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月の砂漠のかぐや姫 第259話
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その濃青色の嵐を内包した球体は、地下世界の奥の方からこちらに向かって近づいて来ていました。他の透明な球体は空間の中を無秩序に動き回っていて、中には天井や地面にぶつかって割れてしまうものもありましたが、この濃青色の球体には意識があるとでもいうのか、ブワンブアンと全体を鈍く震わせながら、地面から天井に向かって伸びる石柱を上手に避けて空中を進み、確実にその姿を大きくして来ていました。
この地下空間に流されてきてから、王柔たちは地上では見たことのない情景を見たり、通常ではあり得ないような不思議な経験をしたりしてきましたが、この球体から受ける力はそれらとは比較にならないほど大きく、また、常識からかけ離れた異質なものでした。自分の進むべき一本道が高所から多くの水を落下させる滝に突き当たって閉ざされていた場合、滝の真下で水しぶきを浴びながらそれを見上げる以外に人ができることはありません。圧倒的な力の現れを前にして、羽磋も王柔もそれに心を押しつぶされて身を固くしていました。
でも。そうです。でも、です。
王柔には大切な存在がありました。血を分けた妹と同じように思っている、理亜です。その理亜は王柔たちと一緒にはいません。彼女は王柔たちが立っている場所の横にある斜面を登った所、つまり、地面が急にせり上がった丘の頂上に一人でいて、おそらくはこの嵐の球体を呼んでいるのです。
「理亜を守らないと」
それこそが、王柔の心の底にある気持ちでした。
「理亜が呼び掛けているのは何者なのか」、「理亜をどうやって守るのか」などと言うことは、その一番大切な気持ちを実行するために必要とされる考えで、言わばその気持ちを基礎として作られた構造物や道具です。それは今や嵐を内包した球体の持つ圧倒的な力によってグシャッと圧し潰されてしまいました。でも、王柔の心の底にあるその大切な気持ちは純粋でとても硬く、その圧力によっても形を変えてはいませんでした。
「ううう・・・・・・、うわああぁっ!」
突然、王柔が叫び声を上げました。
「理亜ああっ!」
さらにもう一度、王柔は叫び声を上げました。それは腹の底から絞り出したとても大きな声で、それが出た一瞬だけは嵐の球体が立てる「ザシャアアッ」という激しい雨音も聞こえなくなったほどでした。
その叫び声は、大いなる自然現象である雷雲そのものを閉じ込めた球体を前にして竦んでしまった自分の身体を自由にするために、必要なものでした。王柔の口から飛び出た叫び声は、空気を震わせて遠くまで飛んでいくのと同時に自分の心と身体にも浸み込んでいって、それに活を与えました。
「理亜、理亜っ。いま、行くよっ」
王柔は自分自身に言い聞かせるように小さな声でそう呟くと、自分の心の奥底にある大切な想いのままに、丘に登る斜面に向かって走り出しました。
「どうやって理亜を助けるか」や「この斜面をどうやって登るのか」などの想いを実行に移す方法を考える余地は、球体の発する圧力に押しつぶされて消えていました。では、習慣になってしまっているように、王柔はそれを羽磋に尋ねたのでしょうか。いいえ、王柔はそれを羽磋に尋ねることもしませんでした。「実際にどのような行動をするか」について人に尋ねることも、どのように物事に対処するかについて考えを進める一つの方法ですから、「どうしたらいいか羽磋に尋ねよう」と思いつくことさえも、完全に考える力を失ってしまった王柔にはできなかったのでした。彼にできたことは、自分の心に浮かんできたことを考えることなくそのまま全力で実行する、ということだけだったのでした。そのため、理亜のいる丘の上に向けて斜面を登り始めた王柔の頭の中には、「理亜を守る」、「理亜のところに行く」という想いしかありませんでした。
王柔が取り付いたその丘は地下世界を形成しているゴツゴツとした砂岩が急激に盛り上がってできたものでしたから、全ての方向に向かって均等に裾を広げてはおらず、ある方向には崖のような急斜面を持ち、また別の方向にはなだらかな斜面を持っていました。
洞窟から入ってきた理亜が地下世界の奥へ向かおうとしてこの丘にぶつかった時、彼女の目の前にあった斜面は崖のような急斜面でした。でも、当然のことながら理亜はこの丘の別の側面がどのような形状をしているかを知ってはいなかったですし、地下世界の奥へ最短距離で進もうともしていましたから、目の前の急斜面を登る事以外の考えは浮かびませんでした。彼女は両手両足を使って、何とかその斜面を登ることができました。
理亜の後を追いかけて来た王柔と羽磋の前に現れたのも同じ急斜面でした。彼らは速く理亜のところに行きたい一心でいましたから、目の前に急斜面があったとしてもそれを登る以外の考えは浮かびませんでした。
この地下空間に流されてきてから、王柔たちは地上では見たことのない情景を見たり、通常ではあり得ないような不思議な経験をしたりしてきましたが、この球体から受ける力はそれらとは比較にならないほど大きく、また、常識からかけ離れた異質なものでした。自分の進むべき一本道が高所から多くの水を落下させる滝に突き当たって閉ざされていた場合、滝の真下で水しぶきを浴びながらそれを見上げる以外に人ができることはありません。圧倒的な力の現れを前にして、羽磋も王柔もそれに心を押しつぶされて身を固くしていました。
でも。そうです。でも、です。
王柔には大切な存在がありました。血を分けた妹と同じように思っている、理亜です。その理亜は王柔たちと一緒にはいません。彼女は王柔たちが立っている場所の横にある斜面を登った所、つまり、地面が急にせり上がった丘の頂上に一人でいて、おそらくはこの嵐の球体を呼んでいるのです。
「理亜を守らないと」
それこそが、王柔の心の底にある気持ちでした。
「理亜が呼び掛けているのは何者なのか」、「理亜をどうやって守るのか」などと言うことは、その一番大切な気持ちを実行するために必要とされる考えで、言わばその気持ちを基礎として作られた構造物や道具です。それは今や嵐を内包した球体の持つ圧倒的な力によってグシャッと圧し潰されてしまいました。でも、王柔の心の底にあるその大切な気持ちは純粋でとても硬く、その圧力によっても形を変えてはいませんでした。
「ううう・・・・・・、うわああぁっ!」
突然、王柔が叫び声を上げました。
「理亜ああっ!」
さらにもう一度、王柔は叫び声を上げました。それは腹の底から絞り出したとても大きな声で、それが出た一瞬だけは嵐の球体が立てる「ザシャアアッ」という激しい雨音も聞こえなくなったほどでした。
その叫び声は、大いなる自然現象である雷雲そのものを閉じ込めた球体を前にして竦んでしまった自分の身体を自由にするために、必要なものでした。王柔の口から飛び出た叫び声は、空気を震わせて遠くまで飛んでいくのと同時に自分の心と身体にも浸み込んでいって、それに活を与えました。
「理亜、理亜っ。いま、行くよっ」
王柔は自分自身に言い聞かせるように小さな声でそう呟くと、自分の心の奥底にある大切な想いのままに、丘に登る斜面に向かって走り出しました。
「どうやって理亜を助けるか」や「この斜面をどうやって登るのか」などの想いを実行に移す方法を考える余地は、球体の発する圧力に押しつぶされて消えていました。では、習慣になってしまっているように、王柔はそれを羽磋に尋ねたのでしょうか。いいえ、王柔はそれを羽磋に尋ねることもしませんでした。「実際にどのような行動をするか」について人に尋ねることも、どのように物事に対処するかについて考えを進める一つの方法ですから、「どうしたらいいか羽磋に尋ねよう」と思いつくことさえも、完全に考える力を失ってしまった王柔にはできなかったのでした。彼にできたことは、自分の心に浮かんできたことを考えることなくそのまま全力で実行する、ということだけだったのでした。そのため、理亜のいる丘の上に向けて斜面を登り始めた王柔の頭の中には、「理亜を守る」、「理亜のところに行く」という想いしかありませんでした。
王柔が取り付いたその丘は地下世界を形成しているゴツゴツとした砂岩が急激に盛り上がってできたものでしたから、全ての方向に向かって均等に裾を広げてはおらず、ある方向には崖のような急斜面を持ち、また別の方向にはなだらかな斜面を持っていました。
洞窟から入ってきた理亜が地下世界の奥へ向かおうとしてこの丘にぶつかった時、彼女の目の前にあった斜面は崖のような急斜面でした。でも、当然のことながら理亜はこの丘の別の側面がどのような形状をしているかを知ってはいなかったですし、地下世界の奥へ最短距離で進もうともしていましたから、目の前の急斜面を登る事以外の考えは浮かびませんでした。彼女は両手両足を使って、何とかその斜面を登ることができました。
理亜の後を追いかけて来た王柔と羽磋の前に現れたのも同じ急斜面でした。彼らは速く理亜のところに行きたい一心でいましたから、目の前に急斜面があったとしてもそれを登る以外の考えは浮かびませんでした。
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