夏の扉が開かない

穂祥 舞

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1 7月上旬

呼吸を合わせて出る音は②

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 だから管弦楽団が楽しいのか。泰生は戸山百花の気持ちを察した。クラリネットは、この編成ではソロ楽器だ。大勢に埋もれ、存在感を発揮できないパートではない。
 客席が暗くなり、舞台の照明が強くなった。指揮者がきびきびと登場し、直ぐに指揮棒を構える。最初の音が出る時、舞台の全員が呼吸を合わせたことに泰生は気づいた。
 えっ、と思う。弦も息を吸うのか。吹奏楽では当然、皆楽器を「吹く」のだから、一斉に息を吸う音がする。その中で唯一の弦楽器を担当していた泰生は、音楽の最初の音がある時、ちょっとタイミングがわかりにくいような、乗りにくいような感じがずっとあった。
 そうか、と思った。もっと管楽器の連中と一緒に呼吸しなくてはいけなかったのだ。だから2年半の間ずっと、合奏に入りこめない感じが拭えなかった。 
 舞台から、低音の弦楽器の音がびんびん響いてくる。吹奏楽では、コントラバスはチューバやバリトンサックス、あるいは旭陽が吹いているユーフォニウムと同じ音域を担当することが多いが、この管楽器たちは音が大きいので、フォルテッシモになると泰生は自分の音を見失うことがあった。しかし今、舞台上のコントラバスは、チェロと一緒に音楽を支え、メロディが来れば長い呼吸で思いきり歌う。だから4本必要だし、4本以上の音が鳴っているように思えた。
 有名なアニソンや流行りの歌謡曲を演奏しても、何となく優雅に聴こえてしまうのもどうかと思ったが、元々がオーケストラの曲はやはり聴きごたえがあった。後半はクラシック初心者向けのような解説が少しずつ入り、泰生も友樹も居眠らなくて済んだ。ベートーヴェンの「運命」の出だしは指揮も難しいのだそうで、弦楽器群はやはりここでも、呼吸を合わせて最初の有名な4つの音を鳴らした。
 約2時間のコンサートが終わると、思ったより楽しかったらしい友樹は上機嫌だった。泰生も管弦楽でのコントラバスの役目がよくわかったような気がして、満足だった。
 バスが来たら駅まで乗ろうかと話したものの、混みそうなので歩いて帰った。日差しはまだまだ強くて、またすっかり汗ばんでしまった。

「ちょっと早いけどメシ食って帰ろか、この駅周辺は何も無いし戻ってから」

 友樹は夏のボーナスを受け取ったばかりだった。父と母は今日、友樹の奢りで箕面の日帰り温泉に行っている。夕飯も食べて帰ってくるだろうと見越してのことだった。
 泰生はちょっと欲を出す。

「え、奢ってくれんの?」
「奢るで、おもろいもんに連れてってくれたからな」

 改札にICカードをかざすと、ちょうど電車がホームに滑りこんできた。泰生は兄とぱたぱた階段を昇り、一番近くで開いたドアに駆けこんだ。
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