夏の扉が開かない

穂祥 舞

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2 7月中旬

そは清かなる地①

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 その日は朝から、商店街で茶でも飲まないかと岡本から誘いがあった。彼はランチタイムの終わりまで「淡竹」でアルバイトがあるらしく、その後ずっとテスト勉強なんかできないからと言うのだが、泰生も自分と考え方が一緒だと思っているらしい。
 泰生は前日にかなりしっかり勉強をしたという自覚があったので、まあつき合ったろか、という気になった。兄の友樹も今日は、学生時代の男友達と遊びに行くと話していて、自分一人だけが家で母にいろいろ手伝わされるのも、ちょっと微妙だった。

「にいちゃんどこ行くねん、京都?」

 出かけ際の友樹に訊くと、彼は目を剥いた。

「まさか! もう鉾立ってるんやぞ、だれが京都なんか行くかい」
「あ、もう祇園祭か……」

 友樹は学生時代、トラウマレベルに祇園祭の混雑に巻き込まれたので、この時期の京都を忌避している。泰生の大学の下京キャンパスも最寄り駅がJR京都のため、祭りの期間中はごちゃごちゃしていた。伏見キャンパスには影響は無く、あの商店街の周辺にも、京都最大の祭りの余波は来ないだろうと泰生は考えた。
 兄は玄関に向かいながら、言った。

「京都の学校を出た俺らが梅田で集合するという、な」
「日曜の梅田も大概なんちゃう?」
「祇園祭の四条周辺よりましや、おまえどっか行くの?」
「伏見で友達と茶しよかな」

 友樹は泰生の顔を見て、ほう、と目を見開いた。団体音楽をしているくせに交友関係が少なめの弟が、休日にわざわざ時間を作ると言うのが珍しかったのだろう。

「女?」

 兄に訊かれて、泰生は口がへの字になったことを自覚した。

「男や、文学部の同級生」
「伏見キャンパス来て新しい友達できたんか、ええこっちゃ……」

 友樹は友樹で、3回生になって環境が変わった泰生をちょっと心配していたらしいとその時知る。泰生は特にお洒落もせずに出て行く兄を、何となく優しい気持ちで見送った。



 岡本は自分のバイト先ではなく、駅に近いドーナツショップを待ち合わせ場所に指定してきた。駅の改札を出て、商店街に繋がる出口を上がると、コンコンチキチンとお囃子の音がする。一応ここも京都なので、祇園祭らしい雰囲気を出しているということだろう。とは言え、アーケードの中が特別混雑している様子は無かった。
 子ども連れだらけの、少し甘い匂いのする店内で、岡本がこちらに向かって手を上げているのを見つけた。レジには列ができていたが、ドーナツを持ち帰る客のほうが多いようで、喫茶のテーブルには余裕がある。
 列の最後について、ドーナツを取るためのトレイとトングをケースから出した時、泰生は列の3人ほど前に、見たことのある人物の姿を認めた。一昨日(と思い出した泰生は、どうしてこの周辺にこんなしょっちゅう来ているのか自分でも不思議になる)、商店街の少し奥のスーパーで、チョコミントの豆乳を買っていた男性だ。
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