夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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2 顕現

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「かっ、からかうのやめろよ、大体俺はゲイじゃない」
「嘘まで言って拒むなんて傷つくな」
「女の恰好をするのが好きなだけでゲイじゃないし、筋肉に興味も無いって! 昨日もミチルさんにつき合っただけだよ」
「じゃああなたが俺を色っぽい目で見て、また観に来るなんて言ったのも、俺をからかったってことか」
「自分と一緒にすんなよ、昨日はほんとにあんたがかっこいいと思ったから……」

 吉岡が至近距離から全く目を逸らしてくれないので、晴也は羞恥と恐怖で泣きそうになった。意を決して口を開き、震える声で言う。

「とにかく俺の夜のバイトのことは誰にも言わないで、黙っててくれるならアレ抜きでつき合ってもいい」
「申し出は嬉しいが俺はあなたを脅しに来たわけじゃない」

 この体勢で脅していないなどとよくも言えたものだ。だが続いた吉岡の話は意外なものだった。

「夜のバイトを周りに隠してるのは俺も一緒だ、半裸で踊ってることもゲイだってことも会社では秘密にしてる」
「……へ?」
「でも辞めるつもりはないのもあなたと一緒だ」

 晴也はわずかに身体の緊張を解いた。すると吉岡は、壁ドンならぬ流し台ドンの姿勢を、真っ直ぐにしてくれた。

「俺は昼間のあなたに惚れたし今もテンション爆上げだけど……夜の姿も、生き生きとして綺麗だから好きだ」

 晴也は一瞬息を止めた。秘密を持つことに共感してくれている。それに俺の夜の姿を認めてくれるのか。
 吉岡は捕らえたままの晴也の右手を自分のほうに引き寄せ、黒子のあるところに形の良い唇を寄せる。晴也は咄嗟とっさに手を引っ込めようとして、やはり強い力で止められた。押しつけられた温かく柔らかい感触に背筋がぞくぞくして息が上がったが、それは不思議と恐怖や嫌悪感を伴うものではなかった。

「これ……アガタのために用意してるんだよね?」

 吉岡は晴也の右手を解放し、背後を覗き込んで言った。そこには2つのティーカップが載せられた盆があった。

「彼女は日本茶が苦手なんだ……昨日も熱過ぎずぬるくない美味しいお茶を出してくれた、そういう気遣いが痺れる」

 あの女性はアガタというのか。晴也は熱くなった顔を伏せた。俺なんか褒め殺しにしてどうするんだよ。
 やっと吉岡の拘束から逃れられてほっとしながらも、強い視線に縛られた余韻や右手に残るありとあらゆる感触が、胸のうちに甘ったるく溜まるのを感じる。
 吉岡は口調をくそ真面目なものに変えて、言った。

「驚かせて申し訳なかったです、会社の名刺にもめぎつねの名刺にも書いてなかったから、プライベートの連絡先教えてください」
「……その……今は無理です、スマホ下の部屋なんで」
「じゃあ今夜店に行きます」

 来るな、と言いかけてやめた。吉岡が勝手にコンロの火を点けると、すぐにやかんの口から湯気が立ち始めた。

「明日は俺が踊るのを観に来てくれますか?」

 問われて晴也は口籠った。吉岡がやかんを取り上げ、ティーカップに湯を注ぐ。

「……行きます」

 そう答えると、紅茶の香りが給湯室に広がっていくのと同時に、晴也の身体の中にピンク色の綿菓子のようなものが膨れ上がった。眼鏡をかけ直した吉岡が、微かに頬を染めてにっこりと笑う。ああ、ほんとにショウさんだとやっと思えた。

「嬉しい、心を込めて踊ります」

 彼のとろけたような表情にどきっとして、こんな顔をするのかと、胸がきゅっとなった。
 3分後、晴也は客人に紅茶を出した。インドネシア人のアガタは美味しいと言って喜んだ。その時吉岡とほんの一瞬視線を交わしたことが、昨夜の高揚感と、先ほどの給湯室でのエロティックな困惑の動かぬ証拠だった。また、今夜動き出すかも知れない、晴也がこれまで経験の無かった何かの先触れになりそうだった。
 お互いに自分だけのものだった夜の秘密がシェアされる。晴也はその意味をまだ理解していなかった。
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