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月の砂漠のかぐや姫 第293話
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これでは、理亜が王柔に何か答えようとしたとしても、口を開くことすらできそうにありません。
返事ができないままの理亜に、王柔は詰問を続けます。彼が出す大声は、静かな空気で満たされている地下世界の天井にまで届き、砂岩を震わせています。羽磋は小さな理亜が可哀想で、王柔を止めに入らずにはいられませんでした。
「王柔殿、王柔殿っ! 落ち着いてくださいっ」
羽磋は王柔と理亜の間に自分の身体をこじ入れ、二人を強制的に別れさせました。羽磋は理亜をかばうように背中側に隠すと、王柔の顔を見上げました。
「お、王柔殿・・・・・・」
羽磋は王柔の怒りを鎮めるために何か言葉を掛けようと思っていたのでしたが、王柔の表情を目にした瞬間に、一つの言葉も出なくなってしまいました。
王柔の顔に浮かんでいたのは、怒りではありませんでした。羽磋の目に映ったのは、泣き出しそうになるのを必死にこらえる王柔の顔でした。その表情から伝わってきたものは、王柔の感じている深い悲しみと孤独でした。
理亜が濃青色の球体に「お母さんっ」と呼び掛けるのを、これまでに王柔も聞いていました。その言葉を聞いたときには、「理亜はどうしてそのような事を言うのだろう」との疑問は起きたものの、その直後に濃青色の球体に飲み込まれたりしたので、それ以上その疑問を追求する余裕はありませんでした。
でも、理亜が羽磋の前に飛び込んで彼を止めようとするのを見た際に、その言葉と疑問が彼の心の中に蘇りました。そして、それらが心の中でバンッと繋がった結果、王柔は彼女が自分たちではなく相手の方を選んだのだと思ったのです。何故なら、相手が理亜の「お母さん」だから。
異国の地で奴隷として捕らえられた理亜の母親は、この地に送られて来る途中で亡くなっているということを、王柔は理亜自身の口から聞いて知っていました。でもこの時には、その知識は心の襞のどこか奥の方に隠れてしまったのか、全く浮かび上がってきませんでした。「理屈」ではなく「感情」で、王柔は理亜が自分たちではなく相手を選んだのだと考えたのでした。
その考えは、生じた次の瞬間に、王柔の心を一撃でへし折ってしまいました。彼は、これまで自分が彼女に注いできた愛情、さらには、自分自身をも否定されたのだと、感じてしまったのでした。
この旅に出る前の羽磋であれば、王柔のその表情が意味するものに気付くことはできなかったでしょう。でも、羽磋にはわかりました。彼がどれほど傷つき、悲しんでいるのかが、その表情からまるで自分のことのように読み取れました。なぜなら、その自分自身を否定されたと感じた時の深い悲しみには、羽磋にも覚えがあったからです。
バダインジャラン砂漠でハブブに襲われた際に、輝夜姫が月の巫女の力を使い二人の命を救ってくれたことがありました。その代償として輝夜姫は羽磋と過ごしたその夜の記憶や、彼が彼女に贈った「輝夜」という名の記憶を失ってしまいました。それは全く彼女のせいではありません。でも、その事情を知らなかったとはいえ、「彼女が自分との約束や自分が贈った名を忘れている」という事実に、羽磋は自分自身を拒絶されたように感じて、深い悲しみと孤独の底に落ちてしまったのです。その結果、羽磋は輝夜姫をとても酷く傷つけるような言動を取ってしまいました。
それ以来、羽磋は「輝夜が自分のことを拒絶するなんてあるわけがないのに、どうしてあの時にはそんな風に考えてしまったんだろう」と、何度も何度も悔やんできました。
そして、その度にあの時に自分を襲った感情を思い起こしていました。「拗ねる」という感情は、小さな子供に特有のものと考えられています。でも、少年や大人にもそのような感情があるのです。自分が大きく傷つけられたと感じた時に、殊更に物事の悪い面を見たりわざと相手の言動を悪く解釈したりして、「自分はこれだけ大きく傷つけられた」と相手を責め立てたくなる時があるのです。
小さな子供でも大人でも、「拗ねた」時に相手に求めるものは同じです。「傷つけてごめんね」という謝罪と、「貴方のことを大切に思っているよ」という愛情の再確認です。でも、子供がする「拗ねた行動」と大人がする「拗ねた行動」では、その度合いが大きく異なります。なまじっか知恵が回る大人が「拗ねた」場合には、自己憐憫と相手への攻撃の度合いがとても大きくなり、場合によっては自分で自分を制御できなくなって、思ってもいなかったほど徹底的に相手を傷つけてしまうことさえあるのです。
王柔の表情や様子から、羽磋は彼がかつての自分のように、自分で自分を抑えられない状態になっていると感じ取りました。この状態のままでは、何を言っても彼の耳には入らないでしょう。
羽磋はそれ以上王柔に話しかけるのは止めて、理亜の肩から引きはがした王柔の両手を自分の両手できつく握りました。ギュッと、ひょっとしたら「痛い」と感じるかもしれないほど、ギュッとです。
前触れもなく自分の手に加えられた強い力に、さらに理亜に対して大声を上げようとしていた王柔の意識が揺らぎました。キッと理亜の顔を睨んでいた王柔の視線が、自分の手の方へと向けられました。その途中で、彼の視線はまっすぐに自分を見上げる羽磋の視線とぶつかりました。
王柔はこの時になって初めて、自分の手を羽磋が握っていることに気が付きました。
「う、羽磋殿……」
「王柔殿、大丈夫です。大丈夫っ」
返事ができないままの理亜に、王柔は詰問を続けます。彼が出す大声は、静かな空気で満たされている地下世界の天井にまで届き、砂岩を震わせています。羽磋は小さな理亜が可哀想で、王柔を止めに入らずにはいられませんでした。
「王柔殿、王柔殿っ! 落ち着いてくださいっ」
羽磋は王柔と理亜の間に自分の身体をこじ入れ、二人を強制的に別れさせました。羽磋は理亜をかばうように背中側に隠すと、王柔の顔を見上げました。
「お、王柔殿・・・・・・」
羽磋は王柔の怒りを鎮めるために何か言葉を掛けようと思っていたのでしたが、王柔の表情を目にした瞬間に、一つの言葉も出なくなってしまいました。
王柔の顔に浮かんでいたのは、怒りではありませんでした。羽磋の目に映ったのは、泣き出しそうになるのを必死にこらえる王柔の顔でした。その表情から伝わってきたものは、王柔の感じている深い悲しみと孤独でした。
理亜が濃青色の球体に「お母さんっ」と呼び掛けるのを、これまでに王柔も聞いていました。その言葉を聞いたときには、「理亜はどうしてそのような事を言うのだろう」との疑問は起きたものの、その直後に濃青色の球体に飲み込まれたりしたので、それ以上その疑問を追求する余裕はありませんでした。
でも、理亜が羽磋の前に飛び込んで彼を止めようとするのを見た際に、その言葉と疑問が彼の心の中に蘇りました。そして、それらが心の中でバンッと繋がった結果、王柔は彼女が自分たちではなく相手の方を選んだのだと思ったのです。何故なら、相手が理亜の「お母さん」だから。
異国の地で奴隷として捕らえられた理亜の母親は、この地に送られて来る途中で亡くなっているということを、王柔は理亜自身の口から聞いて知っていました。でもこの時には、その知識は心の襞のどこか奥の方に隠れてしまったのか、全く浮かび上がってきませんでした。「理屈」ではなく「感情」で、王柔は理亜が自分たちではなく相手を選んだのだと考えたのでした。
その考えは、生じた次の瞬間に、王柔の心を一撃でへし折ってしまいました。彼は、これまで自分が彼女に注いできた愛情、さらには、自分自身をも否定されたのだと、感じてしまったのでした。
この旅に出る前の羽磋であれば、王柔のその表情が意味するものに気付くことはできなかったでしょう。でも、羽磋にはわかりました。彼がどれほど傷つき、悲しんでいるのかが、その表情からまるで自分のことのように読み取れました。なぜなら、その自分自身を否定されたと感じた時の深い悲しみには、羽磋にも覚えがあったからです。
バダインジャラン砂漠でハブブに襲われた際に、輝夜姫が月の巫女の力を使い二人の命を救ってくれたことがありました。その代償として輝夜姫は羽磋と過ごしたその夜の記憶や、彼が彼女に贈った「輝夜」という名の記憶を失ってしまいました。それは全く彼女のせいではありません。でも、その事情を知らなかったとはいえ、「彼女が自分との約束や自分が贈った名を忘れている」という事実に、羽磋は自分自身を拒絶されたように感じて、深い悲しみと孤独の底に落ちてしまったのです。その結果、羽磋は輝夜姫をとても酷く傷つけるような言動を取ってしまいました。
それ以来、羽磋は「輝夜が自分のことを拒絶するなんてあるわけがないのに、どうしてあの時にはそんな風に考えてしまったんだろう」と、何度も何度も悔やんできました。
そして、その度にあの時に自分を襲った感情を思い起こしていました。「拗ねる」という感情は、小さな子供に特有のものと考えられています。でも、少年や大人にもそのような感情があるのです。自分が大きく傷つけられたと感じた時に、殊更に物事の悪い面を見たりわざと相手の言動を悪く解釈したりして、「自分はこれだけ大きく傷つけられた」と相手を責め立てたくなる時があるのです。
小さな子供でも大人でも、「拗ねた」時に相手に求めるものは同じです。「傷つけてごめんね」という謝罪と、「貴方のことを大切に思っているよ」という愛情の再確認です。でも、子供がする「拗ねた行動」と大人がする「拗ねた行動」では、その度合いが大きく異なります。なまじっか知恵が回る大人が「拗ねた」場合には、自己憐憫と相手への攻撃の度合いがとても大きくなり、場合によっては自分で自分を制御できなくなって、思ってもいなかったほど徹底的に相手を傷つけてしまうことさえあるのです。
王柔の表情や様子から、羽磋は彼がかつての自分のように、自分で自分を抑えられない状態になっていると感じ取りました。この状態のままでは、何を言っても彼の耳には入らないでしょう。
羽磋はそれ以上王柔に話しかけるのは止めて、理亜の肩から引きはがした王柔の両手を自分の両手できつく握りました。ギュッと、ひょっとしたら「痛い」と感じるかもしれないほど、ギュッとです。
前触れもなく自分の手に加えられた強い力に、さらに理亜に対して大声を上げようとしていた王柔の意識が揺らぎました。キッと理亜の顔を睨んでいた王柔の視線が、自分の手の方へと向けられました。その途中で、彼の視線はまっすぐに自分を見上げる羽磋の視線とぶつかりました。
王柔はこの時になって初めて、自分の手を羽磋が握っていることに気が付きました。
「う、羽磋殿……」
「王柔殿、大丈夫です。大丈夫っ」
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