夏の扉が開かない

穂祥 舞

文字の大きさ
9 / 58
1 7月上旬

琥珀糖の女②

しおりを挟む
「私、こっちのキャンパス来てすぐに管弦楽団入ってん」

 戸山は笑顔で言った。全く知らなかった。マジか、と言いそうになるのを、泰生は辛うじて堪える。ここでは暑いし蚊に刺されるので、建物の中に入った。そのまま廊下の奥の、フリースペースに連れて行かれる。
 泰生と戸山が椅子に落ち着くと、岡本が部屋の隅にある自動販売機に小走りで向かった。この2人が部活に行かなくてもいいのか、泰生は少し気になったが、戸山は黒く四角い鞄を開けて、小さな紙袋を出す。

「梅田で買ってん、これ美味しいで」

 戸山が紙袋から出した箱には、色とりどりのグミが恭しく並んで入っていた。鉱石の標本のようで、美しい。紅茶を3本買ってきた岡本が、しまったぁ、と口走る。

「琥珀糖ですよね? お茶にしたらよかった」

 グミではないらしい。泰生は琥珀糖という名の菓子を知らなかった。戸山が箱を泰生に差し出す。

「味はたぶん、色から想像できると思う」
「……いただきます」

 目についたピンク色のものをそっと摘む。口に入れると、想像したよりも硬かった。すると突然じゅわっと崩れて甘さが広がり、微かに桃の風味がした。グミでもゼリーでもない不思議な食感と、しつこくない上品な甘味の意外性に、泰生は驚いた。

「美味しいですね」
「やろ? 最近ちょっとこれにハマってて」

 そう応じる戸山の横で、岡本も遠慮なく、赤い色の琥珀糖を取る。お菓子で籠絡する作戦かと密かに泰生は警戒したが、当たらずも遠からずのようだった。

「オケでコントラバス弾いたら? 楽器あるで」
「……もう3回の夏ですし、あんまりできひんことないですか」

 予想していた問いかけに、用意していた回答を返す。戸山もあっさりと切り返してきた。

「まあそれは、取得単位数と就活の捗り具合によるな」
「俺そんなに自信無いですよ」
「……吹部辞めるって言うた時、井上くんとかに止められへんかったん?」

 いきなり出てきた旭陽の名前に、泰生は軽く動揺した。

「止められました、何かそれが逆に……しんどかったんです、だからもう部活はせんとこかなって」

 口にしてみると、それもまた事実だったように思えた。人間関係は泰生にとって、いつだって少し面倒くさい。
 戸山は、そうやなぁ、と泰生に理解を示す口調になったが、ぱっと翻った。

「あ、でも管弦楽団は、吹奏楽部とそこはちょっと違うかも」
「……え?」
「結構あっさりしてる……そんなことない?」

 戸山は言葉の最後を、横に座る岡本に向けた。ペットボトルの紅茶の蓋を開けた岡本は、ちらっと泰生を見る。

「どうですかね、俺は比較の対象を知らんので……まあでもくどいとかしつこいとか、練習以外では無いかもですね」
「練習はしつこいよな、それ以外は琥珀糖っぽい、あっさりしてるけど美味しい」

 戸山は言って笑った。その表情を見て、この人はオケのほうが楽しいのだと泰生は知る。吹奏楽部時代の彼女を知らな過ぎて、それこそ比較の対象が無いも同然だけれど。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】指先が触れる距離

山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。 必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。 「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。 手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。 近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。

こじらせ女子の恋愛事情

あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26) そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26) いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。 なんて自らまたこじらせる残念な私。 「俺はずっと好きだけど?」 「仁科の返事を待ってるんだよね」 宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。 これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。 ******************* この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...