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月の砂漠のかぐや姫 第124話
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そんな冒頓の目に留まったのは、理亜の姿でした。彼女は、冒頓の向かい側で、王柔の隣に座っていました。立てた膝を両手で抱きかかえ、そこに顔をうずめて、すっかりと大人しくなっています。
やはり、年端のいかない子供に、怪奇としか言いようのない、岩でできたサバクオオカミの姿、そして、それに続く激しい戦いの様子は、強い衝撃となったのでしょうか。
そう考えると、急におとなしくなってしまった事はわからなくもないのですが、何かが冒頓の意識に引っかかっていました。
急におとなしく・・・・・・、ああ、そうです。ここのところ、理亜は常に明るい様子で、「はんぶん、はんぶんナノ」と、鼻歌を口ずさんでいました。その鼻歌がいつの間にか冒頓の耳に残っていたのですが、それも今の理亜からは、すっかりと消えてしまっているのでした。
「そうだ、王柔。さっきの戦いの間、お嬢ちゃんの様子はどうだった」
「はい、冒頓殿。僕たちは交易隊と一緒に、護衛隊の皆さんの後ろに下がりましたが、やはり、そこからも戦いの様子は見えました。理亜には見せない方が良いかとも思ったのですが、いつでも動けるように彼女を駱駝の上に座らせたままでしたし、隠すことはできませんでした。あのサバクオオカミの異様な姿、そして、恐ろしい戦いを、理亜はずっと見ていました。それで・・・・・・」
「すっかり、元気をなくしちまったというわけか」
「はい。まるで、天山山脈からの寒い風に当たっているかのように、身体をぎゅっと縮めていました」
「そりゃ、まぁ、仕方ねぇな。それで、最近お気に入りのあの唄も出てないってわけか。そういや、王柔、あの唄は、どっから出てきてるんだ。あの半分ナノってのは」
二人のやり取りを横で聞いていた羽磋は、冒頓の言葉に合わせて、王柔の方を振り向きました。彼も不思議に思っていたのです。最近、急に理亜が口にするようになったあの鼻歌を、彼女がどこで覚えたのだろうと。
「ああ、あの唄ですか。あれは・・・・・・」
冒頓の問いに、王柔は答えにくそうな顔をして首の後ろを掻きました。とはいえ、「問いに答えない」という選択肢は、冒頓と王柔の力関係の上では存在しません。王柔は、ぽつぽつと、何度もつまりながら、その経緯を話しだしました。
あの酒場の小部屋での話し合いがあった、次の日のことでした。
冒頓に「お前はどうするんだ」と問われた王柔は、一晩中、自分にできることが何かないかと考え、一つのことを思いついていたのでした。
それは、理亜を連れて「精霊の子」を訪ねるということでした。
「精霊の子」とは、稀に生まれてくる、他の子供たちよりも発達の程度が遅い子らのことでした。もちろん、その子たちには、自らの身体を動かすことさえ困難な子や、身体は自由に動かせるものの頭の働きが成長しない子など、さまざまな個性が見られるのですが、彼らに共通して言えることは、他の者との共同作業、共同生活が難しいということでした。
遊牧民族である月の民は、ゴビの砂漠という厳しい環境の中を、移動を繰り返しながら生活をしています。でも、このような子たちは、そのような厳しい生活、危険と隣り合わせの生活は耐えがたいと思われます。それに、彼らの意識は、人間ではなく、むしろ、精霊とやり取りをしているのではないか、と思われる節もしばしば見られ、みんなと協力して家畜を追うような作業はできないのでした。
月の民は自分たちの祖先は月から来たと考えていましたが、自分たちと同じように月から来たものを祖先とし、やがて自然と一体となったものが精霊であると考えていました。ですから、精霊を力あるものとして畏れ敬う一方で、それらは自分たちの兄弟であるという意識も持っていたのでした。彼らは、周りの人たちでなく精霊と話をしているような子供たちを「精霊の子」と呼ぶこととしましたが、それは、その子供たちを忌み嫌うことを意味するのではありませんでした。むしろ「月の巫女」と同じように聖なるものと考えていました。それで、彼らが困難な移動生活をすることがないように配慮して、根拠地や交易の中継地の村で、大切に守り育てていたのでした。
王花と王柔は、理亜を自分たちのところへ迎え入れると、彼女の身に起きている呪いのような出来事に関して何か助言が得られないかと、困りごとが起きたときには皆が知恵を借りに行く村の長老を幾人も尋ねましたが、それは得られませんでした。長く生きて様々な経験を積み重ねている彼らでも、理亜の身体に起きている不思議な現象は、まったく理解できなかったのでした。
不思議な出来事や神秘的な出来事といえば、人々と祖先、人々と精霊をつなぐ存在である月の巫女が思いだされます。超常の力が関わっていることであれば、生活の知恵を蓄えた長老よりも、月の巫女に尋ねる方が、良いのかも知れません。
もちろん、王花と王柔も、そのことを考えはしました。でも、残念なことに、土光村には月の巫女はいなかったのでした。
やはり、年端のいかない子供に、怪奇としか言いようのない、岩でできたサバクオオカミの姿、そして、それに続く激しい戦いの様子は、強い衝撃となったのでしょうか。
そう考えると、急におとなしくなってしまった事はわからなくもないのですが、何かが冒頓の意識に引っかかっていました。
急におとなしく・・・・・・、ああ、そうです。ここのところ、理亜は常に明るい様子で、「はんぶん、はんぶんナノ」と、鼻歌を口ずさんでいました。その鼻歌がいつの間にか冒頓の耳に残っていたのですが、それも今の理亜からは、すっかりと消えてしまっているのでした。
「そうだ、王柔。さっきの戦いの間、お嬢ちゃんの様子はどうだった」
「はい、冒頓殿。僕たちは交易隊と一緒に、護衛隊の皆さんの後ろに下がりましたが、やはり、そこからも戦いの様子は見えました。理亜には見せない方が良いかとも思ったのですが、いつでも動けるように彼女を駱駝の上に座らせたままでしたし、隠すことはできませんでした。あのサバクオオカミの異様な姿、そして、恐ろしい戦いを、理亜はずっと見ていました。それで・・・・・・」
「すっかり、元気をなくしちまったというわけか」
「はい。まるで、天山山脈からの寒い風に当たっているかのように、身体をぎゅっと縮めていました」
「そりゃ、まぁ、仕方ねぇな。それで、最近お気に入りのあの唄も出てないってわけか。そういや、王柔、あの唄は、どっから出てきてるんだ。あの半分ナノってのは」
二人のやり取りを横で聞いていた羽磋は、冒頓の言葉に合わせて、王柔の方を振り向きました。彼も不思議に思っていたのです。最近、急に理亜が口にするようになったあの鼻歌を、彼女がどこで覚えたのだろうと。
「ああ、あの唄ですか。あれは・・・・・・」
冒頓の問いに、王柔は答えにくそうな顔をして首の後ろを掻きました。とはいえ、「問いに答えない」という選択肢は、冒頓と王柔の力関係の上では存在しません。王柔は、ぽつぽつと、何度もつまりながら、その経緯を話しだしました。
あの酒場の小部屋での話し合いがあった、次の日のことでした。
冒頓に「お前はどうするんだ」と問われた王柔は、一晩中、自分にできることが何かないかと考え、一つのことを思いついていたのでした。
それは、理亜を連れて「精霊の子」を訪ねるということでした。
「精霊の子」とは、稀に生まれてくる、他の子供たちよりも発達の程度が遅い子らのことでした。もちろん、その子たちには、自らの身体を動かすことさえ困難な子や、身体は自由に動かせるものの頭の働きが成長しない子など、さまざまな個性が見られるのですが、彼らに共通して言えることは、他の者との共同作業、共同生活が難しいということでした。
遊牧民族である月の民は、ゴビの砂漠という厳しい環境の中を、移動を繰り返しながら生活をしています。でも、このような子たちは、そのような厳しい生活、危険と隣り合わせの生活は耐えがたいと思われます。それに、彼らの意識は、人間ではなく、むしろ、精霊とやり取りをしているのではないか、と思われる節もしばしば見られ、みんなと協力して家畜を追うような作業はできないのでした。
月の民は自分たちの祖先は月から来たと考えていましたが、自分たちと同じように月から来たものを祖先とし、やがて自然と一体となったものが精霊であると考えていました。ですから、精霊を力あるものとして畏れ敬う一方で、それらは自分たちの兄弟であるという意識も持っていたのでした。彼らは、周りの人たちでなく精霊と話をしているような子供たちを「精霊の子」と呼ぶこととしましたが、それは、その子供たちを忌み嫌うことを意味するのではありませんでした。むしろ「月の巫女」と同じように聖なるものと考えていました。それで、彼らが困難な移動生活をすることがないように配慮して、根拠地や交易の中継地の村で、大切に守り育てていたのでした。
王花と王柔は、理亜を自分たちのところへ迎え入れると、彼女の身に起きている呪いのような出来事に関して何か助言が得られないかと、困りごとが起きたときには皆が知恵を借りに行く村の長老を幾人も尋ねましたが、それは得られませんでした。長く生きて様々な経験を積み重ねている彼らでも、理亜の身体に起きている不思議な現象は、まったく理解できなかったのでした。
不思議な出来事や神秘的な出来事といえば、人々と祖先、人々と精霊をつなぐ存在である月の巫女が思いだされます。超常の力が関わっていることであれば、生活の知恵を蓄えた長老よりも、月の巫女に尋ねる方が、良いのかも知れません。
もちろん、王花と王柔も、そのことを考えはしました。でも、残念なことに、土光村には月の巫女はいなかったのでした。
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