月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第142話

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 冒頓も交易隊の者も、自分たちを攻撃してきたものが何者かの見当はついていました。
 サバクオオカミの奇岩。それに、おそらくは、母を待つ少女の奇岩に違いありません。
 耳を通じてではなく直接頭に響いてきた、あのサバクオオカミの叫び声。それは今でも彼らの心にしっかりと傷跡を残していましたから。
 一度は襲撃を完全に退けた相手に攻撃を受け、ここまでの大きな被害が出たのですから、悔しくないわけはありません。冒頓の身体は怒りで細かく震えているほどです。でも今は、この危険な場所を早く抜けて、傷ついた者の手当をし、逃げた駱駝を回収し、隊を立て直さねばなりません。
 交易隊や護衛隊の男たちもそれを十分わかっていますし、なにより、この恐ろしい思いをした場所から早く離れたいという気持ちが強くなっています。冒頓の横で苑が叩いた銅鑼が鳴るやいなや、道から危険が去ったと知った男たちは、痛む足を引きずったり、歩けなくなった仲間を支えたりしながらも、それぞれができる精いっぱいの速さで、細道を前へと進むのでした。


 細道を抜けた先には、砂岩が大きく張り出してできた広い台地がありました。その台地は奥に行くほど広くなっていて、先ほどの細道の崖下を流れていた川は、はるか下の方でこの台地を支える岩壁の中に吸い込まれているようでした。
 王柔たちが確認していたように、台地には天幕をとても大きくしたような砂岩の塊が無秩序にゴロゴロと転がっていて、ポツポツと下草が生えるほかは地形の変化に乏しいゴビの大地とは、かなり異なった様相を見せていました。
 細道で岩襞を転がり落ちてきた砂岩の塊に体を打たれ、興奮のあまり駆け出してきた駱駝たちは、細道を走り抜けてこの台地に入ったころにようやく落ち着きを取り戻していました。
 駱駝たちは、もともと大人しい性格をしていますし、生まれてすぐに訓練を受け、人と共に荷を運んで生きてきたので、逃亡しようという気などはありませんでした。安全な場所に逃げられたことで気持ちが落ち着いた彼らは、思い思いのところで数頭ずつ固まりながら、自分たちの主人が迎えに来るのを、反芻をしながら待っていました。それは、先ほどまで泡を吹きながら走っていた駱駝だとは思えないほどの、ひどくのんびりとした様子でした。
 交易隊と護衛隊の男たちは、細道からこの広場に入ってくると、緊張の糸が切れたように次々と膝をつきました。壁際から離れることができるここなら、あのような恐ろしい攻撃の心配をしなくても済むからです。もっとも、この場所にはこの場所ならではの危険があります。王柔たちが心配していたように、ゴロゴロと転がっている大きな岩の陰に敵が潜んでいる恐れがあるのです。
 冒頓の護衛隊はよく訓練を受けていて、このような場面で指示を待つことはありませんでした。判断をするのは隊長の仕事ですが、判断の材料を集めたり、安全の確認をしたりするのは、実際に事に当たっている者の仕事だと理解していたのです。
 そのため、まだ隊長である冒頓が細道を歩いている間にも、最初に細道を抜けてこの広場に入った男たちは、お互いに励ましあって立ち上がると、自分たちを見て首を持ち上げる駱駝を集めながら広場を歩き回って、自分たちの判断でこの場所の安全を確かめるのでした。
 冒頓が怪我の重い仲間を背に乗せた愛馬の轡を引きながら、隊の一番最後に細道を抜け出てきたころには、広場の中央には、交易隊と護衛隊、それにこの広場で回収された駱駝が集まって、彼を待っていました。
「よお、すまねぇ、遅くなっちまったな。おい、悪いが、こいつの様子を見てくれ」
 隊員の心配を掻き立てないためか、まるで野営の集合場所に現れでもしたかのような調子で冒頓は話しました。男たちは冒頓が馬から降ろした男を慎重に受け取ると、けが人が集められている一角に運んでいきました。
「冒頓殿っ、周囲には敵がいないことを俺が確認しましたっ。もちろん、要所には近塩たちを立たせて警戒していますっ」
 けが人を運んでいく男たちの背中を見つめていた冒頓に、一人の男が近づき勢いよく報告をしました。年のころは三十歳を過ぎているでしょうか。浅黒い肌に筋肉質の体を持ち、言葉の端々にとても力を込めて話しています。
「わかった、踏独。おめぇが確認してくれたんなら安心だ。隊の状況の確認、それに、これからのことを決めなくちゃなんねぇ、すぐに隊の主だった奴を集めてくれ」
「わかりましたっ。すぐに集めますっ」
 冒頓が信頼した様子で指示を出したこの男は踏独(トウドク)と呼ばれていて、護衛隊の小隊長の一人でした。単独行を好むことから踏独と呼ばれることになったこの男ですが、この広場に入るとすぐに皆に指示をして索敵を始め、敵が潜んでいないことを確認出来た後には、死角ができないように工夫しながら、見通しがきく場所数か所に見張りを立たせていたのでした。
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