夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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 晶は晴也と物理的に一夜を過ごしたことでかなり満足したのか、自分のバースデイパーティを兼ねたルーチェのショーに晴也が行かないと決めたことについても、特に何も言わなかった。
 とは言え、誕生祝いに何かしてやると晴也が口走ったことを引き合いに出して、自宅に来いと言ってくるのには困らされた。晴也としては、夜に晶からLINEが来ると気が紛れるので、一人で家に居るのが怖いといった気持ちもかなり薄らいだ。だから彼の家に行く理由が最早無い。
 晶は年末に踊る仕事が沢山あるようで、退勤後と週末は忙しい様子である。一番練習が必要なのはルーチェのショーらしく、「めぎつねとD5」あるいは動物会議のグループLINEでのユウヤとの会話で、近く大変な演目を抱えていることが察された。
 ある日の昼間、ユウヤから告知があった。

「我々クリスマスイブに初めて踊らせてもらいますので、ミチルさんとハルさんには是非お越しいただきたく」

 彼はめぎつねのメンバーがサラリーマンだと知っているので、昼休みの時間を狙っていつもLINEをよこす。

「スペシャルプログラムとちょっとしたクリスマスプレゼントをご用意しています」

 美智生が反応した。

「もしかして年内最後?」

 ちょうどそんな話を、昨日美智生としていたばかりだった。ルーチェは2部制で、20時と23時にショーがある。20時に出演する団体はパブの看板でもあるので、クリスマスから年末にかけては、そのような団体の出し物が優先だろうと言っていたのである。

「はい、金曜はそうなります。水曜は翌週が年内ラストです」
「でもクリスマスイブに演るとかすごい」
「この半年、水金ともに好調でしたから」

 晴也は行ってもいいと思ったので、すぐに返事をした。

「俺行きます」

 美智生が素早く乗っかってきた。

「俺も行きます、ドレスコードある?」

 ドレスコードとは何なのだ。晴也はその字を二度見した。

「クリスマスらしい格好でいらしてください、個人的にはお二人には女装希望」

 ユウヤは晴也が初めてルーチェに行った日に、美智生と二人して女の姿でカウンター席に居たのが印象的だったようだ。

「パーティドレスなんか持ってない」

 美智生はメッセージの最後に、涙を流すキャラクターの絵文字をつけている。晴也はレンタル衣装サイトが送ってきた、白地に赤い小さな花が描かれたワンピースが、らしくていいと思った。

「ミチルさん、俺ワンピースで行きますよ、ドレスなんか無いので」
「@福原晴也 めぎつねもクリスマス週間はそれっぽい衣装が要るよん」

 美智生の返信に、そうなのかと晴也は考える。ユウヤのハムスターが語る。

「いやいや、軽装でどうぞ! サンタ帽かぶって店に出たりするんですか?」
「そうですよ、俺はしませんけどスタイル自慢の人はミニスカサンタになります」

 ユウヤがおおっ! というスタンプを送ってきたのを見て、晴也は笑う。彼はノンケだと晶から聞いているが、女装した男のミニスカサンタに興味を示す辺り、セクシャリティが若干不明である。

「とにかくこちらとしては、リクエストに応えつつなかなか大変なプログラムなので、仕上がりを楽しみになさっていてください」

 ユウヤの言葉に、了解のスタンプが続けて送られる。晴也はLINEでのやり取りが増えたので、幾つかのスタンプを手に入れた。使ってみると楽しいものである。
 晴也の会社の昼休みが終わる頃、グループLINEの騒ぎも収まった。この間、晶がうんともすんとも言わなかった理由を晴也は知っていたが、ユウヤと美智生には伝えないでおく。昼間に晶と晴也が繋がっていることは、夜のメンツには秘密である。



「ああ、上がってもらって」

 14時前に課長のデスクの電話が鳴り、彼が答えるのを聞き、晴也はエクセルのデータをひとつ、プリントアウトする。

「福原、お茶2人分頼む」
「ここでいいですね?」
「ああ、年末の挨拶だろうから」

 晴也と崎岡課長のやり取りに、今日は午後から内勤の早川が聞き耳を立てているのを、晴也は感じた。

「福原、吉岡さんに新年会の話を振れ」

 給湯室に行こうとすると、早川が晴也を追いかけて来た。飲み会にこだわるなと、晴也はわずかに眉間に皺を寄せる。

「今課長に言えばいいじゃないですか」

 早川は目を輝かせ、如何にも良いアイデアだと言わんばかりの口調で続ける。

「飲み会嫌いのおまえが提案するんだよ、おまえにいつも来て欲しがってる課長も食指が動くし、吉岡さんはおまえを気に入ってるようだから、やる気になってくれそうだ」

 晴也は半ば呆れて言った。

「この間ちょっとそんな話になったって課長に言ったほうが早くないですか?」

 その時エレベーターが到着した。古いエレベーターは大袈裟な音を立てて扉を開け、2人の男を降ろす。晶と彼の上司、有限会社ウィルウィンの社長・木許きもとである。

「こんにちは、寒い中ありがとうございます、崎岡が待っておりますので中にどうぞ」

 晴也が早川を振り切って言うと、今日も上質なスーツに身を包んだ木許が、こちらこそありがとうございます、と笑顔になり頭を下げてきた。

「崎岡さんと福原さんには本当にお世話になって……」

 晴也は恐縮して、いえ、と言ったが、木許の横に立つ銀縁メガネの営業担当は、笑っていなかった。彼は晴也のかたわらに立つ早川に、微かな敵意の混じった視線を送っている。
 やばっ、ショウさん誤解してる。晴也は慌てて早川に言う。

「早川さん、おふたりを連れて行ってあげてください」
「あ、ああ、どうぞこちらに……ごちゃごちゃしてますけれど」

 3人が営業課の部屋に向かったので、晴也は給湯室に向かう。
 さて、何を出すかな。晴也は少し迷ってから、棚に置いてある緑茶の入った缶に手を伸ばす。すると背後から腕が伸びてきて、大きな手が晴也より先に缶を取った。晴也は振り向かなくても後ろに誰がいるか分かっていたし、そんなに驚かなかった。
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