月の砂漠のかぐや姫

くにん

文字の大きさ
125 / 361

月の砂漠のかぐや姫 第124話

しおりを挟む
 そんな冒頓の目に留まったのは、理亜の姿でした。彼女は、冒頓の向かい側で、王柔の隣に座っていました。立てた膝を両手で抱きかかえ、そこに顔をうずめて、すっかりと大人しくなっています。
 やはり、年端のいかない子供に、怪奇としか言いようのない、岩でできたサバクオオカミの姿、そして、それに続く激しい戦いの様子は、強い衝撃となったのでしょうか。
 そう考えると、急におとなしくなってしまった事はわからなくもないのですが、何かが冒頓の意識に引っかかっていました。
 急におとなしく・・・・・・、ああ、そうです。ここのところ、理亜は常に明るい様子で、「はんぶん、はんぶんナノ」と、鼻歌を口ずさんでいました。その鼻歌がいつの間にか冒頓の耳に残っていたのですが、それも今の理亜からは、すっかりと消えてしまっているのでした。
「そうだ、王柔。さっきの戦いの間、お嬢ちゃんの様子はどうだった」
「はい、冒頓殿。僕たちは交易隊と一緒に、護衛隊の皆さんの後ろに下がりましたが、やはり、そこからも戦いの様子は見えました。理亜には見せない方が良いかとも思ったのですが、いつでも動けるように彼女を駱駝の上に座らせたままでしたし、隠すことはできませんでした。あのサバクオオカミの異様な姿、そして、恐ろしい戦いを、理亜はずっと見ていました。それで・・・・・・」
「すっかり、元気をなくしちまったというわけか」
「はい。まるで、天山山脈からの寒い風に当たっているかのように、身体をぎゅっと縮めていました」
「そりゃ、まぁ、仕方ねぇな。それで、最近お気に入りのあの唄も出てないってわけか。そういや、王柔、あの唄は、どっから出てきてるんだ。あの半分ナノってのは」
 二人のやり取りを横で聞いていた羽磋は、冒頓の言葉に合わせて、王柔の方を振り向きました。彼も不思議に思っていたのです。最近、急に理亜が口にするようになったあの鼻歌を、彼女がどこで覚えたのだろうと。
「ああ、あの唄ですか。あれは・・・・・・」
 冒頓の問いに、王柔は答えにくそうな顔をして首の後ろを掻きました。とはいえ、「問いに答えない」という選択肢は、冒頓と王柔の力関係の上では存在しません。王柔は、ぽつぽつと、何度もつまりながら、その経緯を話しだしました。

 あの酒場の小部屋での話し合いがあった、次の日のことでした。
 冒頓に「お前はどうするんだ」と問われた王柔は、一晩中、自分にできることが何かないかと考え、一つのことを思いついていたのでした。
 それは、理亜を連れて「精霊の子」を訪ねるということでした。
 「精霊の子」とは、稀に生まれてくる、他の子供たちよりも発達の程度が遅い子らのことでした。もちろん、その子たちには、自らの身体を動かすことさえ困難な子や、身体は自由に動かせるものの頭の働きが成長しない子など、さまざまな個性が見られるのですが、彼らに共通して言えることは、他の者との共同作業、共同生活が難しいということでした。
 遊牧民族である月の民は、ゴビの砂漠という厳しい環境の中を、移動を繰り返しながら生活をしています。でも、このような子たちは、そのような厳しい生活、危険と隣り合わせの生活は耐えがたいと思われます。それに、彼らの意識は、人間ではなく、むしろ、精霊とやり取りをしているのではないか、と思われる節もしばしば見られ、みんなと協力して家畜を追うような作業はできないのでした。
 月の民は自分たちの祖先は月から来たと考えていましたが、自分たちと同じように月から来たものを祖先とし、やがて自然と一体となったものが精霊であると考えていました。ですから、精霊を力あるものとして畏れ敬う一方で、それらは自分たちの兄弟であるという意識も持っていたのでした。彼らは、周りの人たちでなく精霊と話をしているような子供たちを「精霊の子」と呼ぶこととしましたが、それは、その子供たちを忌み嫌うことを意味するのではありませんでした。むしろ「月の巫女」と同じように聖なるものと考えていました。それで、彼らが困難な移動生活をすることがないように配慮して、根拠地や交易の中継地の村で、大切に守り育てていたのでした。
 王花と王柔は、理亜を自分たちのところへ迎え入れると、彼女の身に起きている呪いのような出来事に関して何か助言が得られないかと、困りごとが起きたときには皆が知恵を借りに行く村の長老を幾人も尋ねましたが、それは得られませんでした。長く生きて様々な経験を積み重ねている彼らでも、理亜の身体に起きている不思議な現象は、まったく理解できなかったのでした。
 不思議な出来事や神秘的な出来事といえば、人々と祖先、人々と精霊をつなぐ存在である月の巫女が思いだされます。超常の力が関わっていることであれば、生活の知恵を蓄えた長老よりも、月の巫女に尋ねる方が、良いのかも知れません。
 もちろん、王花と王柔も、そのことを考えはしました。でも、残念なことに、土光村には月の巫女はいなかったのでした。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

【完結】領主の妻になりました

青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」 司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。 =============================================== オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。 挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。 クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。 新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。 マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。 ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。 捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。 長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。 新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。 フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。 フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。 ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。 ======================================== *荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください *約10万字で最終話を含めて全29話です *他のサイトでも公開します *10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします *誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...