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19.幼馴染

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 ――――過去のこと。

 私がジュールと出会ったのは幼き日の王宮でした。小さな離宮に白いシャツに半ズボン姿の一人の男の子が本を持ちながら歩いており……

 手入れの行き届いた美しいお花に気を取られていた私と……

 ドン!

 ぶつかり本を落とした彼。読んでいた本のことなど放っぽり出して、私の手を取り、起こしてくれました。

「済まない……僕の不注意だ」
「いえ、私もあんなところにしゃがんでいたのが悪いのです」

 パッパッとハンカチで私に付いた埃を払うと自己紹介を始めました。

「僕はジュール。キミの名は?」
「侯爵家のアーシャです」
「キミがあの有名な……噂通り、かわいい……」

 男の子から面と向かって、そんなこと言われたことがなかったので恥ずかしくて私の顔は真っ赤になっていたことでしょう。

 頬を押さえながら、ジュールを見つめるとエメラルドのような美しい瞳に私が映っていました。ジュールとの出会い……それが私の初恋の始まりだったのです。

 それから私はお花を見るという口実でジュールに会いに離宮へと通い詰めることになります。

 一緒に美しい詩を読み会ったり、一緒にお茶を飲みながら、彼から難しいことを教わったり……

 でも、ジュールには弟が居て……

「おい! 妾の子、貴様は俺の臣下だ。馬になれ!」
「はい……」

 異母弟のヘンリーは兄であるジュールを臣下のように扱い、虐めていました。でも、一切抵抗することなく、彼に従っていたのです。

 どんなに虐められても、ヘンリーが帰ると何事もなかったように埃を払い、淡々としていたのが印象的でした。

「ジュール……あんなことをされているのに何故、何も言わないの?」
「弟が言っていたように僕は臣下だから」

 初めは彼が弱いのだと思っていましたが……

 ある日、私の愛でていた花園が全部、踏み荒らされ、綺麗な花は無惨な姿を晒していました。

「酷い……」
「アーシャ……泣かないで」

 しゃがんで泣いてしまった私にソッとハンカチを取り出し、涙を拭ってくれます。そして、立ち上がると木剣を片手にどこかへ向かいました。

 気になってついて行くと……

「ヘンリー! アーシャに謝れ!」

「何故、俺が謝らないとならないだ! 何だ? その木剣は? は~ん、俺と勝負するつもりか……良かろう、弱虫のお前など返り討ちにしてくれる! 来い、雑魚が!」

 ヘンリーは一気呵成に木剣を打ち込みますがジュールは涼しい顔で受け流し……

「防御だけは一丁前に……しかし、お前は俺に勝てる訳がないっ!」

 ヘンリーは卑怯にも木剣の先で砂を巻き上げ、ジュールの目に入って、視界を奪いました。

「もらったぁぁーーー!!!」

 ヘンリーはここぞとばかりに打ち込もうとしたときです。カーン! と木同士がぶつかる甲高い音が響いて、ヘンリーの木剣は手元を離れ、飛んでいきました。

 呆然とするヘンリーに剣先を突きつけ……

「二度とアーシャの悲しむようなことをするな!」
「ぐぬぬ……ぐぬぬ……覚えていろよ!」

 捨て台詞を吐くと逃げるようにヘンリーは王宮へ戻っていきました。

「キミが僕をどう思おうが構わない。でも、あいつのやったことだけは許せなかった」
「私のために……」

「気にしないで欲しい。僕が勝手にやったこと……」

 目を押さえながら、顔を洗いに行ったジュールでしたがその決闘後、彼は眼鏡を掛けるようになりました。砂が目に入り、視力を落としてしまったのかもしれません……


 ――――王立学院。

 幼き時は過ぎ、年頃となった私達は貴族の子女が通う学院へと入学しました。私とジュールは真紅の薔薇が咲く花園で二人でこっそり逢瀬を重ね……

「アーシャ……」
「ジュール……」

 見つめ合うと鼓動が高鳴り、私が目を閉じると……


 ちゅ……


 唇に触れる柔らかな感触。彼とキスをしていました。

「アーシャ、好きだ」
「私もです」

 抱き合い、また、キスを重ねたときです。何か、鋭い視線を感じ、ジュールと探しますが……

「誰もいないな」
「ええ……でも確かに視線を感じました」

 そんな不可解なことがありつつも、妾の子であるという劣等感からひたすら勉学と武術に取り組むジュールを私は応援していたのです。

 眼鏡を掛け、見目麗しいお顔からは想像出来ない鍛え上げられた逞しい身体……

 眼鏡を外し、腕で眼窩の汗を拭うジュール。上半身裸で一生懸命に剣を振るうとキラキラとした汗が散っていきます。

「ジュール……汗掻いていますよ。休まれてはどうですか?」
「ありがとう、アーシャ。だが、もう千回振ってから、休むよ」

 私が布で身体の汗を拭うと少し照れたつつも、お礼を返してくれるのが嬉しい……

「あまり無理しないで下さいね」
「ああ」

 ですが、そんな学生ならではの微笑ましい幸せなときは無情にも続くことはありませんでした。

「お父様、お母様……これはどういうことなのですか!? よりにもよって、ヘンリーと婚約だなんて!」

「済まない……アーシャ……これは両家で取り決めたことなのだ。それに王族から求められれば、はいと答えるしかないのはお前も承知しているだろう……」

「はい……ですが……」
「アーシャ……許して、あなたがジュールのことを想っているのに……でも、ジュールとヘンリーとでは……」

「はい……」

 両親も断れる話でなかったのだと思います。


 婚約が決まり、学院へ行くと……突然、ヘンリーから手を掴まれ、抱き寄せられてしまいました。

「ヘンリー! 何を……」

 れろ……

「いやぁ……止めて……」

 私の頬を舐めるヘンリー。ぞわっと悪寒が走り、総毛立ってしまいました。

「どうだ、ジュール! アーシャは俺の女になる。くっくっくっ、これが貴様と俺の違いだ!」

 生徒が集まる中、ヘンリーがジュールに向かって、言い放ったのです。

「くっ……くそぉ!!! アーシャぁぁ!!!」

 悔しそうにひたすら、地面を拳で打ち付けるジュール……ヘンリーがジュールを苦しめるためだけに彼と婚約を結ばされたような物でした。

 とは言っても、長男であっても妾の子のジュールの継承権はヘンリーがいる限りありません。侯爵家であるお父様、お母様が家のためにヘンリーを選ぶのは当然でした。

 兄であるにも拘わらず、いずれは異母弟の臣下になる身だったのですから……

「くっくっくっ……俺をコケにしてくれた罰だぁ! 貴様がアーシャを抱くことは永遠にない! 俺がアーシャを抱くところを見せ付けてやりたいが……どうやら、貴様の下卑た母親はもう余命幾ばく……奴が死んだら、父上もお前を王宮に置いておくつもりはなさそうだからなぁ~! 追放ざまぁ~!!!」

 地に伏せるジュールに向かって、ヘンリーの取り巻きと共に勝ち誇ったように侮蔑の言葉を吐き捨てました。

 ぶっ! とヘンリーから唾を吐かれるも、立ち上がりヘンリーを一瞥することなく、涙ぐむ私を見つめ……

「アーシャ! 私はどうなろうともキミの幸せを願っている!」

 涙ぐむ私にそう一言だけ言い残して、去っていったのです。

「ジュールぅぅ……」
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