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月の砂漠のかぐや姫 第137話
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「おおーい、この先は細い道が続きますから、気を付けてくださいよー」
王柔の声が交易隊の先頭で起きると、長く続く列の各所で、「この先は道が細くなっているから気を付けるように」と、後ろへ後ろへと注意を申し送る声が生じました。
交易隊の先では、岩襞と崖の間にできたわずかな場所を交易路が通っていました。幸いにも、それは崖際に刻み付けられた獣道というほど狭いものではなく、かろうじて駱駝を引きながら通ることができるだけの広さはあるのですが、やはり崖から落ちることのないように、かなりの気を使いながら通り抜けなければならないようでした。
恐ろしいことに、交易路の左側から上段のゴビが高い壁となって迫っていて、そこを通る者を右側にある崖縁に押しやるようになっているのです。空中に張り出した崖縁から下を見ると、下の方は暗い影で満たされていて、一体どれだけの高さがあるのかわかりません。
「下、どうなってるんダロ」
興味を持った理亜が小石を下に投げてみたところ、唄の一説を唱えるほどの時間がたってから、弱々しい「ポチャーン」という音が返ってきました。
どうやら、この底には水があるようです。もともと、ヤルダンは風の精霊と水の精霊が砂岩を削って作り上げたものとも言われていますし、南東にある祁連山脈から交易路沿いに流れていた川が、この底につながっているのかもしれません。でも、音が返って来るのに要した時間から考えると、この崖は水面から相当高いところにあるように思えます。万が一、崖から転げ落ちでもしたらと考えると、身震いせずにはいられません。
「やれやれ、こんなところであいつらには出会いたくねぇな。さっさと通り抜けたいもんだぜ」
このように心の中でつぶやいたのは、交易隊の中央で、視界を確保する意味から馬上にあった冒頓でした。
隊員も薄々は気がついているであろうこの危険な状況を、わざわざ言葉という形にしようとは思いません。でも、昼間のような広い場所であればまだしも、このような狭隘な場所でサバクオオカミの砂岩に襲われでもしたら、如何に冒頓としても対処のしようがないのでした。
でも、いくら危険があるとは言っても、ほかに道はないのです。この道を進まないわけにはいかないのです。唯一彼が打てる有効な対策は、このような場所をできるだけ早く抜け出す、それしかないのでした。
「気を付けて進めよっ。転がり落ちても、めんどくせぇから置いていくぜ。落ちた奴は自分で上がって来いよっ」
部下の緊張をほぐすためか、冗談めかした大きな声で注意を促した冒頓は、行進の邪魔にならないように馬を脇に寄せて止めると、ぐるりとあたりを見渡しました。
彼の前にも後ろにも、交易隊のものが駱駝を引きながら、長い列を作っていました。彼の近くではニ列になって進んでいる男たちも、先の方では地形に合わせて一列になって、ゆっくりと慎重に進んでいました。
先頭の王柔は白い頭布の上に目印の赤い布を巻いていますから、遠目にもすぐにわかります。既に道幅が狭くなっているところを、ずいぶんと奥の方まで進んでいます。そして、崖を気にしながらゆっくりと進む彼のもっと先のほうでは、また地形が変わっているようです。
この岩襞と崖の間の細い場所を抜けた先では、今度は一転して、広がった台地にでるようです。そこには巨人の握りこぶしのような砂岩がゴロゴロと転がっていて、岩陰からの不意打ちを警戒しながら通り抜けないとならないようでした。
「やれやれ。崖っぷちの次には、あの岩だらけのところを通らなけりゃいけねぇのか。まだヤルダンに入っちゃいねえってのに、気の休まるときがねぇな」
冒頓も彼の部下たちも、小野の交易隊の護衛として、何度かヤルダンを通り抜けたことはありました。ヤルダンやその周囲に広がるこのような複雑な地形も経験しています。
ただ、これまでであれば、明らかにいつもとは異なる空気に満ちていて、風の音は悪霊の鳴き声に、岩陰は怪物の住処にしか思えないヤルダンの中はともかくとして、その外側では複雑な地形を踏み外すことへの注意をしていればよかったのです。でも、今では、その複雑な地形を安全に通ることに加えて、サバクオオカミの奇岩の不意打ちについても注意しなければいけないのでした。
崖の外側の空間を、風が吹き抜けていきます。
岩襞にそって無言で歩く男たちの緊張が、引かれている駱駝にもわかるのでしょうか。彼らが時たま上げる「ンゴオオオオ」という鳴き声も、どこか不安げな調子です。
「あの岩陰のどこかに、あいつらが隠れているかもしれない」
隊の先頭を歩く王柔と羽磋は時折立ち止まり、手の平を丸めて目にくっつけると、自分たちがこれから通り抜けることになる、大きな砂岩がゴロゴロと転がった台地の様子を窺っていました。
まだ、彼らは崖際の細い道を歩いているのですが、もしもこの先に異変があるとしたら、先頭を歩く自分たちが真っ先にそれに気づいて、皆に知らせなければいけません。そう思うと、自分たちの足元よりも道の先の様子の方が気になって仕方がないのでした。
王柔の声が交易隊の先頭で起きると、長く続く列の各所で、「この先は道が細くなっているから気を付けるように」と、後ろへ後ろへと注意を申し送る声が生じました。
交易隊の先では、岩襞と崖の間にできたわずかな場所を交易路が通っていました。幸いにも、それは崖際に刻み付けられた獣道というほど狭いものではなく、かろうじて駱駝を引きながら通ることができるだけの広さはあるのですが、やはり崖から落ちることのないように、かなりの気を使いながら通り抜けなければならないようでした。
恐ろしいことに、交易路の左側から上段のゴビが高い壁となって迫っていて、そこを通る者を右側にある崖縁に押しやるようになっているのです。空中に張り出した崖縁から下を見ると、下の方は暗い影で満たされていて、一体どれだけの高さがあるのかわかりません。
「下、どうなってるんダロ」
興味を持った理亜が小石を下に投げてみたところ、唄の一説を唱えるほどの時間がたってから、弱々しい「ポチャーン」という音が返ってきました。
どうやら、この底には水があるようです。もともと、ヤルダンは風の精霊と水の精霊が砂岩を削って作り上げたものとも言われていますし、南東にある祁連山脈から交易路沿いに流れていた川が、この底につながっているのかもしれません。でも、音が返って来るのに要した時間から考えると、この崖は水面から相当高いところにあるように思えます。万が一、崖から転げ落ちでもしたらと考えると、身震いせずにはいられません。
「やれやれ、こんなところであいつらには出会いたくねぇな。さっさと通り抜けたいもんだぜ」
このように心の中でつぶやいたのは、交易隊の中央で、視界を確保する意味から馬上にあった冒頓でした。
隊員も薄々は気がついているであろうこの危険な状況を、わざわざ言葉という形にしようとは思いません。でも、昼間のような広い場所であればまだしも、このような狭隘な場所でサバクオオカミの砂岩に襲われでもしたら、如何に冒頓としても対処のしようがないのでした。
でも、いくら危険があるとは言っても、ほかに道はないのです。この道を進まないわけにはいかないのです。唯一彼が打てる有効な対策は、このような場所をできるだけ早く抜け出す、それしかないのでした。
「気を付けて進めよっ。転がり落ちても、めんどくせぇから置いていくぜ。落ちた奴は自分で上がって来いよっ」
部下の緊張をほぐすためか、冗談めかした大きな声で注意を促した冒頓は、行進の邪魔にならないように馬を脇に寄せて止めると、ぐるりとあたりを見渡しました。
彼の前にも後ろにも、交易隊のものが駱駝を引きながら、長い列を作っていました。彼の近くではニ列になって進んでいる男たちも、先の方では地形に合わせて一列になって、ゆっくりと慎重に進んでいました。
先頭の王柔は白い頭布の上に目印の赤い布を巻いていますから、遠目にもすぐにわかります。既に道幅が狭くなっているところを、ずいぶんと奥の方まで進んでいます。そして、崖を気にしながらゆっくりと進む彼のもっと先のほうでは、また地形が変わっているようです。
この岩襞と崖の間の細い場所を抜けた先では、今度は一転して、広がった台地にでるようです。そこには巨人の握りこぶしのような砂岩がゴロゴロと転がっていて、岩陰からの不意打ちを警戒しながら通り抜けないとならないようでした。
「やれやれ。崖っぷちの次には、あの岩だらけのところを通らなけりゃいけねぇのか。まだヤルダンに入っちゃいねえってのに、気の休まるときがねぇな」
冒頓も彼の部下たちも、小野の交易隊の護衛として、何度かヤルダンを通り抜けたことはありました。ヤルダンやその周囲に広がるこのような複雑な地形も経験しています。
ただ、これまでであれば、明らかにいつもとは異なる空気に満ちていて、風の音は悪霊の鳴き声に、岩陰は怪物の住処にしか思えないヤルダンの中はともかくとして、その外側では複雑な地形を踏み外すことへの注意をしていればよかったのです。でも、今では、その複雑な地形を安全に通ることに加えて、サバクオオカミの奇岩の不意打ちについても注意しなければいけないのでした。
崖の外側の空間を、風が吹き抜けていきます。
岩襞にそって無言で歩く男たちの緊張が、引かれている駱駝にもわかるのでしょうか。彼らが時たま上げる「ンゴオオオオ」という鳴き声も、どこか不安げな調子です。
「あの岩陰のどこかに、あいつらが隠れているかもしれない」
隊の先頭を歩く王柔と羽磋は時折立ち止まり、手の平を丸めて目にくっつけると、自分たちがこれから通り抜けることになる、大きな砂岩がゴロゴロと転がった台地の様子を窺っていました。
まだ、彼らは崖際の細い道を歩いているのですが、もしもこの先に異変があるとしたら、先頭を歩く自分たちが真っ先にそれに気づいて、皆に知らせなければいけません。そう思うと、自分たちの足元よりも道の先の様子の方が気になって仕方がないのでした。
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