見せた強がりとも言える態度のようなものであり、弱々しい自分を支えるだけで精一杯に見える王柔の姿に対しては、好意的な気持ちどころか、イライラとした気持ちを覚えるのでした。
「おまえの話を聴いていたが、よくわかんねえんだ。教えてくれよ。結局、お前はどうしたいんだ。母を待つ少女に手を出すな。じゃあ、どうすればいいと、考えているんだよ」
いくら気の短い冒頓とは言え、ここは上司であり年長者である小野や王花の目の前で、これからの行動を決める大事な話し合いの場でした。一言一言を区切り、感情を押し殺したような話し方で、冒頓は王柔に対して、自分の疑問をぶつけるのでした。もちろん、机の上に視線を落すのでなく、しっかりと王柔を見つめながらです。冒頓のその視線の強さは、砂漠オオカミのそれを感じさせる程でした。
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