夏の扉が開かない

穂祥 舞

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2 7月中旬

母とトマトと加太①

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 テストをとっとと終わらせた泰生は、今日は商店街のある駅で途中下車せず帰宅し、17時まで自室で半分居眠っていた。部屋の中が少しオレンジ色になってきたことに気づき、リビングに行くと、パートタイマーから戻った母もエアコンの効いた場所でうつらうつらしていた。
 泰生はラグの上でじかに寝そべる母を起こさないように、ベランダに向かった。夕焼けになりつつある光を受けながら、ぱりぱりに乾いた洗濯物を取り込む。
 全ての洗濯物を入れ終わった時には、母が身体を起こしていた。

「今日お父さんも友樹もちょっと帰んの遅なるんやって、先にご飯食べとこか」
「うん、ええよ」

 泰生は答えて、そのままそこに座り洗濯物を畳み始める。その中に、これから再び使うことになるであろう、楽器を拭くためのクロスが4枚混じっていた。うち2枚には松脂がついており、そのまま洗濯機に入れると家族の服に損害を及ぼしそうなので、衣料用の松脂クリーナーをわざわざ買って風呂で揉み洗いした。クリーナーの値段を泰生から聞いた母が、新しい布買ったほうがよかったんちゃうの、と言った時、その通りだと思って眩暈がしたのだったが。
 こういう楽器の手入れに関するちょっとした情報交換も、パートに4人も人間がいればやりやすいというものだ。しかも4回生の三村の身内には、大学の卒業生でもあるプロのコントラバシニストがいるので、非常に頼もしい。……いや、まだ入部届は書かないけれど。
 洗濯物をそれぞれの部屋に運び、タオル類を片づけてリビングに戻ると、キッチンで母がサラダの準備をしていた。レタスを千切って洗う母の傍に置かれたまな板の上に、つやつやとした小ぶりのトマトが4個載っている。

「美味しそうやろ? 何か、何やったかな、リコピン? がたくさん含まれてるんやって」
「ほう……」

 母はショッピングモールの中に入るスーパーでパートタイマーを長らく続けている。勤務している者の特権と言うべきか、たまにこうしてお買い得な美味しいものを買って帰ってくるのが、本人も楽しいようだ。
 泰生は将来「使えない男」にならないように、家事は積極的に手伝うようにしている。台所のことはまだまだわからないことが多いが、包丁も多少使えるようになった。

「トマト切ろか、どんな感じにする?」

 母は頼もしい息子に、輪切りにしよか、と答えた。

「厚めでいいで、せっかく美味しいトマトやしな」
「はーい」

 泰生はトマトを洗ってまな板に横向けに置き、なるべくすっと包丁を通すよう心掛けたが、皮が引っかかる。よく熟していて少し柔らかいので、切るのが難しい。
 母は泰生の包丁さばきに特に注文もつけず、ドレッシングを作り始める。泡立て器がボウルに当たってかしゃかしゃ音を立てた。

「そんで、泳ぎに行くの琵琶湖より加太のほうがええの? お父さんがあっちまでは電車使うて、丸2日レンタカー借りよかって言うてたけど」
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