月の砂漠のかぐや姫

くにん

文字の大きさ
165 / 361

月の砂漠のかぐや姫 第163話

しおりを挟む
 もちろん、これから先にも地震が続くかどうかなど、わかるはずもありません。
 ただ、それがあるかもしれないと考えに入れて指揮を執るのと、考えに入れないで指揮を執るのとでは、結果が大きく異なってくる場合があるのです。そして、その違いが現れる要素とは、自分が率いる舞台の損害、つまり、部下の体と命なのです。
 冒頓は素早く考えを巡らせ、戦いを引き延ばしたところで自分たちにとって有利になる要素は少なく、むしろ、疲れの蓄積や、地震が再度起きる可能性などから、不利になる要素が大きいと判断しました。
 実のところ、彼は自分の周囲の状況や相手の士気の状態などを細かく観察し、先々の戦いの様子を思い浮かべて、それに対処できるように行動を選択する指揮者なのでした。
 戦いの中で、冒頓が速やかに判断を下す場面が多く見られることから、「直感的な指揮者」、あるいは、「感情に任せて指揮を執る者」と思われがちではあるのですが、それは、常に情報を収集して周囲の分析をおこなっている彼の頭の中ではなく、選択を求められる場面で大胆な割り切りを行って素早く決断を下す様子だけを見て、周りの者が持つようになった印象に過ぎないのでした。
 この時も、実際に冒頓が下した指示は短いものでした。でも、それは、相手と自分たちの状態や環境の変化の可能性などを僅かな時間の中で考慮したうえで、これが最良の選択肢であろうと下した判断だったのでした。
「もう一度、あいつらの中に突っ込むぞっ。蹴散らせっ」
「おおおうっつ!」
 サバクオオカミの奇岩に対して突撃するとの指示が、冒頓から下されました。神経をすり減らすだけの追いかけっこはもう終わりなのです。いよいよ、自分たちから奇岩たちに向って行って、攻撃を食らわせることができるのです。
 あの崖際の細い交易路での惨状が、護衛隊の男たちの脳裏に浮かびました。
 逃げ場のないところで頭上から落下してくる大岩に打ち倒される仲間たち。混乱して叫ぶ駱駝の鳴き声。一斉に走り出した駱駝や馬の蹄が起こす、雷のような激しい音。勢いあまって崖から落下していく、荷を積んだままの駱駝の姿・・・・・・。
 短剣を強く握りしめた男たちが冒頓に答える声は、一つの大きな束になり、その場の空気をブルブルと震わせました。
「いくぜぇぇええっつ!! 続けぇ!」
「いあああいっ!!」
「おおうっ。おおう!」
 ドッドドド!
 ドドウッ! ドドドルンッ! ドオッ!
「はいっ、はいっ!」
 ドドウ、ダッドウ、ドドドッ!
 ドッド、ドドド、ドドドウッ!
 その声に強く背を押されるかのように、冒頓は自分たちに向かって来るサバクオオカミの奇岩の群れの真ん中に向かって、勢いよく馬を走らせました。そのすぐ後ろには、騎馬隊の男たちが短剣を握った片手を振り回しながら続きました。
 冒頓は、瞬時に決断を下していたのでした。
 ・・・・・・さっきと同じように、正面のサバクオオカミの群れの真ん中に突入し、できるだけの損害を与えてやる。そして、反対側に突き抜けたら、もうこいつらには構わねぇ。そのまま全速力で馬を走らせて、盆地の中央に向かう。これ以上戦いを長引かせても、あの砂の塊はちっともこたえやしねぇ。生身の自分たちに疲れがたまっていくだけだ。それに、地震がまた起きれば、馬に乗る自分たちは満足に戦えなくなってしまう。今のうちだ。今のうちに、母を待つ少女の奇岩に戦いを仕掛け、あいつをぶち壊してやる。大丈夫、さっきサバクオオカミの奇岩の群れの中を突き抜けたときには、圧倒的にこちらが有利だった。思っていたよりも接近戦で戦えるんだ。奴らを、母を待つ少女を、馬で蹴り倒し、剣で砕いてやるんだ。俺たち匈奴護衛隊が護る交易隊に手を出したことを、あいつらに後悔させてやらなきゃいけねぇ。そして、羽磋の無念を晴らしてやらないといけねぇ・・・・・・。


 お互いに相手に向かって全速力で走っている騎馬隊とサバクオオカミの奇岩。
 両者の間に横たわる赤茶色の大地、未だに噴火前の火山の肌のように小刻みに震え続けているゴビの赤土は、見る見るうちに少なくなっていきました。
 冒頓を先頭にした護衛隊は鋭い槍先のような体形を組み、隊の外側に位置する腕で短剣を握り、サバクオオカミの奇岩の群れに向かって馬の腹を蹴り続けます。一方で、サバクオオカミの奇岩は、夏の水辺に生じる羽虫のように、緩やかな集団となって護衛隊に向います。素早く回転する四肢でバザンバザンと赤土を後ろへ蹴り飛ばしながら近づいてくる奇岩の姿は、獲物を目の前に興奮するサバクオオカミの姿そのものでしたが、野生のサバクオオカミのように仲間同士で連携して狩りを行うのではなく、ただ自分の一番身近にいる敵に向かって真っすぐに駆けているようでした。
 護衛隊の男たちの短剣。サバクオオカミの奇岩の爪と牙。どちらも、接近戦での武器です。
 先に勢いを緩めた方が負けだと意地を張っているかのように、どちらも勢いを緩めることをしません。力比べをする牡牛のように真っ向からぶつかり合おうとし、そして。
「おおおおうううっつ!!」
 奇岩の群れの中央に突入した冒頓の短剣が、激しい気合と共に振り下ろされました。

しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

慈愛と復讐の間

レクフル
ファンタジー
 とある国に二人の赤子が生まれた。  一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。  慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。  これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。  だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。 大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。  そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。  そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。  慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。  想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

『王都の神童』と呼ばれた俺、職業選定でまさかの【遊び人】三連発で追放される。……が、実は「全職業のスキル」を合算して重ねがけできる唯一のバグ

よっしぃ
ファンタジー
王都で「神童」の名をほしいままにしていた少年、ディラン・アークライト(17歳)。   剣を握れば騎士団長を唸らせ、魔法を学べば賢者を凌駕する。誰もが彼を「次代の勇者」と信じて疑わなかった。  しかし、運命の職業選定で彼が得たのは――【遊び人】。   それも、三つの職業スロットすべてが【遊び人】で埋まるという、前代未聞の怪現象だった。 「期待外れだ」 「国の恥晒しめ」   掌を返した周囲によって、ディランは着の身着のままで街を追放される。  だが、かつて神童と呼ばれた彼の「分析力」は死んでいなかった。 『……Lv1なのに、ステータスが異常に高い? それに経験値が分散せず、すべて加算されている……?』  彼だけが気づいた真実。  それは【遊び人】という名に偽装された、この世界の管理者権限(Free-Hander)であり、全職業のスキルを制限なく使用・強化できるバグ技(デバッグモード)への入り口だったのだ。  これは、理不尽に捨てられた元・神童が、その頭脳とバグ能力で世界を「攻略」し、同じく不遇な扱いを受けていた美少女騎士(中身は脳筋)と共に、誰よりも自由に成り上がる物語。 【著者プロフィール】アルファポリスより『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』を出版、オリコンライトノベル部門18位を記録。本作は2月に2巻刊行予定。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...