夏の扉が開かない

穂祥 舞

文字の大きさ
38 / 58
3 7月下旬

後輩は雨女②

しおりを挟む
 三村が微苦笑しながら続く。

「遠慮して鳴らしたん違うよな? その楽器、もっとデカい音出るはずなんやけど」

 三村は斉藤に目配せした。すると斉藤はすいと弓を構えて、アルペジオを弾き始めた。
 泰生は驚き、失語してしまった。斉藤が弾く楽器は、おそらく彼女の身長に合わせたもので、三村や泰生のそれより少し小ぶりだ。弓を持つ斉藤の腕も華奢なのに、彼女の音は練習場全体に響き渡り、天井に反響した。
 嘘やろ。泰生はぽかんとするばかりだった。泰生はこれまで吹奏楽部で3人の男性コントラバシニストと演奏したが、誰一人としてこんな音は出せなかった。

「斉藤ちゃんはヴァイオリンやってたんもあるんやけど、これくらいの音欲しいなぁ」

 こんなん初心者ちゃうやろ。泰生は三村の話を聞き、この場に居ない小林に突っ込みたくなった。
 斉藤は弓を止め、にかっと笑う。

「吹奏楽のコントラバスやからですよね? チューバとかに掻き消されるし、ソロもあらへんし」

 初対面の3回生相手にはっきり言うなと、泰生はそれにもややあ然とさせられるが、斉藤の言う通りだった。
 吹奏楽部では、コントラバスにはトレーナーがつかない。先輩から教えてもらうことが全てだ。たとえそれに不具合があったとしても、正してもらうチャンスが無い。
 三村は泰生が軽くショックを受けたのを見て、励ましモードになった。

「心配すんな、意識改革したらええことや……百花姫もちっさい音やったからなぁ」

 戸山の名前が出たので、泰生は三村の顔を見た。三村は説明する。

「クラリネットは吹奏楽でヴァイオリンの立ち位置やから人数多いやろ? でも管弦楽やったら常にソロ楽器や……そんな音では使いもんにならんって、木管トレーナーにがつんと言われてな」

 そうか、と思う。戸山も泰生も、吹奏楽部から管弦楽団に変われば、もっと活躍できると思っていたのが、吹奏楽で染みついた「その他大勢根性」に気づかされたということなのだ。
 泰生は小さく溜め息をつき、今日はこれで帰ろうと思ったのだが、三村が止めた。

「長谷川くん、斉藤ちゃんに本気で弾かせたから、これから雨になるで」

 ただでさえカルチャーショックのようなものを受けたところに、訳のわからないことを言われて、泰生ははい? と半ば叫んだ。

「斉藤ちゃんは雨巫女なんや、この人がマジで弾いたら雨乞いになるんや」

 斉藤も否定せず、スマートフォンで雨雲レーダーを確認している。

「あ、雨雲近づいてます」

 何やねんそれ。泰生は新たな不安が生まれるのを感じた。小林もちょっと変わってるし、このパート、やばいんちゃうか?
 三村の使う松脂を知りたかっただけなのに、結局泰生はにわか雨が止むまで、ただ思いきり弾く訓練をする羽目になった。ボーイングする右の二の腕が、筋肉痛になりそうだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】指先が触れる距離

山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。 必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。 「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。 手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。 近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。

こじらせ女子の恋愛事情

あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26) そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26) いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。 なんて自らまたこじらせる残念な私。 「俺はずっと好きだけど?」 「仁科の返事を待ってるんだよね」 宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。 これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。 ******************* この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...