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月の砂漠のかぐや姫 第163話
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もちろん、これから先にも地震が続くかどうかなど、わかるはずもありません。
ただ、それがあるかもしれないと考えに入れて指揮を執るのと、考えに入れないで指揮を執るのとでは、結果が大きく異なってくる場合があるのです。そして、その違いが現れる要素とは、自分が率いる舞台の損害、つまり、部下の体と命なのです。
冒頓は素早く考えを巡らせ、戦いを引き延ばしたところで自分たちにとって有利になる要素は少なく、むしろ、疲れの蓄積や、地震が再度起きる可能性などから、不利になる要素が大きいと判断しました。
実のところ、彼は自分の周囲の状況や相手の士気の状態などを細かく観察し、先々の戦いの様子を思い浮かべて、それに対処できるように行動を選択する指揮者なのでした。
戦いの中で、冒頓が速やかに判断を下す場面が多く見られることから、「直感的な指揮者」、あるいは、「感情に任せて指揮を執る者」と思われがちではあるのですが、それは、常に情報を収集して周囲の分析をおこなっている彼の頭の中ではなく、選択を求められる場面で大胆な割り切りを行って素早く決断を下す様子だけを見て、周りの者が持つようになった印象に過ぎないのでした。
この時も、実際に冒頓が下した指示は短いものでした。でも、それは、相手と自分たちの状態や環境の変化の可能性などを僅かな時間の中で考慮したうえで、これが最良の選択肢であろうと下した判断だったのでした。
「もう一度、あいつらの中に突っ込むぞっ。蹴散らせっ」
「おおおうっつ!」
サバクオオカミの奇岩に対して突撃するとの指示が、冒頓から下されました。神経をすり減らすだけの追いかけっこはもう終わりなのです。いよいよ、自分たちから奇岩たちに向って行って、攻撃を食らわせることができるのです。
あの崖際の細い交易路での惨状が、護衛隊の男たちの脳裏に浮かびました。
逃げ場のないところで頭上から落下してくる大岩に打ち倒される仲間たち。混乱して叫ぶ駱駝の鳴き声。一斉に走り出した駱駝や馬の蹄が起こす、雷のような激しい音。勢いあまって崖から落下していく、荷を積んだままの駱駝の姿・・・・・・。
短剣を強く握りしめた男たちが冒頓に答える声は、一つの大きな束になり、その場の空気をブルブルと震わせました。
「いくぜぇぇええっつ!! 続けぇ!」
「いあああいっ!!」
「おおうっ。おおう!」
ドッドドド!
ドドウッ! ドドドルンッ! ドオッ!
「はいっ、はいっ!」
ドドウ、ダッドウ、ドドドッ!
ドッド、ドドド、ドドドウッ!
その声に強く背を押されるかのように、冒頓は自分たちに向かって来るサバクオオカミの奇岩の群れの真ん中に向かって、勢いよく馬を走らせました。そのすぐ後ろには、騎馬隊の男たちが短剣を握った片手を振り回しながら続きました。
冒頓は、瞬時に決断を下していたのでした。
・・・・・・さっきと同じように、正面のサバクオオカミの群れの真ん中に突入し、できるだけの損害を与えてやる。そして、反対側に突き抜けたら、もうこいつらには構わねぇ。そのまま全速力で馬を走らせて、盆地の中央に向かう。これ以上戦いを長引かせても、あの砂の塊はちっともこたえやしねぇ。生身の自分たちに疲れがたまっていくだけだ。それに、地震がまた起きれば、馬に乗る自分たちは満足に戦えなくなってしまう。今のうちだ。今のうちに、母を待つ少女の奇岩に戦いを仕掛け、あいつをぶち壊してやる。大丈夫、さっきサバクオオカミの奇岩の群れの中を突き抜けたときには、圧倒的にこちらが有利だった。思っていたよりも接近戦で戦えるんだ。奴らを、母を待つ少女を、馬で蹴り倒し、剣で砕いてやるんだ。俺たち匈奴護衛隊が護る交易隊に手を出したことを、あいつらに後悔させてやらなきゃいけねぇ。そして、羽磋の無念を晴らしてやらないといけねぇ・・・・・・。
お互いに相手に向かって全速力で走っている騎馬隊とサバクオオカミの奇岩。
両者の間に横たわる赤茶色の大地、未だに噴火前の火山の肌のように小刻みに震え続けているゴビの赤土は、見る見るうちに少なくなっていきました。
冒頓を先頭にした護衛隊は鋭い槍先のような体形を組み、隊の外側に位置する腕で短剣を握り、サバクオオカミの奇岩の群れに向かって馬の腹を蹴り続けます。一方で、サバクオオカミの奇岩は、夏の水辺に生じる羽虫のように、緩やかな集団となって護衛隊に向います。素早く回転する四肢でバザンバザンと赤土を後ろへ蹴り飛ばしながら近づいてくる奇岩の姿は、獲物を目の前に興奮するサバクオオカミの姿そのものでしたが、野生のサバクオオカミのように仲間同士で連携して狩りを行うのではなく、ただ自分の一番身近にいる敵に向かって真っすぐに駆けているようでした。
護衛隊の男たちの短剣。サバクオオカミの奇岩の爪と牙。どちらも、接近戦での武器です。
先に勢いを緩めた方が負けだと意地を張っているかのように、どちらも勢いを緩めることをしません。力比べをする牡牛のように真っ向からぶつかり合おうとし、そして。
「おおおおうううっつ!!」
奇岩の群れの中央に突入した冒頓の短剣が、激しい気合と共に振り下ろされました。
ただ、それがあるかもしれないと考えに入れて指揮を執るのと、考えに入れないで指揮を執るのとでは、結果が大きく異なってくる場合があるのです。そして、その違いが現れる要素とは、自分が率いる舞台の損害、つまり、部下の体と命なのです。
冒頓は素早く考えを巡らせ、戦いを引き延ばしたところで自分たちにとって有利になる要素は少なく、むしろ、疲れの蓄積や、地震が再度起きる可能性などから、不利になる要素が大きいと判断しました。
実のところ、彼は自分の周囲の状況や相手の士気の状態などを細かく観察し、先々の戦いの様子を思い浮かべて、それに対処できるように行動を選択する指揮者なのでした。
戦いの中で、冒頓が速やかに判断を下す場面が多く見られることから、「直感的な指揮者」、あるいは、「感情に任せて指揮を執る者」と思われがちではあるのですが、それは、常に情報を収集して周囲の分析をおこなっている彼の頭の中ではなく、選択を求められる場面で大胆な割り切りを行って素早く決断を下す様子だけを見て、周りの者が持つようになった印象に過ぎないのでした。
この時も、実際に冒頓が下した指示は短いものでした。でも、それは、相手と自分たちの状態や環境の変化の可能性などを僅かな時間の中で考慮したうえで、これが最良の選択肢であろうと下した判断だったのでした。
「もう一度、あいつらの中に突っ込むぞっ。蹴散らせっ」
「おおおうっつ!」
サバクオオカミの奇岩に対して突撃するとの指示が、冒頓から下されました。神経をすり減らすだけの追いかけっこはもう終わりなのです。いよいよ、自分たちから奇岩たちに向って行って、攻撃を食らわせることができるのです。
あの崖際の細い交易路での惨状が、護衛隊の男たちの脳裏に浮かびました。
逃げ場のないところで頭上から落下してくる大岩に打ち倒される仲間たち。混乱して叫ぶ駱駝の鳴き声。一斉に走り出した駱駝や馬の蹄が起こす、雷のような激しい音。勢いあまって崖から落下していく、荷を積んだままの駱駝の姿・・・・・・。
短剣を強く握りしめた男たちが冒頓に答える声は、一つの大きな束になり、その場の空気をブルブルと震わせました。
「いくぜぇぇええっつ!! 続けぇ!」
「いあああいっ!!」
「おおうっ。おおう!」
ドッドドド!
ドドウッ! ドドドルンッ! ドオッ!
「はいっ、はいっ!」
ドドウ、ダッドウ、ドドドッ!
ドッド、ドドド、ドドドウッ!
その声に強く背を押されるかのように、冒頓は自分たちに向かって来るサバクオオカミの奇岩の群れの真ん中に向かって、勢いよく馬を走らせました。そのすぐ後ろには、騎馬隊の男たちが短剣を握った片手を振り回しながら続きました。
冒頓は、瞬時に決断を下していたのでした。
・・・・・・さっきと同じように、正面のサバクオオカミの群れの真ん中に突入し、できるだけの損害を与えてやる。そして、反対側に突き抜けたら、もうこいつらには構わねぇ。そのまま全速力で馬を走らせて、盆地の中央に向かう。これ以上戦いを長引かせても、あの砂の塊はちっともこたえやしねぇ。生身の自分たちに疲れがたまっていくだけだ。それに、地震がまた起きれば、馬に乗る自分たちは満足に戦えなくなってしまう。今のうちだ。今のうちに、母を待つ少女の奇岩に戦いを仕掛け、あいつをぶち壊してやる。大丈夫、さっきサバクオオカミの奇岩の群れの中を突き抜けたときには、圧倒的にこちらが有利だった。思っていたよりも接近戦で戦えるんだ。奴らを、母を待つ少女を、馬で蹴り倒し、剣で砕いてやるんだ。俺たち匈奴護衛隊が護る交易隊に手を出したことを、あいつらに後悔させてやらなきゃいけねぇ。そして、羽磋の無念を晴らしてやらないといけねぇ・・・・・・。
お互いに相手に向かって全速力で走っている騎馬隊とサバクオオカミの奇岩。
両者の間に横たわる赤茶色の大地、未だに噴火前の火山の肌のように小刻みに震え続けているゴビの赤土は、見る見るうちに少なくなっていきました。
冒頓を先頭にした護衛隊は鋭い槍先のような体形を組み、隊の外側に位置する腕で短剣を握り、サバクオオカミの奇岩の群れに向かって馬の腹を蹴り続けます。一方で、サバクオオカミの奇岩は、夏の水辺に生じる羽虫のように、緩やかな集団となって護衛隊に向います。素早く回転する四肢でバザンバザンと赤土を後ろへ蹴り飛ばしながら近づいてくる奇岩の姿は、獲物を目の前に興奮するサバクオオカミの姿そのものでしたが、野生のサバクオオカミのように仲間同士で連携して狩りを行うのではなく、ただ自分の一番身近にいる敵に向かって真っすぐに駆けているようでした。
護衛隊の男たちの短剣。サバクオオカミの奇岩の爪と牙。どちらも、接近戦での武器です。
先に勢いを緩めた方が負けだと意地を張っているかのように、どちらも勢いを緩めることをしません。力比べをする牡牛のように真っ向からぶつかり合おうとし、そして。
「おおおおうううっつ!!」
奇岩の群れの中央に突入した冒頓の短剣が、激しい気合と共に振り下ろされました。
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