20 / 58
2 7月中旬
哀切のチョコミント②
しおりを挟む
例えばもし、岡本文哉も同性愛者だったら。あるいは、管弦楽団に勧誘することだけが目的で、泰生に近づいているのだったら。そう考えると、泰生から積極的に距離を詰めるのは、あまり良くないかもしれないというストッパーが働く。
商店街を下り、喫茶「淡竹」に向かって進むと、途中の筋で左手から人が流れ込んでくることに気づいた。泰生が興味半分でそこを左折すると、突然スーパーマーケットが現れた。日本全国どこにでもあるチェーンスーパーだ。
特に用は無いが、泰生は1階の食料品売り場に入った。建物はだいぶ古そうだが、売り場は夕飯の食材の買い物なのか、老若男女で賑わっている。
牛乳やジュースが並ぶ飲料売り場に何げなく足を向けると、小さいパックの豆乳がずらりと並んでいるのが目に入った。兄の友樹がこの豆乳シリーズの愛飲者で、いろいろな味を試しているのだが、自宅の近所のショッピングモールに入るスーパーではこんなに取り扱っていない。
豆乳は、3本250円で販売されていた。40代くらいの男性が吟味しているところを見ると、種類が多過ぎて迷っているのだろう。友樹が飲みたいと言っていたものがあるか気になり、泰生は棚に近づいた。
男性が半袖の腕を伸ばした先に置かれていたのは、水色のパッケージの豆乳だった。チョコミント、と書いてある。それを見た泰生の胸が、軽くどきっと鳴った。味の想像もつかないこの奇妙な豆乳を、旭陽が生協で買って何度か飲んでいたことがある。美味しいんか、と訊くと、想像してたよりかなり美味しい、と彼は笑顔で答えた。
男性がこちらを見た。何やら人懐っこい雰囲気を持つ眼鏡の男性は、泰生のために場所を空けてくれた。
「あっ、すみません」
「これ割と美味しいですよね」
明るい声でいきなり話しかけられて驚いたが、無視するのも悪いので、えっと、と泰生は言葉を探した。
「僕は飲んだことないんです、友達が好きでよう飲んでて」
友達、という言葉に、泰生の胸の深いところが疼いた。男性は感じの良い微笑を浮かべたが、密かに心を痛めた泰生にはちょっと沁みる表情だった。
「基本チョコレートです、ミントが後でふわっと来ます」
「あ、そうなんですね……」
男性は買い物かごの中に食パンと牛乳とヨーグルトを入れていたが、そこにチョコミントの豆乳を3本と、砂糖不使用とパッケージに書かれたコーヒーの豆乳を3本入れた。砂糖不使用豆乳も初めて見たので、泰生が思わず棚に注目すると、男性が言った。
「砂糖入ってへんシリーズ、どれも美味しいですよ」
そうなんか。兄貴は甘いやつが好きやけど。
泰生は親切な男性に礼を言って、棚の角に積まれた買い物かごを取った。そして、友樹のためにプリンとバナナとマンゴー、自分のために砂糖不使用のコーヒーと紅茶をカゴに入れる。あと1本でまとめ値引きになるので、少し迷ったが、チョコミントを手に取った。
商店街を下り、喫茶「淡竹」に向かって進むと、途中の筋で左手から人が流れ込んでくることに気づいた。泰生が興味半分でそこを左折すると、突然スーパーマーケットが現れた。日本全国どこにでもあるチェーンスーパーだ。
特に用は無いが、泰生は1階の食料品売り場に入った。建物はだいぶ古そうだが、売り場は夕飯の食材の買い物なのか、老若男女で賑わっている。
牛乳やジュースが並ぶ飲料売り場に何げなく足を向けると、小さいパックの豆乳がずらりと並んでいるのが目に入った。兄の友樹がこの豆乳シリーズの愛飲者で、いろいろな味を試しているのだが、自宅の近所のショッピングモールに入るスーパーではこんなに取り扱っていない。
豆乳は、3本250円で販売されていた。40代くらいの男性が吟味しているところを見ると、種類が多過ぎて迷っているのだろう。友樹が飲みたいと言っていたものがあるか気になり、泰生は棚に近づいた。
男性が半袖の腕を伸ばした先に置かれていたのは、水色のパッケージの豆乳だった。チョコミント、と書いてある。それを見た泰生の胸が、軽くどきっと鳴った。味の想像もつかないこの奇妙な豆乳を、旭陽が生協で買って何度か飲んでいたことがある。美味しいんか、と訊くと、想像してたよりかなり美味しい、と彼は笑顔で答えた。
男性がこちらを見た。何やら人懐っこい雰囲気を持つ眼鏡の男性は、泰生のために場所を空けてくれた。
「あっ、すみません」
「これ割と美味しいですよね」
明るい声でいきなり話しかけられて驚いたが、無視するのも悪いので、えっと、と泰生は言葉を探した。
「僕は飲んだことないんです、友達が好きでよう飲んでて」
友達、という言葉に、泰生の胸の深いところが疼いた。男性は感じの良い微笑を浮かべたが、密かに心を痛めた泰生にはちょっと沁みる表情だった。
「基本チョコレートです、ミントが後でふわっと来ます」
「あ、そうなんですね……」
男性は買い物かごの中に食パンと牛乳とヨーグルトを入れていたが、そこにチョコミントの豆乳を3本と、砂糖不使用とパッケージに書かれたコーヒーの豆乳を3本入れた。砂糖不使用豆乳も初めて見たので、泰生が思わず棚に注目すると、男性が言った。
「砂糖入ってへんシリーズ、どれも美味しいですよ」
そうなんか。兄貴は甘いやつが好きやけど。
泰生は親切な男性に礼を言って、棚の角に積まれた買い物かごを取った。そして、友樹のためにプリンとバナナとマンゴー、自分のために砂糖不使用のコーヒーと紅茶をカゴに入れる。あと1本でまとめ値引きになるので、少し迷ったが、チョコミントを手に取った。
21
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】指先が触れる距離
山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。
必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。
「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。
手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。
近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。
こじらせ女子の恋愛事情
あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26)
そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26)
いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。
なんて自らまたこじらせる残念な私。
「俺はずっと好きだけど?」
「仁科の返事を待ってるんだよね」
宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。
これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。
*******************
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる